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2019年5月の29件の記事

2019年5月31日 (金)

第7回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭準備3日目、各地から苗木が嫁がれてきました

 今日の南相馬市の植樹祭会場は、昨日と違い曇天で気温は24度と浜風があり、少し寒いぐらいでした。応援隊の皆さんが鎮守の森のプロジェクト、カリタス南相馬、市役所の皆さんと、総勢40名で準備作業をしました。
 

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 作業は、ポットの選別でしたが、人数が多かったので作業が捗り、昨日より早めに終了しました。

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 また、今日はどんぐり拾いから3年間にわたり手塩に育てたポット苗を持参してくれたJR東労組仙台地本、千葉地本、東京地本、横浜地本から25名が現地を訪れてくれました。6月2日の植樹祭で使用する苗木2780本は植樹会場に、植樹祭では使用しない苗木7700本は雫にある育苗場に保管となりました。

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 遠いところ、丁寧に心を込めて育ててくれた苗木を南相馬市まで運んでくれてありがとうございました。今後は、組合員・家族・協力をしてくださった方から託されたポット苗を大事に育樹をしていきます。今日の作業者は、応援隊の渡部、菅野、松林、原田、山田、松本、佐藤信、岩橋恵美、東城敏男、そして筆者でした。(理事・岩橋孝)

第7回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭準備作業2日目

 準備作業2日目(30日)は、雲一つない好天に恵まれました。第7回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭会場には、市役所、鎮守の森のプロジェクト、カリタス南相馬、総勢25名が集まりました。

1  作業は、29日に届いた苗木をトレイに移すこと、植林後の土を乾燥から防ぐこと等に役立つ藁の運搬でした。このような運搬作業には、市民応援隊の自家用軽トラが重宝されます。

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2  昼休みには、雫育苗場で管理をしていた植樹祭で使用する苗木810本の運搬を行ってきました。

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3 今日は応援隊から10名の参加で準備作業を行います。昨日の作業者は、応援隊の渡部、松林、原田、佐藤正、今野、佐藤信、東城敏男、岩橋恵美、そして筆者でした。(理事 岩橋孝)

2019年5月29日 (水)

第7回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭の準備作業スタート

 昨日の猛暑日から一転、今日の福島県南相馬市は朝から雨が降り、肌寒さを感じました。6月2日開催の第7回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭会場の小高区塚原地区には市役所職員をはじめ、鎮守の森スタッフ、応援隊、カリタス南相馬、総勢20名が集まりました。

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20190529_201101 今日の作業は、苗木の運搬と藁の運搬でした。かなり重労働でありましたが、皆さんがテキパキと取り組み、無事けがもなく植樹祭準備は終わりました。

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 明日も引き続き準備作業を行われ、応援隊から9名が参加します。

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 今日の作業は応援隊の渡部代表、菅野副代表、佐藤正廣スタッフ、そして筆者でした。(事務局・東城敏男)

未来を生きる若者たちへ伝えたい集落の知恵

 25日の作業後は、四季の郷・湯ら里で汗を流しました。夕食・交流会では、地元の美味しい山菜尽くしの料理と酒を堪能しながら、「木地師と農家の暮らし、先人の智慧」、「幸せは金で買えない」、「地域を思う心が大事」など話で懇親は盛り上がりました。

 地元の刈屋さんからは、「高齢化50%以上になるとアクセルを踏んでも前に進まない。今、山村は自信を失っている。アイデアを持っている森びとの皆さんとは、ものの見方考え方を共有し、できることを一緒にやり、心を動かさなければ集落は変わらない」などと、集落に生まれて75年の人生の思いをうかがうことが出来ました。

Photo  その後、高橋副理事長からの提案で、うす紙と竹ひごで作られ、5cm四方の燃料が糸で結ばれている“スカイランタン”が飛ぶかを試験的にやってみました。それは私たちの予想を裏切り暗闇の中を見事に舞い上がって、集落に赤々と”希望の松明”を灯した瞬間でした。庭にいたみんなから「感動」の歓声が上がり、改めて集落の願いが叶う希望の光が見えてきた喜びを感じたのは、私だけではなかったと思います。

Photo_2  2日目は、只見町役場・渡邊農林建設課長のお礼と歓迎のご挨拶をいただきました。現場には坂田集落の飯塚区長と刈屋さんの同級生のナガイさんも同行しくれ、昨日の「橋づくり」付近の堀の土砂除き作業を行いました。その後は、ブナの二次林と木地職人の屋敷跡地、隠し棚田などを散策しました。

