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2019年10月の28件の記事

2019年10月22日 (火)

先人の精神と文化が宿る日光・長畑集落に我が菩提寺

20の「心の森探訪inいにしえの日光」に参加してくれました鎌田順子さんより感想が届きました。

Pa207795 写真左側が順子さん

 順子さんからは、「20日の日はお世話様になりました。この度の「いにしえの日光」探訪に参加しまして、長畑の歴史を知りました。実は、私事ではありますが、ここ日光に移り住みまして、今年で丸20年目を迎えました。今から15年前ですが、曹洞宗の寺院を探しておりまして、偶然にも寺院は今回訪れた長畑にあります。普門寺を菩提寺とすることとなり、以来この集落ではお世話になっております。

Pa207772  探訪では、地域文化の移り変わりや先人たちの歴史を聞きまして、普門寺が歴史上に関わりのあることを知り、これも何かのご縁なのかと思った次第です。足尾植樹の関りも、同様に、私共の人生にとりまして、どちらも、ご縁の賜物であると、平素より感謝しております。長畑の古い歴史に親しみを持って、頂いた歴史書を読んでみたいと思っております。」という感想をいただきました。

Pa207768  勝道上人から二宮金次郎の精神と文化が地域に宿る長畑集落に鎌田さんの菩提寺があるということは有難く、嬉しいことでしょうか。鎌田順子さん、感想を送って頂きありがとうございました。(報告 髙橋佳夫)

2019年10月20日 (日)

いにしえの日光散策から未来の暮らし方が見えてきた「心の森探訪」

Pa207767  今日は「心の森探訪inいにしえの日光」、散策する場所は日光市長畑集落民が森と暮らす地域。参加者13名は集落の方々が快く貸してくれた西沢公民館に集いました。平木理事の進行で今年の探訪が始まり、第一期森びとインストラクターの塚崎庸子さんから散策路の紹介を受けて、10時前に会場を出発しました。

Pa207756  ここの集落は古くは林業が盛んなところで、1200年前から1956年頃にかけて森に寄り添ってきた先人の文化が沢山残っていました。集落が見下ろせる道を歩いて行くと、蕎麦畑や稲を刈った後の田んぼがのどかで清閑な集落をつくっていました。道端には、地蔵さんや観音さんそして神社が祀られ、森に寄り添って生きてきた先人たちの想いが感じられていました。

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Photo_4  沢沿いの林道に入ると、台風19号の大雨で多くの木々が倒され、流されてきた痕跡が残っていました。

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2  そこには、1858年に二宮金次郎が植えた(実際は弟が植えた)600本の檜が育っている「二宮林」がありました。この集落では、金次郎が集落民が欠かせない水を溜める林、コメ作りに必要な水を流す掘りを造ったところです。

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Photo_8  昼過ぎに公民館に戻り、平木理事が心を込めて作ってくれた「けんちん汁」をご馳走になりながら昼食を摂りました。

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Photo_10  13時からは、福田彦一郎さん(㈱大和木材代表取締役)から森と暮らしてきた地域の文化と森と生きていくことの大切さの講演をいただきました。

Photo_11  話しの中では、気候変動化にある中で、日本の造林政策を問い直し、針葉樹林が流木被害を拡大させないようにしなければならない。針葉樹林を間伐し、森の機能別に区分けした森づくりの大切さを訴えていました。

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Photo_13  その後、参加者による意見交換を行い、先人たちの知恵を未来の暮らしに活かしていくことの大切さを感じ取りました。交流会は、「パリ協定」実行年の来年からの森づくり活動のヒントが浮かび上がる内容になりました。

案内してくれました塚崎庸子さん、参加された皆さまありがとうございました。(報告 大野昭彦)

森びとスタッフの情熱で、松木の杜を襲った台風19号の復旧作業が終わりました。

台風19号の被害調査(10月月14日)に基づき18日・19日の両日、民集の杜北側の金網の修繕、水源の修繕、臼沢の森上部の金網点検を行いました。
森びと事務局、スタッフの皆さんに協力を呼びかけ、18日は、鎌田スタッフと橋倉スタッフが駆けつけてくれました。

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橋倉スタッフの報告によると、昨日18日の足尾・松木沢は気温12℃。肌寒い一日でした。森作業は、台風被害への対処で水源の復活を目指し取り組まれ、「普段は小さな流れの沢水が、水の入った重い浴槽を押し流してしまうのだから、どれほどの雨が降ったのかとただ驚くばかりです。」と台風19号の猛威を伝えてくれました。足尾の雨量は、国土交通省の発表で12日8時〜13日4時まで(20時間)で436ミリ、最大時雨量53ミリでした。

