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2019年5月17日 (金)

ミシガン大学生が私の心に刻んだ“言葉は忘れない”・・・その③

 事務局員のひとりとして、私はミシガン大学生たちの研修をサポートしました。通訳を兼ねたサポートでしたが、学生たちからは質問が相次ぎ、彼女たちの現代を生きる真剣さに驚かされました。 意見交換の場では私が進行役を行いました。最初は森と人間との繋がりを振り返り、田中正造が農民と共に政府と闘った心には何があったのかを問いました。

Cid_16ac0a628ea14ab28ea1  彼女たちからは、「不正義に対し許さない心を持っていた」、「大衆運動のモデルを作ろうとした」等の意見が出されました。また、現代は気候変動による異常気象が私たちの命を脅かしている。田中正造が生きていれば彼はどんな気持ちでいるのか、私達は何が出来ますか?という質問をしました。

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P5135612  彼女たちからは、「教育が問題。アメリカの多くの教育が、気候変動を否定している」、「異常気象や公害の被害者を無視できる心を持つ人がいる」、「エネルギーを使わないこと。車は出来るだけ使わず自転車に乗り、待機電力も少なくする」、「省エネと消費にも問題がある。テスラ等新しい電気自動車を買うことが環境への工夫ではない」等、沢山のアイデアとプランが出されました。 

P5135626  ところで、ミシガン大学では入学時にひとり一人に水筒を配り、学生は水筒に水を補給しながら生活しているそうです。その彼女たちが来日してから、水筒に水を汲める場所が少なく、代わりに多数の自動販売機があって戸惑っていたそうです。彼女たちから、「どこで水を汲めるのでしょう?」との問いに、私は答えを持っていませんでした。

P5135629   交流が終わる頃、環境論を学ぶ学生から、学生に配布したレジュメに彼女の想いを書いて私にそれを渡してくれました。そこには、「田中正造が古河鉱業と闘っていた時、政府は彼を無視し続けた。これはまるで、世界の気候変動に対する否認と同じです。田中正造の様に、私達も挑戦を続ける必要があります」と書かれていました。 

P5135677_2  たった4時間という短い交流でしたが、学生たちは将来の環境への意見やプラン、足尾の自然や日本社会での戸惑いに触れた感想などをきちんと語ってくれました。私は日本でも彼らと共に、自然と人間の生きかたを探っていけるのだという希望を強くしました。貴重な時間を過ごすことができた13日でした。(事務局員 太宰初夏)

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