毎日の生活が憂鬱になりそうです。一週間以上も早い桜の開花という今までと違う季節の移り変わりもコロナ感染でどこかに吹っ飛び、極端な寒暖差が激しい中で咲いた桜が驚きつつも桜が寂しそうでした。
新型コロナウイルス感染と向き合うことが「戦争だ!」と叫んでいる首脳もいますが、私たちは新型ウイルスの猛威を受け入れ、命と健康を維持していくために、自分と全人類のためにという意識を堅持したいと思います。同時に、私たちは感染の危険性のある中で治療薬を研究している方々や生活に欠かせない仕事をしている方々に激励を行い、それぞれができる支援をしていきたいものです。
足尾の森づくり運動は4月から本格的に動き出します。足尾松木渓谷入口を訪れる方々と出会う場「みちくさ」は4日オープンです。その日は、「みちくさ」の管理運営する舎人がミーティングを行います。
命を育む営みの土台(基盤)はまだまだ未知の世界ではないでしょうか。この土台で命を育んでいる私たちはその一員にすぎません。気候変動とウイルス感染は私たちに生物社会の人間像を問うているような気がします。(理事 高橋佳夫)
足尾ダムゲート前に着くと、雲一つない快晴でした。旧松木村跡9:00の気温は5℃。少し肌寒いので薪ストーブに火を入れました。今日の作業は、やり残している「民集の杜」2014年植樹地と「新松木の杜」の枝落としです。
予定した場所の枝落としは終了しました。時刻は11:30。午後の作業を早めることとし、少し早いですが、昼食としました。しかし、昼食後はまったりとして、瞼が自然と下がってきます。
眠気を覚ますため、午後は何をしようかと話し合い。先日ハウスから外に出した苗に散水をすることになりましたが、水が出ていません。まずは水源の確認に行きました。雨が降らず、今年は雪も少ないため雪解け水もなく、水槽にはご覧のとおりチョロチョロとしか流れません。水を流すとすぐに取水口のパイプ穴より水位が下がってしまい、給水ができないことが判明しました。溜めて置いたタンクの水で撒水するとひとつのタンクは水が無くなってしまい、今後水源が一杯になることも望めないため、以前に行った川からポンプで汲みあげてくることにし、経験のある福原さんの指導のもと汲みあげてきました。約20分かかりました。
今度は、汲みあげた水をハウスの中のタンクに移す作業があります。これには30分ほどかかりました。桜の木を見上げると、猿が木に登っています。やっと膨らみ始めた小さな蕾でも食べているのでしょうか?自然と共に暮らす生物ですから、食べるのはしょうがないです。私たちが楽しみにしている満開時までは食べないでほしいものです。
本日のスタッフは、松村健さん、仁平さん、福原さん、加賀でした。
(報告:加賀春吾)
昨日は彼岸の中日でした。作業前に祠に花を捧げ、旧松木村人に合掌しました。
午前中の作業は「みちくさ」入口に植えたシンボルツリーになってほしいクスノキを寒さから護った竹の囲いを外しました。
無事に越冬したクスノキでしたが、竹を外すと葉は丸まっていました。葉はとても寒そうでしたので、青空の太陽からエネルギーをいっぱい吸い込んでほしいと願いながらの作業でした。
昼食後は、2014年に植えた「民衆の杜」の枝落とし作業をしました。快晴の下での作業でしたので気分は最高、作業前の全員の顔はご覧の通り。
今日は、林子さんが撮影にきてくれましたので、スタッフの森びと顔をアップで迫っていただきました。
一本一本の木に語りかけながらの“森びと顔”に満足でした。林子さん、ベストなアップ写真を撮っていただきありがとうございました。
昨日の作業は、鎌田、松村宗、山本、福原そして筆者でした。(報告 仁平範義)
間もなく第15回通常総会が開かれます。正会員の一人として出席します。私は、南相馬で森の防潮堤づくりを応援していますが、心配な事があります。それは、森の防潮堤から南へ20数キロのところにあるフクシマ第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ汚染処理水のことです。海洋放出をすべきだという声が高まっていますが、地元の市町村議会では反対意見や反対決議が出されています。私も反対ですが、どうすればよいのかの案は見つかりません。
さらに心配な事は、この汚染水を溜めている場所に大雨が降った時、土砂流出が起きない対策がとられているのかです。この頃は一時間に100㍉の雨が降ることが珍しくありません。しかし、この地の対策は一時間に70㍉を基準にしているようです。