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 導水ホースに詰まった大量の砂に手を焼きましたが、散水用の太いホースは開通しました。しかし、みちくさや作業詰所への細いホースの砂抜きが出来ず、やむなく翌日回しとなりました。

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砂抜きに時間がかかり、遅い昼食の後は、中倉山登山道へ向かう道路状況の
調査が行われました(11月3日に中倉山“孤高のブナ”保護の取り組みが行われます)。予想された通り、至る所で土石が道路を覆い、最初の土砂を整理し車で前進しましたが、直ぐ次の土砂が待っており、車を降り徒歩で調査を続けましたが、11月3日の物資輸送は徒歩でやるしかないとの思いを持たれたようです。

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橋倉スタッフから『大きな被害を残した台風19号、被災された皆さんにお見舞い申し上げます。そして同時に、この災害の根本的な原因である「地球温暖化」を、ストップさせて行く決意を新たにしました。』とメッセージが寄せられました。夕方から雨が降り、大雨になるとの予報もあり、18日の森作業を終了しました。これ以上悲しむ事態を迎えないように安全第一の行動をして欲しいと思います。

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本日19日は、昨日に引き続き台風被害の復旧森作業を行いました。本日は6名の森びとスタッフとJREU横浜の栗脇さんが駆けつけてくれました。9時の気温は14℃と肌寒い松木です。森びと広場の作業詰所でミーティングを行い、鎌田スタッフから昨日の復旧作業と中倉山へ向かう道路の状況が報告されました。

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午前中は舎人2名の協力もいただき、民集の杜北側の金網修繕に鎌田、福原、弘永スタッフ、細いホースの砂抜きに舎人小林さん、JREU・栗脇、柳澤スタッフ、筆者清水、臼沢の森上部の網の点検に松村宗スタッフ、舎人小黒さんの3班に分かれて作業を行いました。

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細いホースの砂抜きは想像以上に困難でした。内径20mmのホースの内側に砂がビッシリと詰まり、砂防ダムの高さを利用して振るい落とそうとしましたが砂が抜けず、砂の詰まりをハンマーでホースを叩きながら少しづつ落としていきました。ホースの長さが100mほどあり、砂防ダムの高さでは抜けきれないことから途中でホースを切断することにしました。切断面を見てビックリです。「砂!」です。根気よく砂を抜き砂防ダムの下に下がるホースから茶色い水が出てきたときは「出たー!」と歓声が上がりました。12時半になり、もう半分のホースは午後に砂抜きをおこないました。

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臼沢の森上部の網は落石やシカにより一部に破れが発見されました。舎人小黒さん、松村宗スタッフが修繕してくれました。作業を終え階段を降りると落石が木の根で止めている様子が確認されました。

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民集の杜北側の金網修繕は、砂防ダムから水が流入していた西の部分は、水路の確保と網の改修を行いました。ポールの折れたところとはポールの差し替えを行いました。作業終了後は松木の杜に移動し、入口の金網修繕を行いました。

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遅い昼食を取りながら各作業の報告を行い、午後の作業の打ち合わせを行いました。
午後は、細いホースの砂抜き継続班、森びと広場に大雨が降った時の水を逃がす水路づくり班、“みちくさ”入口の土砂の撤去班に分かれ作業を行いました。
雨も上がり、青空が見えてきました。

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前日18日からの懸案だった細いホースも砂が抜け、ホースをつなぎ合わせると“みちくさ”と作業詰所の水道から水が流れました。茶色い水から、透明の水になることを確認しました。

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各班の作業を終え、3時半に帰路につこうとすると雨が降ってきました。
“人間の都合”で森づくりはできませんが、人間の都合で排出し続けた温暖化ガスによって、巨大な台風を生みだしていることを捉え返す2日間の森作業(復旧作業)となりました。

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二日間の森作業は、18日鎌田、橋倉。19日は鎌田、松村宗、弘永、福原、柳澤、JREU横浜・栗脇、筆者・清水でした。

2019年10月19日 (土)

日本キスラ―社の皆さんが南相馬で木を植えました

 今日(10/19)は、南応援隊の東城は「南相馬植樹ボランティアツアー」の植樹をサポートしました。会場は原町区かい浜、植樹をしてくれたのは日本キスラ―社社員15名の皆さんでした。

