カテゴリ「森の声」の168件の記事

2009年1月27日 (火)

人の話を自分の話にしよう

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 森びらきに参加されました皆さん、木村さんの講演や奥平さんの演奏を聞き、多くの皆さんは何かを感じ取ったのではないかと思います。その後、何かを感じ取った皆さんは、何かを試している方はいますか。
 木村さんは30数年間の苦闘のなかで、多くの失敗をしました。その度に彼は、失敗の原因であった自分の固定観念をひとつ一つ捨ててきたと言っています。それを聞いた時、私は木村さんはその上に存在しているから、説得力も自信もあるのだと感じています。何かを試してみないと失敗も成功もありません。それは「フツーの常識」、間違った「固定観念」に騙されたままの自分になってしまいます。
 私は本日の朝から実験をしています。自分の主食である米がどんな米なのか、を試しています。木村さんが話しをしてくれたように、一握りの米をコップに入れ、約同量の水をコップに入れてラップする。ラップには2、3個の穴を開けて、暖かいところに約一ヶ月置いておく。一ヶ月後にそのラップを開けて、臭いと色などを見るという実験です。木村さん曰く、その米を食べていると人間の身体はどうなっていくのかを想像してみてください、と。
 人間の根は食、その根がどんな食を食べているのか、食は誰が生産しているのか、農薬漬けの食を自分で試して、何かを感じっことを自分のものにすることが木村さんの講演ではないでしょうか。

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2009年1月26日 (月)

ドングリから助けられ、自然から学びました

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 昨日は旧暦の大晦日、森びと仲間たちは「森びらき」に集い、2009年の森づくりに向けて煩悩から別離できた日になりました。
 「森びらき」開会前には第3回理事会が開かれ、2009年の事業計画の基本的な考え方を審議しました。森づくり事業に関しては、5年目を迎えることができ森づくりの基盤のうえで、今年からは“心に木を植える“ことに力点を置くことにしました。私たちが森と生きていくための心を育んでいくことにしまた。
 理事会の審議・決定した考え方を基に、「森びらき」は15時30分開会しました。今年のゲストは木村秋則さんと奥平哲也さんでした。木村さんは無農薬・無肥料による農作物生産の重要性、農業は森づくりが大切である、そして農薬漬けの作物は命を縮める等の講演をしてくれました。森びと仲間との懇親を深めた後は、マリンバ奏者の奥平哲也さんから日本人の心をマリンバで表現していただきました。また、森びとインストラクターの及川さん、富岳さんからは森づくりの豊富が語られ、110名の仲間たちは“山と心に木を植えよう”を合い言葉にして、ふるさとの木による命の森づくりを日本各地で進めていく決意が固まられました。木村秋則さん、奥平哲也さんそしてご来賓の皆様、森びと仲間の皆さんありがとうございました。(写真上は、木村秋則さん、下は奥平哲也さん)

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2009年1月24日 (土)

森とともに生きていくために、今年も楽しい汗をかきましょう

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 明日は「森びらき」です。東京港区の会場には110名の森びとが集まってくれます。今年も“山と心に木を植える”を合い言葉にして、いよいよ明日はふるさとの木によるいのちの森づくりがスタートします。
 経済不況の波は世界を呑み込み、この波は働く者、農民、市民そして子どもたちを窮境に追い込んでいます。このような社会では、心も荒んで、「分かち合う、支え合う、助け合う」という心も見失っています。
 このような荒んだ社会ですが、私たちは改めて日本人の文化とその心を、人間の良心を森づくりから育んでいきたいと願っています。是非、明日の「森びらき」で講演してくれる木村秋則さんの生き様を、その糧にしてください。「いつかわかってくれる日が来ることを信じ、名利も見返りも求めずに、自分のなすべきことをただ黙々と続けている。」木村さんです。(『奇跡のリンゴ』より)
 今年も、宮脇昭最高顧問、岸井成格理事長を先頭にして、一歩前の森づくりにステップを踏み出していきましょう。

2009年1月17日 (土)

