カテゴリ「ふるさとの森づくり」の1752件の記事

2019年12月12日 (木)

節目の年、15年間世話になった作業小屋にも感謝です

1  足尾ダムの8時半、鎌田さんを待っているとダム湖に水鳥が泳いでいました。うまく気流にのって何千㌔も飛んで来た鳥たちの事を考えると、気流(自然)の動きにうまく寄り添って生きているなあーと羨ましく感じました。

5  森びと小屋に着くと早速ストーブに薪を入れる鎌田さん、他のメンバーは床の掃除とホットコーヒー用のお湯を沸かしています。誰となく手がでるいつもの作業前のシーン。

2

3

4 足尾・中倉山、臼沢の森、足尾グランドキャニオン(写真上から)

 コーヒーを飲み、森びと設立15年の節目だからとの思いで、昨日の作業の続きをやろう!と、腐った間伐材の片づけにケリをつける作業を始めました。昼頃になると自称「森びと専属カメラマン」のHさんが顔を出してくれました。「寒いですから使ってください」と、ホッカイロを持ってきてくれました。

6

7

8  作業途中から冬将軍の冷たい息(北風)が吹きつけ、ヤシャブシの小枝の唸り声を聴きながらの作業となりました。三人は、腐った間伐材の埃に目や喉を守りながら作業をすすめましたが、14時半頃になると腕や握力の力が弱くなっていることを感じました。一気に、最後のスパートをかけ、15時前に片づけを終えることができました。

10

9 カブトムシの幼虫が寒そうでしたので移してやりました

 三人は、専属カメラマンに写真を撮ってもらいました。筆者と仁平さんは本日で今年最後の作業でしたので鎌田さんに暮れの挨拶をしました。鎌田さんは帰路につきました。

11  今日は今年最後の満月ということ、カメラマンによると中倉山の「無言の語り木(ブナ)」のシルエットが素晴らししいということ、17時10分過ぎると西から東へ飛んでいく宇宙ステーションが見えるということでしたので、三人はその素晴らしさを見るために備前立山の稜線へ向かいました。

12 「無言の語り木」中倉山の「孤高のブナ」

 案内は森びと専属カメラマンのHさん、まずはブナを撮り、寒風が吹きつける稜線で待つこと30分、東から満月が顔を出してくれました。

14

13           金星

 満月を暫く見ていると、冷たい空気とともに輝いている月からは何かメッセージを発している様でした。そんなことを考えていると宇宙ステーションが北西から東南へ静かに、星の光の様に輝き人工物には見えない物体が綺麗に見えました。テニス場の広さがあるという宇宙ステーションエリアから見る地球はどのように見えるのか、三人は色々と想像してみました。金星も見えましたが、金星の輝きは寂しそうでした。本日の作業は、鎌田、仁平そして筆者でした。(報告 高橋佳夫)

2019年12月11日 (水)

森びとスタッフたちの心が通う足尾の森づくり作業

 足尾二日目の朝、車のフロントガラスは凍っていました。天気は昨日同様の晴れ、無風で作業では防寒具がいらないほどでした。

Photo

2  作業は昨日の続きで薪作りを3人で行い、筆者と鎌田さんは白い藤の花をつけるシロフジを植えました。藤棚を作って楽しもうと、高崎の長井さんから頂いた苗木を植えました。「元気なうちに藤棚の下でのんびりしたいなあー」と話しながら、12本の苗木を植えました。12月に植えたので、ポット苗の根が凍らないように、毛布代わりに籾殻をたっぷりとかけてやりました。

Photo_2

Photo_3

Photo_4

Photo_5  松村健さんは、刈り払い機の燃料タンクに残っているガソリンを空にし、エンジンに支障しない対策をとりました。薪作りは橋倉さんと仁平スタッフが担当、慣れない手つきで電気のこぎりを操っていました。

Photo_7 Photo_6  昼頃になると柳澤スタッフの大型トラックが森びと広場に到着。トラックには「遊働楽舎」(愛称名「みちくさ」)の雨漏り対策に使う材料を積んでありました。

Photo_8

Photo_9

Photo_10  本日で薪作りは終了し、作業小屋の周囲の間伐材も片づけることができました。松村さんは本日で年内の作業は終わりでした。柳澤さん、松村さんからは里芋、白菜、キャベツ、大根などを頂きました。橋倉さんは「年内の野菜はこれだけあれば助かります」とお礼を述べていました。