津波が発生した時に人間が逃げる時間を稼いでくれる森づくりですが、今は、原発事故処理と異常気象と向き合わなくなりました。森の防潮堤づくりを応援している私たちですが、この二つの課題とも向き合っていかなければと思います。総会では、このようなことを話し合っていただければ有難いと思っています。(事務局員 東城敏男)
昨日の足尾は草地一面が真っ白なホワイトデーだった。お菓子屋さんの宣伝ではない春雪で、凍った土が緩んで草木へのプレゼントだったろう。人間社会では男性から女性にお返しをする日がホワイトデーらしい。私にとってはお菓子屋の宣伝マンではないと粋がっているのだが、カミさんから初めてもらったチョコの嬉しかったことは今でも忘れない。
お菓子屋の宣伝に流されることはないが、カミさんと話をする時の私の気持ちの表し方のひとつとして御菓子を用意することは良いのかもしれない。自分(人間の)の都合を押し付けるだけでは森は育てられないように、気ままな自然界と向き合ってきたからこそ今の森はある。
地球温暖化にブレーキをかけいくための森づくりを社会に広げていくためには、この運動に共鳴してくれる方とその心をひとつにしなければ森づくりは始まらない。
入院で世話になったカミさんに自分の気持ちを伝えるためには、その手段は色々あってもよいと思った。昨日は、そんなことを足尾から教えられた私のホワイトデーだった。(事務局員:加賀春吾)
東日本大震災と東京電力福島第1原子力事故から9年が経ちました。安倍首相は、復興は着実に進んでいると言っていますが、地元住民の筆者からすれば道半ばだと思っています。何故なら、社会インフラは復旧してきましたが、避難者が4万8000人もいるということは故郷に戻れない訳があるからではないでしょうか。富岡町から浪江町の沿線人口はまだ10%程度であり、大熊町のアンケート調査によると約60%の住民が帰還しないとのことでした。
そんな中、JR常磐線は原発事故により不通だった浪江駅~富岡駅が開通(3/14)します。東京圏からの仙台駅までが線路によって繋がりますが、心の復興が進んでいない中では今後の常磐線の運行が心配です。
今年で8回目を迎える森の防潮堤づくりの市民植樹祭の準備も始めなければなりません。市民植樹祭を応援している「応援隊」の事務局の一人として、筆者は昨年応援してくれた助成金の活動報告書と収支決算書作成に追われました。いただいた助成金では刈込鋏や培養土を購入することができました。助成金には心から感謝しています。
第8回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭は原町区北泉地区で開催される予定です。6月7日の本番には県内外からのボランティアと森びと会員の参加をお待ちしています。大震災と原発事故の被災地に立っていただき、命を育む営みの基盤となる森を皆様でつくっていただければ幸いです。(理事 岩橋 孝)
今日は、東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から9年目を迎えました。
私たち応援隊は、10時に南相馬市育苗場に集合しました。今年は、鎮魂と復興に向けて祈念の補植作業と黙とう、家族が被災された菅野応援隊副代表宅へお焼香にうかがうことを提起し作業に入りました。
苗木(タブノキ、ヤブツバキ、シャリンバイ)40本を育苗場の海岸近くに祈念補植を行いました。その後、今年6月7日に開催する第8回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭会場の原町区北泉地区内を見て回りました。すでにマウンドもきれいに整備されており植樹祭当日が待ちどおしくなりました。私たちはこの海岸線で黙とうをささげました。
その後、菅野副代表宅にうかがい、亡くなられたご家族に線香をあげ、悲しみを分かち合いました。菅野さんからは、被災後の苦労話や野馬追の話などをお聞きし、菅野さんからは「これからも応援隊の一員として頑張っていく」という決意を受け、胸が熱くなりました。
世の中、気候変動による地球温暖化や新型コロナ感染等と生存が大変な状況ですが、私たち応援隊は市民に寄り添って、「脱原発都市宣言」の市民として再び悲しい別れがないことを誓いあって散会しました。
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