雨の足尾で出会った花たち。誰かに見せたいアサガオ、根づいたクロモジ
「誰かに見せてあげたいと思っていたの。寄ってもらって観てくれて本当に良かった!」と、足尾に暮らすTさんが、うれしそうに話してくれました。
10月25日(日)、帰りがけに立ち寄ったTさん宅で出会ったのは、午後3時を過ぎてもきれいな花を咲かせていたアサガオです。曇りや雨の日だったからこそ、朝から咲き続けていたといいます。
雨の足尾で出会ったのは、アサガオだけではありません。草むらに隠れていたカワラナデシコ、元気に根づいたクロモジ。来訪者のいない静かな一日でしたが、自然の中には心を和ませてくれる発見が待っていました。
午前8時30分。夜来の雨は止んでいましたが、足尾ダムの上には霧がかかり、気温は10℃。肌寒い朝でした。松木郷の草原では、雨に濡れたチカラシバが、かすかに紫色を帯びていました。朝日が差せば、もっと美しく輝くのに――そんな思いを抱きながら、静かな草原を眺めました。
この日、「銅親水公園」の駐車場に止まっていた車はわずか2台。天候も悪く、紅葉もこれからという時期だったため、訪れる人は少なそうです。「みちくさ」の留守番を武田さんにお願いし、橋倉は臼沢西の森で行われている柵の修繕作業に合流しました。
臼沢西の森へ向かう途中、眼下に見える「みちくさ」や雲集亭、作業詰所が、いつもとは違った新鮮な景色に見えました。しかし、現場では大量の岩が崩れ、シカなどの食害から植えた木々を守る柵がなぎ倒されていました。そこで、壊れた柵の外側に新たな柵を設置する作業が進められました。育ち始めた木々を守り、森の成長を支えるためには、植樹後もこうした手入れを続ける必要があります。修繕作業の詳しい様子は、森びとブログの記事をご覧ください。
正午ごろの「みちくさ」。気温は朝より上がったものの、昼食を終えるころには雨が降り始めました。外壁に目を向けると、カマキリが雨宿りをするように、必死に張りついていました。人にとっては肌寒く、活動しにくい天気でも、小さな生きものたちはそれぞれの場所で過ごしています。
この日は来訪者が一人もなく、少し寂しい一日となりました。そこで、武田と橋倉の二人は、10月上旬に仕込んでおいたカラタチの実のジュースを味見することにしました。材料はカラタチの実と氷砂糖、水だけ。口にすると酸味があり、そのあとに苦みも感じます。思い描いていた甘いジュースとは少し違う、野趣あふれる味わいでした。森の周辺には、普段あまり目を向けない植物にも、さまざまな恵みがあります。ただし、野生植物の実を利用する際は、種類の確認や食用の安全性に十分注意することも大切です。
午後、雨が小降りになったのを見計らい、「こころの園」の階段脇で草刈りを行いました。すると、草むらの中から、ピンク色の可憐な花が姿を現しました。カワラナデシコです。来訪者がなく、少しがっかりしていたところに、思いがけない出会いがありました。人が訪れるのを待つだけでなく、足元に目を向ければ、自然のほうからうれしい発見を届けてくれるのです。
さらに、もう一つうれしい発見がありました。今市のSさんからいただき、「民集の杜・西」に二つに分けて植えたクロモジが、元気に根づいていたのです。クロモジは、香りのよい枝や葉でも知られる樹木です。松木郷では初めて植えた木が、新しい場所で根を張り、育ち始めていました。参加スタッフ全員でその姿を確かめ、これからの成長に期待を膨らませました。人から人へと託された木が、新しい土地で育っていく。こうしたつながりも、森づくりの大きな喜びです。
一日の終わりに、もう一つ思いがけない出会いがありました。帰りがけに足尾のTさん宅へ立ち寄ると、玄関脇から軒先へと伸びたツルに、たくさんのアサガオが咲いていました。午後3時を過ぎていたにもかかわらず、色鮮やかな花がいくつも開いています。昼間にはしぼんでしまうと思っていたので、驚きました。Tさんは、こう話してくれました。
「今日は曇りや雨の天気だったので、朝からずっと咲いていてきれいなの。誰かに見せてあげたいと思っていたの。寄ってもらって観てくれて本当に良かった!」
花を大切に育て、その美しさを誰かと分かち合いたい。Tさんの言葉から、草花への深い愛情が伝わってきました。訪れる人がいないと寂しく感じていた一日でしたが、最後に待っていたのは、花を通じて人と人の心がつながるひとときでした。
雨の足尾で出会った、チカラシバ、カワラナデシコ、クロモジ、そしてアサガオ。森の中で育つ木々を守り、草花の姿に気づき、その喜びを誰かと分かち合う。森づくりは、木を植え育てるだけでなく、自然を通じて人と人とのつながりを育むことでもあるのだと感じた一日でした。皆さんも足尾・松木郷を訪れ、季節ごとに変わる草花や木々の姿を探してみませんか。思いがけない出会いが、きっと待っています。
この日の「みちくさ」の舎人は、武田と橋倉(筆者)でした。











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