Photo_11 鹿たちものんびり草を食べていました

Photo_12 目に優しい青空が素敵でした

 本日の作業は、鎌田、松村健、橋倉、柳澤、仁平そして筆者でした。(報告 高橋佳夫)

2019年12月10日 (火)

心は「パリ協定」始動年の森づくり準備

Photo 朝の「臼沢の森」

 8日の「森びと設立15年感謝の集い」で誓い合った“森に寄り添う暮らし”へ向けた「パリ協定」始動年の森づくり準備が始まりました。足尾の朝9時の気温は6度、福原さんは水の出が悪いので取水口へ向かい、桶の栓を抜いて苗床の撒水を行いました。

Photo_2  その間に筆者は小屋の掃除と打合せ用のお茶の準備、全員が揃ったところで作業打合せを行いました。

 最初は「松木の杜」に侵入していた鹿の追い出しと鹿が柵に体当たりをして柵を壊した部分の補強をしました。また、植えて三年目に入るシラカンバの幹ガードが横になっている部分を補強しました。シラカンバは幼木なので鹿にとってみれば柔らかい樹皮は美味しい餌です。食べられない様に補強しました。

Photo_3

Photo_4

Photo_5  他のメンバーは薪作りに励んでいました。電気ノコギリ2台を使って間伐材を伐り、冬作業に欠かせないストーブの薪をひと冬分作ろうと頑張りました。15時なると寒くなる松木沢ですが、今日は暖かい日でした。ホットコーヒーを飲みながら本日の振り返りをして帰路につきました。

Photo_7 Photo_6  今日は、松村宗雄さんから柚子ジャム、銀杏、とろろ芋を頂きました。寒暖の差が激しい年末から年始にかけて風邪に負けないように、という気持ちが込められていました。また、今年最後の森作業なった福原さんからは橋倉ハウスにワインが届けられていました。お二人の心温まる気持ちに感謝です。ストーブで身体を暖め、スタッフの心温まるプレゼントをご馳走になり、明日も頑張ります。本日は、鎌田、松村宗、福原、仁平そして筆者で作業しました。(報告 高橋佳夫)

2019年12月 9日 (月)

南相馬市の苗床で待っていた年末散水

2019127_2   南相馬市の苗床に置いてあるポット苗が気にかかると言ってくれる若者がいることが嬉しい。彼は南相馬から車で3時間以上かかる勝田で仕事しているので、苗床のポット苗が気になっていても中々育苗作業に来られない。そんな彼から連絡があり、7日11時、育苗場で待ち合わせをした。  

2019127  彼を待っていたように苗床のポット苗は土がカラカラ状態であった。苗木のチェックを行い、水をどっぷりかけてやった。冷たい潮風に身を引き締めて、洗浄機のエンジンを全開にして、撒水してやった。

2019127_4  苗の様子を見た彼は、人間の都合通りでは育苗はできないことを感じたようだ。これまでの応援隊の取り組みについて、彼に報告し、音応援隊スタッフの一員として森の防潮堤づくりに取り組んでくれることになった。7日の森作業は、佐藤君と筆者でした。                (報告 東城敏男)

2019年12月 7日 (土)

自然の恵みは“ほどほど”に分かち合う・・・「森びとの心構え」その⑧

Dscf2738 昨年の写真「臼沢の森」

 冬将軍が砦を構えると本格的な冬となめる足尾・松木沢。地表は凍土化し、鹿やウサギ、猿たちは寒風の中で餌を探すのが大変。松木沢に多いシダレスズメガヤという草は見向きもしない。どうしても若木の皮や冬芽に目が向き、危険を冒して柵の中に侵入する。

Photo シダレスズメガヤ

Pc275066

Pc274998  ポットに蒔いたドングリの幼木は2年間ほどドングリから栄養をもらう。猿はそのことを学び、芽が出た細い幹をポットから引き出し、根に付いているドングリを食べた。食べられない対策を講じると、どんぐりを諦めて桜の樹皮を食べていた。

Photo_5

P1262559  鹿は、柵を飛び越えて若木の樹皮や冬芽を食べている。15年間にはその対策を色々と試した。ロープに白い看板を吊るして看板が当たる音で鹿を脅かす、ライオンの尿を撒いて臭いで驚かす、鹿が嫌がる漁網を柵外に張るなどを試した。効果があったのは漁網であったが、網が劣化すると効き目がない。看板の音は直ぐに慣れてしい、ライオンの臭いは脅威を感じなかったようだ。