人と生きる鎌倉の森を歩きました

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 快晴の昨日、東京事務所のメンバーは神奈川県鎌倉市で雑木林を守っている森びとインストラクターのフィールドを散策してきました。森びとインストラクターは田岡さん、フィールドは鎌倉中央公園、案内人は久保さんでした。田岡さんは「NPO法人 山崎・谷戸の会」の会員となり雑木林管理班で活動し、案内してくれた久保さんは長年、鎌倉の雑木林を調査し、宅地開発等に反対して雑木林を保存している方です。
 現場に入ってみると、人間は森(自然)から生かされていることが実感できる大切な三浦丘陵地の一角でした。散策の目的はこの地に100年以上は生きているアカガシを見ることでした。このアカガシは江戸時代からの鎮守の森に生きていました。幹の直径は1㍍を超え、樹高は20㍍もあるようでした。鎮守の森にはカシ類を守っている低木で珍しい、通称・アリトオシが生えていました。
 海抜50㍍程の丘陵地帯の森の中では、森が水を蓄え、土壌を守り、田圃では稲作、段々畑では野菜を作り、人間が森と生活している様子が解ります。他に、ミズキ、ヤマグワ、マユミ、ヤマザクラ等の巨木、そして珍しいカゴノキが生えており、4時間ほどの散策では素通りしている感じでした。何度も訪れたい森でした。
 帰路の途中、この雑木林を守っている「山崎・谷戸の会」の皆さんの活動に感謝しました。案内をしてくれました久保さん、田岡さんありがとうございました。「森びと神奈川ファンクラブ」の活動に期待します。(写真は、ウンナンオウバイとアカガシです)

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2009年1月15日 (木)

若者の息吹が届きました

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 昨日の午後、宇都宮大学農学部の学生・市島さんが東京事務所を訪れてくれました。用件は、足尾の森づくりに関する調査活動の一環として、取材したいということでした。大学3年生の彼は森林科学の学習をして、将来は土木技術を身につけたい、と言っていました。どうして土木技術を学ぶのに森づくりが関係するのですか、と尋ねたところ、彼は、自然相手の土木ですから樹木の役割や生態系の大切さが分からないと、習得した土木技術は自然破壊に結びついてしまうから、という主旨を話してくれました。話をして感じたことは、自然環境と調和した人間の知恵(土木技術)を目指しているのかなあー、と若者の前向きな姿勢でした。
 現在は就職活動で忙しい、とも言っていました。その顔には、内定取り消しをしている日本の経営者の非人間的な姿勢に怒りをもっていることが見え隠れしていました。反面、もっと若者たちは社会の出来事に怒りを表し、討ってでなければ社会は変わらない、と嘆いているようでした。しかし、彼は後ろ向きではなく、若者らしくチャレンジ精神をもってアタックしているようでした。市島さん、元気な若者の息吹を事務所に届けていただきありがとうございました。(写真は、足尾植樹会場に刺してある親子の想いです)

2009年1月14日 (水)

足尾の歴史を樹に刻んだミズナラは簡単に会ってくれない

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 松木村の歴史を語るミズナラの木は発見できませんでした。12日、松木沢で100年以上も生き続けているミズナラを探しに行ってきました。20㌢程積もった松木沢渓谷添いの雪道を歩きましたが、足尾銅山の歴史を樹に刻んだミズナラには会えませんでした。
 当日は、車両進入禁止ゲートから松木沢渓谷の上流へ向けて、時間では1時間半、砂防ダム位置では松木沢第4号ダム(昭和54年建造)の先まで歩きました。4号ダム付近では、ヤシャブシ、リョウブの他にウダイカンバ、シラカンバ、ヤマナラシが多く生えていました。ちなみに幹の周囲が136㌢もあるシラカンバが道の側に生えていました。もっと上流の山肌を見ると、人間の欲の暴走に遭わなかったふるさとの森がうっすらと見えていました。
 翌日、なんとしても足尾銅山の歴史を刻んだミズナラを探し当てたいと思い、『樹に宿る』で紹介してくれた影山さんに電話をしてミズナラの場所を聞いてみました。影山さんからは思っていたとおりのことが返ってきました。場所は山の頂上で、松木沢側から隠れている、ということでした。100年以上も生き抜いているミズナラは、人間がそう簡単に会えない場所で生きている、ということでした。
 人間の欲の暴走が森を破壊し、村人を廃村に追い込んだ歴史を樹に刻んだミズナラを、なんとしても探し当てたい。そんな気持ちを駆りたてられて、小雪降る中を帰ってきました。再チャレンジしますので期待していてください。

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2009年1月 9日 (金)

お年玉(寄付)をいただきました

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 東京事務所は昨日から仕事をはじめました。今年もよろしくお願いします。
仕事始めに飛び込んできたのは、嬉しいお年玉(寄付)でした。振り込んでくれた方は、歌手のChojiさんです。彼は当委員会のイメージソングを創ってくれた“森びと”です。イメージソングは皆さんご存知の「心の森」です。試聴はホーページでどうぞ。聴いていない方は一度聴いてください。彼は森びととして、足尾で、八幡平で、日光・中禅寺湖のキャンプでそして各地で、森づくりの大切さを訴えています。その彼がCD(自費出版)の売り上げの一部を森づくりに役立ててくださいと、年2回寄付をしてくれることになりました。「想像できないような100年後の未来も 今この瞬間から始まっている 僕らが植える小さな苗たちは 共に命をかけて未来をつくる・・・」と、Chojiさんは歌っています。Chojiさん、マネージャーの中村さん心温まるお年玉を贈っていただいてありがとうございました。お年玉)(寄付)は大切に使います。
 写真は「親子自然教室」(昨年夏)で開催した「森のミニ・コンサート」です。親と子どもたちが「心の森」をかみしめて、一生懸命歌いました。