Img_2233  筆者は社員のひとりである森びと小黒事務局の奥様から協力の声がかかりましたので植樹をサポートをしました。会場のマウンドはぬかるみに足を取られてしまうほどの悪条件でした。植樹開始前、8年前の震災及び台風19号によって犠牲になられた方々に黙禱をしました。

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Img_2227  参加者からは、「泥まみれになりながらもこの苗木が立派に生長することを願い丁寧に植えました」(女性)との声がありました。また、「植樹方法を丁寧にわかりやすく説明してくれたので出来栄えが良かった。達成感もあり、あっというまに時間が過ぎて楽しかった」という声もいただきました。

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Img_2241  当初、私はこの植樹の誘いを受けた時、台風19号による甚大な被害と復旧がままならい中での植樹イベントに気が引けていました。しかし、終わってみると皆さんの笑顔と森の生長を願う気持ちを伺い、さらに、異常気象を少しでも弱めることができるのかもしれないと思い、サポートしたことを嬉しく思いました。

Img_2253  東京から「南相馬植樹ボランティアツアー」を実施してくれました日本キスラー社の社員の皆さんお疲れさまでした。また、鎮守の森の箱崎さん、水田さんご苦労さまでした。応援隊からのサポートは東城 睦子と筆者でした。 (報告 東城 敏男)

被災地のことを考えると、こんなことで根をあげていられない

 12日~13日にかけての台風19号の影響で、足尾でも民集の杜の北斜面からの落石で数か所の金網とポールが曲がっていたり、西の角は堰堤からの流水で土砂が下に流れ込み、網が斜めになっているなどの報告が14日にありました。

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20191019_132943 午前中は、来舎の方がいないと判断し、緊急に集まったスタッフの皆さんらとともに復旧作業をしました。

20191019_095313 午後にみちくさをオープンし、みちくさの入口付近に土砂が流れ込み、茶色い土が堆積していましたので、その土砂を取り除くために、松村宗雄スタッフにも手伝ってもらい、3人で行いました。

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 10~20cmほど土砂が堆積していました。

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 猫車を使い、20回ほど未舗装の道にできた水溜まりに掻き出した土砂を埋めました。(写真は10回ほどの様子です)

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20191019_150314 石と石の間に入りこんだ土砂を掻き出すのに苦労していると、一緒に作業をしていた松村宗雄スタッフから「被災地のことを考えると、こんなことで根をあげていられない」と、言われ、力が漲りました。

20191019_133122 明日20日は休舎です。来週土曜日26日から再開します。一日も早い復旧と、被災された方々が日常生活に戻れるよう、お祈り致しております。

本日の放射線量は0.102μSv/h、舎人は小黒、小林でした。

2019年10月17日 (木)

自然の恵みと災いに寄り添って生きていかなければならない私たち!

 台風19号の大雨に被害が拡大している。そして犠牲者も増えている状況が新聞を読む度に分かる。被災した皆様にお見舞い申し上げ、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します。

Dscn6483   足尾ダムの増水(10/13)

 新聞やTVの報道は「なぜ(河川が)決壊、氾濫したのか」、その原因と対策が中心となっている。「過去最大の水量による水圧と越水が重なった」、「水がたまり易い決壊地点」(国交省)等と報道し、国は堤防の強化策を考えているようだ。まずは住民の暮らし優先の応急的な修復工事を進めてほしい。

Dscn6479 渡良瀬川上流(10/13)

 ところで私たちは、巨大化する自然の猛威と向き合うスタンスが問われていると思う。「国土強靭」を訴えている政治家、電柱や鉄塔が倒されて電力契約者に長期にわたる停電生活を強いた電力会社経営者など、同時に、私たち市民が想定外の異常気象と向き合うスタンスが問われている。

Dscn6481 足尾ダム・三河合流地点(10/13)

 自然の恵みと災いに寄り添って生きていかなければならないという冷厳な事実を見失い、人間は特別であり、生物社会は人間社会がコントロールできるというスタンスが問われている気がする。世界一のコンクリート堤防が津波で破壊された事実、関西空港の機能が台風で麻痺されてしまった人間の技術力、そして決壊、氾濫した河川も優れた技術者の設計が被害を拡大させ、犠牲者を出した。その技術力を信じてその地域で生活してきた私たち。今、その技術力とその信頼性を奪っているのが想定外の異常気象なのではないか。