1  今年の秋には、柵を一カ所低くし、侵入した鹿の出口を付けてみた。15年経っても生きものたちと向き合っての森づくりである。そこで教えられたのは、植えてから数年間の食害防止は重要だということ、柵や網等の人工物が劣化するということを生きものたちは学ぶということ、そして色々と試してみることの大切であった。

Photo_7

Photo_8  人間の都合だけで「獣害」として対策を考えるのではなく、共に森の恵みを“ほどほどに共有していく”というスタンスで生きものたちと向き合っていくことが、命の基盤を豊かにできるということであつた。改めて、生物社会の一員でしかない人間という冷厳な事実を突き付けられている。(理事 高橋佳夫)

2019年12月 6日 (金)

停電、インターネットが不通でも情報キャッチできる優れものの“五感”・・・「森びとの心構え」その⑦

 森びと設立のきっかけは楽しく美味しい酒が飲める“花見”が早くなり日程調整が難しくなったこと、あるいは4月上旬の入学式頃には桜が散ってしまっているという気候の変化であった。

Img_0905  故・角岸副理事長の故郷(盛岡市)では、メーデー(5/1)に参加した後の労働者の祭典を祝う場には桜がつきものだった。15年前の北上川河原の桜は葉桜になっていた。このような“気候がおかしい”という事が森びと設立の出発だった。

Photo

 自然災害から命を護ろうとして色々な対策が検討されている。心配している事は、インターネット(「スマホ」等)に頼りすぎているのではないかということ。素晴らしいシステムはそのために利用することをお勧めするが、同時に、五感を磨くこともお勧めしたい。

3_20110129  足尾で森づくりをしていると五感が磨かれる。「近くに獣の死骸があるのではないか」と臭覚が磨かれ、冬が近づくとヤシャブシの実を食べているマヒワ、コゲラの鳴き声を聴くと、いつもの様に冬鳥が飛来したと聴覚が磨かれ、あるいは北海道から猛禽類が飛来していないかと松木渓谷の皇海山方面を観ていると、視覚も磨かれる。

2 冬の森作業

Photo_2  ドブくさい土砂の臭い、流れている雨水の色と音の普段との違い、大雨が襲ってくるのではないかと遠くの雨雲を見る等を気にかけると五感で情報がキャッチできる。私達はインターネットが通じない足尾では五感を磨かざるを得ない。情報と共に意識的に五感を磨くことは「森に寄り添う暮らしの心構え」のひとつだと思う。(理事 高橋佳夫)

2019年12月 4日 (水)

世界の公害問題と向き合う「パリ協定」始動年へ、“森に寄り添う暮らし”を世界へ

 当委員会は12月10日で設立15年迎える。12月8日(日)は15年間継続して支えてくれた方々へ15年間の感謝をお伝えする。

0552812_139 2005年春の第1回植樹祭

Photo 60数年前の土壌つくり

 天空の森で私たちの森づくり運動を見守ってくれている森びと設立メンバーの故・岸井成格さん、角岸幸三さん、宮下正次さん、竹内 巧さん、そして昨日(3日)には力強い握り拳で“現場、現場で森づくりを続けよう!”と激励してくれた宮脇昭さん。

20081 2008年本格的に植え始めたみちのくの植樹祭

 困難と言われた足尾銅山跡地の荒廃地に、この諸先輩たちと起ち、ふるさとの木による命の森づくりを始めた。その諸先輩たちの心の底には、「山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」と詠った田中正造の魂があった気がする。

2014 2014年「民衆の杜」の植樹始まり

 その意志は15年前の設立日に示されていると思う。12月10日は田中正造が明治天皇へ、足尾鉱毒事件の解決を訴えるために直訴を決行した日である。直訴から一世紀以上過ぎた今、公害問題は世界中の公害問題になってしまった。

270221 南相馬市の鎮魂復興市民植樹祭へ相農生とサポート研修

 国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)の真っただ中で「感謝の集い」を開催する。「パリ協定」で約束した締約国の温暖化防止策では世界の気温上昇を2度以下に下げられない。2018年の二酸化炭素排出量は増え、温室効果ガスの濃度も濃くなった。

2013 生態豊かな森を子供たちへプレゼントしたい2013年

Photo_2 マレーシアにふるさとの木の森を2014年

 全ての生きもの命の営みの基盤であるこの地球をこれ以上温めてはならない。“温暖化防止は待ったなし!”と言われている。「森びと設立15年感謝の集い」では、今、森びとは何をするか、ということを鮮明にできればと願っている。(理事 大野昭彦)

2019年12月 3日 (火)

