人々の思いに触れた「南摩ダムの集い」
秋晴れの心地よい空のもと、森びとシニアスタッフを中心に「第2回南摩ダムの集い」を開催しました。前回に引き続き、矢口森びとスタッフの同級生や地元の皆さんにご協力いただき、ヤマナシの木の観察や、ダム建設によって暮らしが変わった方々との意見交換を行いました。
参加者15名が午前9時に上南摩自治公民館に集合し、朝のミーティングを行いました。今回は、ダム建設によって水没した小学校で先生をしていた石塚三代子先生と娘さんにもご参加いただきました。
矢口森びとスタッフから当日の予定が説明され、続いて森びとの清水副代表から「南摩村が廃村となり、ダムがつくられ、自然も変わってしまいました。そこに暮らしていた人たちの生活を学んでいきたい」と歓迎のあいさつがありました。
石塚先生は上南摩小学校と、当時分教所だった梶又小学校で教鞭をとられ、先生ご自身の住まいもダムの底に沈んだことが紹介されました。続いて、石塚先生ご本人から、ご自身が詠まれた俳句を紹介していただきました。
—―「此処に生まれ此処に老いゆきダムとなり小さな団地に独りの生活(たつき)」——
まもなく白寿(99歳)を迎えられる先生は、生まれ育った故郷を離れ、現在は10軒ほどの小さな団地で一人暮らしをされています。この一句からは、長年暮らした故郷への深い愛着と、ダム建設によって住み慣れた土地を離れなければならなかった寂しさが伝わってきました。
次に、奈良陸軍大将(男爵)の生家を訪ね、ダムの水をせき止める大きな壁「堤体」の真下にあるヤマナシの木を観察しました。残念ながら実は一つも見つかりませんでしたが、木の根元から二股に分かれて伸びる姿が印象的でした。かつてこの地で営まれていた暮らしを、今も静かに見守っているかのように感じられました。
その後、近くの竜神様集会所に移動し、奈良茂男さんと石塚先生から、ダム建設に伴う暮らしや自然の変化についてお話を伺いました。お二人の話を聞いて、ダム建設によって地域の姿が大きく変わった一方で、その土地で育まれた歴史や人々の思いは、今も一人ひとりの心の中に生き続けていると思いました。
私たちは、足尾・松木郷で20年以上にわたり森づくりを続けてきました。今回の集いを通して、森づくりは木を植え、育てることだけではないと、改めて感じました。森には、植樹や育樹に携わってきたボランティア一人ひとりの思いや、活動を通して生まれた人と人とのつながりがあると思います。その思いを受け止め、次の世代へ伝えていくことが、私たちが森づくりを通して学び、実践していく大切なことではないかと強く感じました。
昼食は、石塚先生と一緒にスノーピークの蕎麦屋でいただきました。その後、上南摩自治公民館前で解散し、今回の集いを終えました。貴重なお話を聞かせてくださった奈良茂男さん、石塚三代子先生、ご協力いただいた皆さまに、心よりお礼申し上げます。また、集いを支えてくれた矢口スタッフと参加者の皆さま、お疲れ様でした。
今回の「南摩ダムの集い」は、地域の歴史を学ぶとともに、森づくりを通して人と人とのつながりを育み、その思いを未来へ伝えていく大切さを考える一日となりました。
<第2回南摩ダムの集い報告:大野昭彦>











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