 途中、道端にワラビや山ウドなどの山菜が生い茂っており、済賀副所長は目を輝かせ山菜を収穫をし、自宅で調理をして山の恵みを家族に振舞ったそうです。満開のニリンソウ、ウワミズザクラ(=ナタヅカ)たちも、気候が変化する中で世代交代をしながらも雪深い集落で森の恵みを与えてくれ、可憐な姿で私たちを迎えてくれていました。今回の歩く銀山街道の橋づくり体験で、ほんのチョッピリ“森への恩返し”が出来たのではないかと、私たちの顔が微笑みました。

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 昼食は、刈屋さん家のケヤキの大木と淡いピンクの花咲くシャクナゲに囲まれて、恒例になったバーベキューです。マトン、もつ、たまねぎ、アスパラを焼いて、オニギリとワラビのお浸しを肴に、冷たいビールで渇いたのどを潤しました。

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  昼食を食べながら、集落の歴史やどぶろく造り等、集落民の森と暮らしてきた智慧が紹介されました。この智慧は、AI時代が人間社会に浸透しようとしている中で、とても大切な事で未来を生きる若者たちへ伝えなければならないことだと感じました。改めて私たちは森に生かされていることを身体に染み込ませた2日間になりました。朝早くから準備していただいた刈屋さん、奥様有り難う御座いました。(理事・大野昭彦)

2019年5月28日 (火)

只見町布沢集落で培ってきた技と知恵を存分に発揮した強者

 北海道では39.5℃という最高気温を記録しま25日。福島県只見町の気温は32℃でした。しかし、ブナ林の中は柔らかな若葉の働きでとても涼しく感じました。今年も布沢集落支援の開始、安全に利用していただけるようにと吉尾峠入り口から「歩く銀山街道」の沢沿いにかかる三箇所の“小さな橋”づくりを体験しました。

 13時に「森林の分校ふざわ」に集合、集落の活動家・刈屋さんから、地域を元気にしている自然の恵みの街道整備や銀山街道行っている道普請の話を伺い、作業内容の説明を受けました。今回作業は、「座頭泣かせ」というところで会津若松と布沢を繋ぐ旧銀山街道です。場所は集落から10分ほど車で行った所から砂利道を300m程の吉尾峠、そこに車を止めて、丸太、杭の材料とチエンソー、カケヤなど道具を担ぎ、布沢川支流の鎌倉澤沿いを進みまました。歩いて約600mの所か現場(下の写真)。

20180525_132759_2  刈屋さんから橋の造り方を聞き、2班に分けて作業を開始。作業は、山間の雪解け水が流れる川のせせらぎ、ウグイスやカエルの合唱を聞き、自然の有り難い癒しを浴びながらすすめられました。

 刈屋さんは「この先にもう一箇所橋を作りたいところがある」と言うので、とりあえず見に行ってみようとなりました。現地に着いてみると思ったとおり、「やってしまおう」となり、チエンソーで直径40㎝あるミズナラを切倒し、現地調達の材料で難なく頑丈な橋を作り終え、13時頃には橋は完成しました。

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20180525_151034  Kimg1864_2 頼もしい森びとスタッフ達からすると、その心身は若者に負けないほどですから、今後も現場に入って身体を森づくりから培った技と知恵を集落の自然の素晴らしさを残していくことに発揮していくでしょう。続く・・・(理事・大野昭彦)

2019年5月23日 (木)

気付いた人から声をあげるということ

先日、世界132カ国の政府が参加する「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム」(IPBES)が「人類によって「動植物100万種が絶滅危機」にさらされている」という報告書を発表した。どうやら私たちは大量絶滅時代を生きているらしい。

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生物はそれだけで独立して生きているものはなく、みなつながりを持って生きている、ということは、今ではほとんどの人が知っている事実だ。ある種の生き物が滅びると、当然その生き物に関係する生物にもしわ寄せがいく。滅びた生物が唯一の食べ物であれば一緒に滅ぶしかない。動植物の25%が絶滅する危険性があるというのだから、ほぼすべての種に影響があると考えて間違いないだろう。そしてそのつながりの中にもちろん私たちもいる。

それなのに、である。この衝撃的な事実が伝えられても、世界は相変わらず我利我利な話題で埋め尽くされていて、真剣にこの問題に立ち向かおうというリーダーも見当たらない。本当に、人類、大丈夫なんだろうか。と、自分事ながら他人事のようにつぶやいてしまう。

令和からさかのぼること数世代、明治の時代に石川啄木が書いた「林中の譚」の中で、彼は猿に次のような言葉を言わせている。

汝等はつねに森林を倒し、山を削り、河を埋めて、汝等の平坦なる道路を作らむとす。しかれどもその道は真と美の境―乃(すなわ)ち汝等の所謂(いわゆる)天に達するの道にあらずして、地獄の門に至るの道なるを知らざるか。汝等既に祖先を忘れ、自然に背(そむ)けり。噫(ああ)、人間ほど此(この)世に呪はるべきものはあらず。