2009年1月 7日 (水)

人(生命)への情熱は森づくりへ

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 みちのく事務所から、新年あけましておめでとうございます。昨年は旧松尾鉱山跡地に始めて植樹を行いました。それに伴い多くの方々から色々な形でご協力・ご支援を頂きました。特に、強酸性の土壌改良に欠かせない黒土、灰、バーク肥料の提供はこのうえない支援でありました。
 早速、理事会は一団体(葛巻高原牧場)、一個人(前沢養護学校・中村英治校長)に感謝状の贈呈を決定しました。葛巻高原牧場には12月13日、岸井理事長が直接贈呈しましたが、中村校長は当日の都合がつかず、贈呈は12月27日になりました。中村先生には年末のご多忙のところ、わざわざみちのく事務所までおいで頂き、角岸副理事長から感謝状を贈呈しました。
 ダンプ54台分の黒土は、私たちのホームページを見た中村先生が私たちの呼びかけに応えてくれたものです。中村先生からは2009年も使ってください、とのことでしたので大変感謝しております。中村先生とお会いして、先生の養護学校への情熱は森づくりへの情熱でもあることを知りました。みちのく事務所一同は、先生の情熱を深く学びたいと思っています。中村英治校長先生ありがとうございました。

2009年1月 6日 (火)

本物(常識)は森から育まれる

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 冬の夜8時過ぎ、ライト灯りひとつで森を歩くと緊張の連続です。熊は冬眠しているので心配はないのですが、小さな風の音にも神経が凍るよな場面があります。しかし、何度となく夜の森を散策すると緊張は緩み、人間は自然の一部だ、ということが実感できます。
 「身体は自然だといわれたって、なにを変なこという、とふつうは思うに違いないのである。環境とはあっちの話だと思っている。そういう人が多いはずである。あっちではない。じつはこっちなのである。」、と養老孟司さんは述べています。
 私たちは森に生かされている、人間は自然の中にすっぽり埋まっている、という常識は、「フツーの常識」ではないのです。この非常識である「フツーの常識」で私たちは生きてきましたが、この常識で地球を駄目にしてしまいました。「あまりにも目に見えるもの、計量化できるもの、既存のデータのみに重点を置き、その延長線上に未来を予測したのがすべての間違いだった」(宮脇昭最高顧問)、と述べているように、駄目になりつつある地球環境問題の処方箋は、「フツーの常識」では効き目がなく、50年後の地球が心配です。
 以前の日本人は、木を伐った後には森に感謝し、木を植えました。現在、ドイツ国民は1本の木を伐ったら3本の木を植える、という精神を、大人が子どもたちの心へ育んでいます。それは森の中で行われています。
   

2009年1月 5日 (月)

地球を駄目にしている「常識」は非常識?

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 今年は一歩前にステップを踏み出したい、と願っています。どんな意味なのか、といえばそれは難しいことではありません。私たちの「フツーの常識」が環境問題を引き起こし、地球を駄目にしているこの「常識」は非常識であるという常識に変えていく、という努力をすることです。この非常識は、森の中をしっかり観察するだけで解ります。ですから机上では解らない、ということでもあります。
 冬山を散策すると、木々の冬芽が目につきます。ヤナギ、コブシ、オオカメノキ、ミズキ、トチノキ等の芽は、毛糸のような帽子をかぶっている、コーデュロイ地の布を身につけている、そしてベトベトしたヤニを塗っています。また、木々の枝には虫の卵が産み付けられていますし、幹を住み処にして越冬している昆虫がいます。
 見るだけでは観察になりませんから、どうして冬芽は色々なもので身を覆っているのか、何故、昆虫は寒いのに木の枝で、幹で越冬するのか。どうしして温かい土中で越冬しないのか、と「見えないものを見ようとする努力」(宮脇昭最高顧問)をしてみることです。「土に触れ、葉の臭いを嗅ぎ、時には実を口に入れて、植物が発するわずかな情報を逃さずに読み取る」(宮脇昭最高顧問)、ということを実行してみることです。地球を駄目にしている「フツーの常識」が非常識である、ということをつかみ取っていく努力がステップのひとつです。
 

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