Dscn6491  “自然の恵みと災いに寄り添って生きていかなければならい”というスタンスに起って、政府は、未来を生きる若者達の命を育む基盤を衰弱させないために、地球温暖化にブレーキをかけていく政策(2050年度までに温室効果ガス排出ゼロ政策など)の実行、自然の恵みを活かした堤防造り、土砂流出に強い森づくり等の英知を国民から集め、その英知を地域に広げてほしい。その財は、沖縄米軍基地工事の中止、戦闘機の爆買い中止等の防衛費から捻出してほしい。

P9237572  最終的には、私たちの命は自分で守らなければならない。政治家や企業家を批判しているだけでは命を守る政策は実現しない。当会は、その流れを細い沢水から流し続けたい。(理事 髙橋佳夫)

2019年10月16日 (水)

森の機能を発揮する“松木の杜”たち

台風19号が巨大な勢力を保ちながら12日に本州に上陸し13日にかけて東日本を縦断しました。年間降水量の3割から4割が1日~2日で降り、その結果、37河川で52か所の堤防が決壊し多くの被害を発生させました。(14日夜NHKニュース)

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足尾・松木沢、久藏沢、仁田元沢を源流(足尾ダムに源流の碑)とする渡良瀬川の支流では秋山川、巴波川、思川(思川の支流の黒川を含む)が氾濫し大きな被害を出しました。

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足尾の植樹地が心配となり、台風一過となった昨日14日、鎌田スタッフと調査に入りました。久藏沢にかかる橋と松木川にかかる橋は、橋のすぐ下まで土砂が上がり、橋が流される一歩手前の状況でした。
岩肌の多い足尾の山々には沢沿いに砂防ダムがつくられ、落石の力を弱めています。三川が合流する足尾ダムが最後の要となるのでしょう。足尾ダムがなかったら下流域に一気に土砂が流れ込み被害を拡大させてしまうのではないかと考えると、森の再生は急務だと思いました。

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北斜面が草地の「民集の杜」では、落石と堰堤からの水流により金網とポールが曲がり早急な補修を計画しなければならない状況でした。金網の点検をしていると立派な角の雄鹿が鳴き声を上げ、群れに警戒を伝えていました。

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急斜面の「臼沢の森」は豪雨で表土が流されているのではないかと心配し確認に向かうと、臼沢の森の入口の第二ゲートに土砂の流出した様子はなく、ひとまず安心しました。
木の階段が崩れていないかと森の中に入ると、木々の葉っぱが降雨を受け止め表土に落とし根が吸収しているようで、表土が崩れた様子は見受けられませんでした。また、細い幹の木が根元で落石をガッチリと受け止めていました。

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松木の杜、新松木の杜も土砂の流出はありません。生長過程の落葉広葉樹の森は、小さいながらも降水をためる「森のダム」の役割を果たしているようです。

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年々、台風が巨大化しているように感じますが、台風19号(ハギビス)は米航空宇宙局(NASA)と海洋大気庁が連携し気象観測衛星「スオミNPP」によって宇宙からとらえられていました。日本に上陸する前の渦状の雲の幅は南北で2000キロ以上に及び米国内では「スーパー・タイフーン」と紹介されていました。

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川の氾濫に備えることなど防災対策は行政の役割として当然ですが、気候変動の根本問題である温暖化ガス(CO²)排出削減は各国政府の責任において取り組まなければなりません。9月23日に米国ニューヨークで「国連気候行動サミット」が開催され、国連のグテレス事務総長は、77カ国が2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロとする目標を公表したと明らかにしました。残念なことに日本政府による石炭火力への依存姿勢が国際的な批判を浴びています。長期戦略では50年までの温室効果ガス削減目標を80%減、排出実質ゼロの「脱炭素社会」実現時期は「今世紀後半のできるだけ早期」とするにとどまっています。

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国連「気候行動サミット」で、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんは『人々は困窮し、死に瀕している。全ての生態系が崩壊し始め、私たちは大規模な絶滅を前にしています。それなのにあなたたちは、お金と永続的な経済成長という「おとぎ話」ばかりを語っている。』と怒りの訴えをしました。

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生物社会の一員でしかない人間は森に寄生してしか生きられない存在であることを「巨大化する台風」は気づかせてくれます。台風15号、そして今回の19号によって被災した人々の苦しみに目を向け、CO²の吸収源である森をつくり、海を元気にしていかなければなりません。
(事務局 清水 卓)

2019年10月14日 (月)

地球温暖化防止は“待ったなし!”