(人間はいつの時代にも木を倒し、山を削り、川を埋めて、平らな道路を作って来た。だが、その道は天国に通ずる道ではなくて、地獄の門に行く道なのだ。人間はすでに祖先を忘れ、自然にそむいている。ああ、人間ほどこの世にのろわれるものはないだろう。 現代語訳「サルと人と森」から)

あの時代から私たちはさらにその道をまっすぐに歩んできたように思える。変わったことといえば、100万種もの動植物を滅ぼすだろうという事実を明確に予測できるようになった、くらいなのかもしれない。

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先の報告書を伝える記事では、抜本的なライフスタイルの変革が求められているとして、いくつかの提案が書かれていた。突き詰めると結局のところ、ひとりひとりがもっともっと自然と生活と自分を大切に、丁寧に生きていく。ちゃんとした政治家を選ぶ、ということらしい。そうして大きなうねりをつくって新しい世界を開くしかないようだ。

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翻って自分、こんな文章を書いている自分はいったいどうなのか。人に指摘できるほどの生活をしているのか。できることすらしていないのではないか。滅び行く多くの生き物から鋭く問われている、そんな居心地の悪さを感じさせる今回の記事であった。気候変動はもちろんだが、森をはじめとする生命基盤への保全についてもよく学びそして気付いたことに声をあげていかねばならない(事務局 小黒 伸也)。

参照記事:

2019年5月22日 (水)

“見て、見ぬふり”をすることはできない!

Photo 5月10日頃の足尾「臼沢の森」

 田中正造は、衆議院議員当時の演説で、「世の中に訴へても感じないというのは、ひとつはこの問題が無経験問題であり、また、目に見えないからという不幸もございましょう」さらに彼は、「まず鉱毒植物が枯れる。魚が取れぬ。人の生命が縮まる」、「銅山に毒があれば動植物に害を与へるということは古来学者の定論で、農商務の官吏がみな正直であればそれでよろしいのである」、「銅山の毒が何にさわるのかいうくらいの事は分かりきっているのに、農商務省が分からないというは不思議千万」と言っていた。

1 5月20日の足尾「臼沢の森」

 地球温暖化にブレーキをかける運動が日本で拡がらない今日の状況は、112年前程の社会状況と変わらないのかもしれない。

Photo_2  ところが世界の学生たちは地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」遵守をすべての国と地域に求めている。そのきっかけをつくったのはスエェーデン高校生のグレッタさん。「若い人たちは未来が奪われようとしていることに、怒るべきだ」と活動を続けている。

Photo_3  共感の輪は、ベルギー、英国、フランス、イタリア、ドイツ、インド、オーストラリア、カナダ、アメリカ、チリ等へ拡がっている。日本の学生も動き出しているが、拡がりは淋しい気がする。

5  当会は昨日、理事会議を開き、世界の若者達の勇気あるアクションに連携し、地球温暖化防止の要望書を議論し、「G20」前に、安倍首相へ届けていくことにした。さらに、国連が9月に開催予定の「気候サミット」へも要望書を届けていくことにした。「座って待っているだけでは未来はやってこない」というグレタさんに呼応して。(理事 髙橋佳夫)

2019年5月19日 (日)

ゆっくり静かな時間が過ぎていく足尾・松木渓谷入口

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Photo_2  「みちくさ」到着は8時。舎人の鎌田さんを待つまでの間、お湯を沸かしながら室内の掃除と理事の岩橋さんが届けててくれた「ティッシュケース」(奥様手作り)を棚に置く。気温は17度で、とても過ごし易い朝でした。

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Photo_5  放射能線量を計測していると、色々な虫たちに出会いました。鎌田さんは、奥様と友人・鈴木さんを車に乗せてやってきてくれました。朝のホットコーヒーを煎れて、ラジオから流れるクラシック音楽をBGMにして、静かなひと時を過ごしました。

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Photo_8  「みちくさ庭園」はツツジ、ジャーマンアイリスの花が園らしさをつくっていました。

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 三人は「臼沢西の森」の補植、苗床でブナの幼木をポットに移し替え、そして撒水をやってくれました。筆者は「みちくさ庭園」の手入れをしました。

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P5193193  訪問者は13時頃に、茨城県から来てくれた男性3人のハイカーでした。低山の多い茨城県民の3名は一度来てみたかった足尾ということでした。その後、庭園にいると「キツネの写真データを持ってきました」と、以前にお会いした大澤さんがUSBを渡してくれました。その写真が下のキツネです。ありがとうございました。写真は拡大プリントにして「みちくさ」に展示おきます。