“落ち葉はゴミではありません”・・・「森びとの心構え」その⑥

2 2018年冬

 「枝揺れて ざわつく森に 冬将軍」。先月末の足尾・松木沢に雪が降った。この句はその様子を書いたブログを読んで詠ったものだが、“才能なし!”でしょう。

Photo  この時季、木々たちの足元を温めているのが落ち葉。15年間生きた木はどれ位の葉を落とすのかは数えたことないが、15年前に植えた樹高60㌢ほどの幼木の葉は150枚ほどだった。

Photo_2  落ち葉はゴミだ!として嫌がる人が多いが、新緑や紅葉の時の“春色や秋色に感動したこと、その感動で創作意欲をかきたてられたこと、そして友達や家族と楽しいひと時を過ごせた事などから、落ち葉を考えてみてほしい。

Photo_3足尾に生きているダニ

 葉は、春になると私たちの命に欠かせない酸素の生産に入り、熱くなると蒸散して気温の調整をしてくれる。世界各国の暮らしを脅かしている異常気象の原因である温室効果ガス(二酸化炭素)も吸収している。

Photo_4 ワラジムシ

Photo_5 ミミズの食餌中

 ここ数年、大雨の影響で土砂崩壊、土砂流出が日本のあちこちで起きているが、流されているのは私たちの命を育む土とその土を生産している生きものたちも被害にあっている。枯葉で焼いた焼き芋の味はこれからが楽しめる本番。落ち葉の灰は土と混ざり合って草木の栄養にもなっている。

 「森よ!わたしたちのふるさになっておくれ」。(理事 高橋佳夫)

2019年12月 1日 (日)

“言いたい事は言い、決めたことはやり抜く”・・・「森びとの心構え」その⑤

14 2014年「民衆の杜」

192014 2019年の「民衆の杜」

 自然界の森は天然更新でつくられているが、足尾銅山跡地のように荒廃地では気が遠くなる時間を要する。当会が森づくりをしている足尾・松木沢から見える中倉山の北斜面では春になると氷が解けて土砂が流れ、雨が降るとその度に土砂が流れて60年前に生やした草地が流されている。その斜面近くでは、土砂が流された地に緑化作業が行われている。岩に吹き付けられた草の種は3ケ月も過ぎると芽を出している。

P3185558

P3185561 毎年崩れ落ちる土砂

 私たちの森づくりは近代的な緑化とはいかない。傾斜が30度以上ある斜面の草を刈り、間伐材で階段を造り、下から穴を掘って土を入れ、苗木を植えた。そのための土を運び上げ、食害防止柵を支える鉄筋の支柱をも荷揚げしてきた。

Pb095619

Pb095622  私たちはあるべき理論だけでは森が育たないということを学んだ。森作業に集う様々な意見や性格の違う“森とも”との議論の積み重ねと、決めたことは最後までやり抜くという“暗黙の森びとルール”を尊重するスタッフたちが森を育てた。

Photo

2  宮脇先生の森づくりへの志を信じ、難しい荒廃地での本物の森を1年間に100日ほどの作業を15年間繰り返してきた。そこには仲間同士の“目配り、気配り、心配り”があって、スタッフたちの健康を管理し、怪我を防いできた。草刈りをするにも、機械を使うのか、鎌で刈るのか等の話し合いをする等、作業場の状況と担当者の技術力、その日の天気等をよみながら森作業を行ってきた。その繰り返しの15年間の知恵が、“森と寄り添う暮らしの心構え”となっている。(理事 高橋佳夫)

2019年11月29日 (金)

氷点下の中で育てる南相馬市・鎮魂復興の森の防潮堤苗木

 今日(11/29)の南相馬市の朝の気温は氷点下4度、手がかじかむ冷えでした。9時30分に応援隊スタッフは育苗場に集合、ホットコーヒーを飲みながら森作業の打合せを行いました。

1129  作業は、越冬対策として霜から苗木を守るためのネット張りを行いました。すでにポット内は寒さのため土の表面は霜で凍っていました。さらに苗木の整理・チェックや倉庫内の清掃及び道具類のメンテナンスとタンクへの給水作業を行い、本日の作業は終わりました。

1129_2 ポットに霜が

1129_3  12月15日には今年最後の年末の森作業が9時から行います。JR東労組の各地方からプレゼントされた貴重な苗木、群馬県から運んでくれた長井さんからいただいた苗木への思いを受け止めて、応援隊スタッフは苗木を育てます。

1129_4

1129_5  今日の作業の応援隊スタッフは、松林、岩橋、筆者でした。(報告 東城敏男)

森びと検索

最近のトラックバック