 本日、清水理事とスタッフの鎌田夫妻は台風19号の被害調査に足尾・松木沢に入ってくれました。

 足尾ダムゲートから森びと広場までの途中には日光中禅寺湖方面から流れている久蔵川の橋があります。その様子は上の写真の通りです。相当な土砂が流されてきたことが分かります。いつもなら川面は1㍍下ですから土砂の量には驚きです。

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2  そこから2~3分の所の道には土砂が堆積していたので車をそこに止め、歩いて森びと広場に向かいました。

Photo_2  「民集の杜」北側の草地からは土砂が流れ、大きな岩が柵に当たっていました。柵は壊れ、柵を支えている金属製のポールが折れていました。同様の箇所は2カ所ありました。

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2_2  みちくさの入り口付近には土が流れ込み、茶色い土が堆積していました。

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Photo_6  苗の撒水に使う取水口は写真上のように傾き、ホースは外れ、風呂桶には土砂が溜まり、ベトベトになっていました。松木渓谷へ向かう道にも土砂や大きい石ころが流されていました。(現地報告・鎌田夫妻、清水 卓)

 被害はこの程度で済みましたが、関東から東北にかけては20河川の24カ所で氾濫、決壊(14日付け)が起こりました。被災した皆様にお見舞い申し上げ、犠牲となった方々には謹んで哀悼の意を表します。

Photo_7  来年は「パリ協定」の実行年。締約した国や私たちは“何をなすべきか”、と言っている場合ではないようだ。大人たちは、グレタ・トゥーンペリさんの呼びかけに(国連「気候行動サミット」での演説)へアクションだ。週末は柵の補強、土砂の片づけそして木々を元気にする森作業だ。そして、安倍政権へ、“野心的な地球温暖化防止策”を、再度、要請していかなくてはならない。(理事 髙橋佳夫)

 

2019年10月10日 (木)

秋の透きとおった青空の下で猛烈な台風19号に備え!

Photo  猛烈な台風の進路が気になり、今日は朝早くから森びと広場の物が強風で飛ばされないようにチェックをしました。

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Photo_4  現場に着いたのは8時前でしたので、広場ではセキレイがミミズを探していました。また、広場の柿の実は美味しそうな色を輝かせていました。渋柿なので熟すころには鳥や蜂に喜ばれるでしょう。「もちくさ庭園」ではマムシグサの種が熟し始めました。ここにも蜂等の虫が集まってくることでしょう。人間には毒ですので注意です。

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B_1  コンテナの片づけも大部分が終わりました。年内には、ハウスとコンテナ内の整理整頓を行い、早いかもしれませんが新年を迎える予定です。

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Photo_6  今日の朝は冷えましたので、「臼沢の森」東側に植えられている落葉広葉樹が色づき始めました。朝陽に照らされて黄金色に見えました。これから「臼沢の森」の紅葉が楽しみですが、明後日頃からの台風に飛ばされないかと心配です。ヘリが中禅寺湖方面に向かっていましたので、二人は「奥日光の紅葉でも撮影か」と思いました。

Photo_7  午後は日光市内まで出向き、稲葉理事と12月の理事会の議案に関して話し合いをしました。その後、足尾・松木沢に戻り、最後の台風対策をチェックし、台風が通過した後のチェックを鎌田スタッフにお願いしました。今日の作業は仁平、高橋でした。(報告 高橋佳夫)

2019年10月 9日 (水)

足尾・松木沢の秋の空に感謝して森作業

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Pa097702  東京から日光駅へ向かう車窓を眺めながら想い描く足尾松木沢の青空。10時過ぎに足尾ダムから松木沢に着くと、描いた通りの青空でした。その写真が上です。

Photo_3  先に足尾入りしていたスタッフは昨年植えた「民集の杜」で草取りをしていました。三人の気分は上の写真の通りでした。

Photo_4  午前中はしつこいツル草を苗木から取り除き、筆者はコンテナ内の棚を整えました。

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Pa097729  午後の作業は昨日の続き、「松木の杜」内の壬生北小学校児童が植えた苗木が鹿に食べられない様に柵を設置しました。

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Pa097736  森作業二日目の山本さんの柵設置は手馴れたものでした。しかし、昨日は久し振りに600段もの階段を上り下りして草刈りをしたので、山本さんは「久しぶりに足の筋肉が凝っている」と言っていました。三人とも柵設置作業は手馴れていましたので、作業は15時頃に終わりました。

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Photo_6  モズも秋の爽やかな風を満喫しているようでした。台風19号の進路を気にしながら帰路に着きました。本日の作業は、福原、山本、仁平そして筆者でした。(報告 高橋佳夫)

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