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Img_0269_3  14時を過ぎると、結城から初めて松木沢に来た若者2名。渓流釣りも初めてといいながら、イワナをゲットした話しや足尾の自然のことに関して話をすることができました。Oさん、Sさんは、また来たいと言ってくれました。またお会いできることを楽しみにしています。

Photo_14  15時になると、鎌田さん達は「みちくさ」に戻り、久しぶりの森作業に満足しているようでした。小さな虫たちは今日も忙しそうに働いていました。

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Photo_17 キバネツノトンボ

 今日の訪問者は7名、放射線線量は0.13μ?/hでした。(舎人 鎌田孝男、髙橋佳夫)

2019年5月18日 (土)

“真の文明は、これ以上、大地と海を温めず、生物社会を乱さず、人を殺さざるべし”

 この時季、足尾・松木沢の草地を見ていると小さな花に集まり、虫が蜜を舐めている。動けない草にとっては、いのちを繋ぐ有難い虫たちの支え合いだ。花の蜜も夏には虫たちのいのちを繋ぐ栄養になっていく。

3  やがてこの草は虫たちの受粉で実をつけ、鳥や動物たちの餌となり、地面に落ちた種は次の草となる。畑や田んぼの中でもこのような“つながり”があって、私たちの胃袋を満たしてくれる。

6  足尾で見かける鹿の死骸は色々な生きものたちの餌となり、やがて土に還っていく。死骸を独り占めにしている様子は見たことがない。食は“ほどほど”のようだ。そんなことが生態の“バランス”となっているようだ。

2_2  地球(生態)は「つながりとバランス」が整っていることが大事な気がする。食物連鎖の頂点にいるのは人間だが、人間社会では「〇〇ファースト」がひとつの潮流になって、貧困が増え、格差が拡がっている。

9  「真の文明は 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし」(田中正造日記より)とは、全ての命は森に支えられている、命の源は森であり、人間は生物社会の一員にすぎない、という考え方が根底にあったのではないかと思う。現代においては、「真の文明は、これ以上、大地と海を温めず、生物社会を乱さず、人を殺さざるべし」と言いたい。

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4  このような意見交換がつくりだせたのかは不安だが、ミシガン大学生達との交流では、地球温暖化にブレーキをかけていく“連帯”が芽生えた気がする。スタッフの鎌田さん、小川さん、太宰さん、宮原さんお疲れ様でした。(理事 髙橋佳夫)

2019年5月17日 (金)

ミシガン大学生が私の心に刻んだ“言葉は忘れない”・・・その③

 事務局員のひとりとして、私はミシガン大学生たちの研修をサポートしました。通訳を兼ねたサポートでしたが、学生たちからは質問が相次ぎ、彼女たちの現代を生きる真剣さに驚かされました。 意見交換の場では私が進行役を行いました。最初は森と人間との繋がりを振り返り、田中正造が農民と共に政府と闘った心には何があったのかを問いました。

Cid_16ac0a628ea14ab28ea1  彼女たちからは、「不正義に対し許さない心を持っていた」、「大衆運動のモデルを作ろうとした」等の意見が出されました。また、現代は気候変動による異常気象が私たちの命を脅かしている。田中正造が生きていれば彼はどんな気持ちでいるのか、私達は何が出来ますか?という質問をしました。

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P5135612  彼女たちからは、「教育が問題。アメリカの多くの教育が、気候変動を否定している」、「異常気象や公害の被害者を無視できる心を持つ人がいる」、「エネルギーを使わないこと。車は出来るだけ使わず自転車に乗り、待機電力も少なくする」、「省エネと消費にも問題がある。テスラ等新しい電気自動車を買うことが環境への工夫ではない」等、沢山のアイデアとプランが出されました。 

P5135626  ところで、ミシガン大学では入学時にひとり一人に水筒を配り、学生は水筒に水を補給しながら生活しているそうです。その彼女たちが来日してから、水筒に水を汲める場所が少なく、代わりに多数の自動販売機があって戸惑っていたそうです。彼女たちから、「どこで水を汲めるのでしょう?」との問いに、私は答えを持っていませんでした。

P5135629   交流が終わる頃、環境論を学ぶ学生から、学生に配布したレジュメに彼女の想いを書いて私にそれを渡してくれました。そこには、「田中正造が古河鉱業と闘っていた時、政府は彼を無視し続けた。これはまるで、世界の気候変動に対する否認と同じです。田中正造の様に、私達も挑戦を続ける必要があります」と書かれていました。 

P5135677_2  たった4時間という短い交流でしたが、学生たちは将来の環境への意見やプラン、足尾の自然や日本社会での戸惑いに触れた感想などをきちんと語ってくれました。私は日本でも彼らと共に、自然と人間の生きかたを探っていけるのだという希望を強くしました。貴重な時間を過ごすことができた13日でした。(事務局員 太宰初夏)

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