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2024年3月の9件の記事

2024年3月28日 (木)

アジサイの嫁ぎ先が見えたネット修復

本日、足尾の朝9時の気温6度、少し肌寒い曇り空でした。松木郷も気温の寒暖差が激しい日が続きますが、樹々たちの梢の膨らみは日に日に「もうすぐだね」と、春の囁きが聞こえるるようになりました。

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足尾・ダムゲートで森作業の参加者を待っていると3匹の猿に迎えられました。それから程なくして参加者が揃い作業小屋に向かいました。 作業小屋では、ストーブに火を入れてくれていました。そして4人で暖かいコーヒーを飲みながら打ち合わせを行い、今日の森作業は、アジサイを覆っていたネットの修復と剪定を行うことにしました。

みちくさ庭に4人で行って見ると2月、3月に降った雪に重みで、アジサイを食害から守るために覆っていたネットがすべて落ちてアジサイの芽の生長を邪魔していました。

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先ずどこから始めるか話し合いました。

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庭の西側から始めることにしました。ネットを支えていた竹が使えるか点検し、支柱に横の竹を紐で縛り付け骨組みをつくりました。それでも少しグラついているので、何か所かの支柱に紐をつけて獣害柵のパイプに縛り動かないようにしっかりさせました。

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12時を回ったので昼食にしました。

 午後は、柳澤さんが真竹4mもの約60本をトラックに積んで持ってきてくれましたので、トラックから降ろしてうんしゅう亭に保管しました。

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 午前中の続きで庭のアジサイ畑のネット修復を行いました。作業中に庭の獣害柵が何物かに破られていたのを見つけたので、新しい柵を持ってきて修繕しました。その後、アジサイがあまりに密集していて大変でしたが、枯れた枝など剪定しました。3人の恐るべきパワーに感動しました。

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森作業終了後ミーティングではアジサイの本数があまりに多すぎるので移植してはどうか、100本位か、多すぎるので栄養不足か、などの話がありました。矢口さんからは移植するなら秋が良いのではと提案がされました。検討することにして終了しました。お疲れ様でした。

本日の森作業は、清水、柳澤、矢口、そして大野でした。

<報告は大野昭彦>

2024年3月23日 (土)

ほうっておく森があってもいい

私たちが植樹を指導して頂いた宮脇昭先生の「木を植えて基本的に3年後には手入れ不要」という言葉が気に入っている。最初にその話を聞いた時は、人はどうしたらその森と付き合えるのかが理解できなかったけれど、それは森を利用するという側面でしか対象を見ていなかったからだろう。

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その後にいろいろな森を見て、放置することの難しさを知った。宮脇先生が指導して作った森の場合に限っても、結局3年後(またはそのあと)に手を入れているところがそこそこあるように思う(本当に必要な場合もあるけれど)。

特定の生態系を守る重要性や、ある種の人の管理する森が大切だということは理解はしているつもりだし、人工林(経済林)の話をしているわけではないことは断っておく。

ただ、森を管理する、という名目で、ガソリンを使って木を伐って枝を落とし木を弱らせ、ガソリンを使って草を刈りゴミに出し、はたまたガソリンを使って葉っぱを吹き飛ばしていたりさえするのは本当に意味があることなのだろうか。

森が暗いから、木が細いから、健全じゃないから(健全って何?)、人が近づくと危ないから、このままじゃ役に立たないから云々。いろいろ理由はあるけれど、たいていは無駄に伐る方向に圧が働くのが常な気がしている。自然は放置しておけばその中で持続的なエコシステムを作るということは誰でも知っていることなのに。

そろそろ人間さまの価値基準の範疇から離れた「放置した森」をもう少し見直した方が良いのではないか。奥山においては当然だけれど、これからは都市部においても実はそうした森が特に重要になっていくと、私はひそかに思うのである。(運営委員 小黒)

2024年3月22日 (金)

冬に逆戻り、北風冷たく寒くても、熱い心で森作業

 本日3月21日、足尾ダムゲート付近からジャンダルム方面を見ると、吹雪いているようで山は見えませんでした。8:30、森びと広場の気温は-2℃、北風が冷たく粉雪も吹っ掛けていました。ホットコーヒーで体を温めながら、今日の森作業の打ち合わせを行いました。

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Img_0008 作業は、3班に分かれて行いました。1班は、森びとプロジェクトに多大な貢献とご指導を頂いた岸井成格さん、宮脇昭さん、青木淳一さん、松崎明さん4名の記念樹の看板立てを行いました。Dscn0566

Img_0031 2班は、臼沢の森の貨物労組植樹地が急斜面で作業が大変なことから、以前から「階段が欲しいね」と言っていましたが、済賀さんが材料の甲羅板を自宅から持ってきてくれたので早速作ることにしました。(5月に貨物労組の人たちが森作業を行う予定)Img_0014_2

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Img_0026 階段は、17段作りました。

 3班は、4月9日に20年間、森づくりを現場で体を張って頑張ってきてくれた「第1期シニア」の方々から次世代へのバトンタッチを祈念してカツラを植えます。そのための穴を掘りました。直径2m、深さ50cmほどの穴を掘り、黒土を20袋入れました。Dscn0569

Img_0030 午後には、ビニールハウスの屋根が強風のために剥がされていたのを修理しました。その後、4月6日「原発回帰と気候変動に向き合う生活を考える」意見交換会への参加確認と今後の取り組みなどのミーティングを行いました。今日も大きな地震が栃木県・埼玉県でありました。地震大国の日本には原発は合わない、再稼働や新設は止めてることをみんなで確認・共有できる意見交換会にしたいものです。

本日の作業者は、鎌田、本間、山本、橋倉、大野、済賀、矢口、田村、山田、坂口、清水、キンバリー(敬称略)、筆者加賀でした。(報告:加賀春吾)

2024年3月20日 (水)

手塩にかけて育てた苗木を受取りました

   9年ほど前にJR東労組東京地本が取り組んだ森の防潮堤作りの一環としてポット苗を駅頭で配布し、里親として育てていただくようお願いしていました。この度、里親からご連絡をいただき、大きく生長した姿の苗木が帰ってきました。

20240320_220307    長年里親として育ててくださったのは、長野県にお住いの遠藤仁美さんです。娘さんがポット苗を持ち帰り育てていました。途中、長野県に引っ越し等があり、自立して生長できる大きさには届かず、今日まで持ってくることができなかったということです。また、連絡先が繋がらず、JR東労組のホームページの相談コーナーから連絡をしてくださり、JR東労組東京地本副委員長の対馬さんから森びとプロジェクト・済賀さんと私で苗木を受け取りました。

Dscn0164_2   少しお話を伺うことができ、今年は雪が少なく廃業するスキー場や経営形態の変更等が多く発生しているとのことでした。また、夏もエアコンなしでは過ごせなくなっており、地球温暖化の影影響なのか、環境の変化を実感せずにはいられないとの事でした。

Dscn0166    預かった苗木は、6月9日に開催される第12回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭に持参し、南相馬市民のいのちを守る森の防潮堤に植えることとを約束しました。遠藤さん、これまで里親になっていただきましてありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。

(事務スタッフ・坂口真理)

 

2024年3月19日 (火)

原発回帰はあり得ない

    4月6日(土)に森びとプロジェクトと一般財団法人日本鉄道福祉事業協会の共催で「原発回帰と気候危機に向き合う生活を考える」意見交換会を開催します。

   「沸騰化」する地球環境、頻発する異常気象によって私たちの暮らしが脅かされています。今、世界の潮流は「化石燃料から再生可能エネルギー」へと転換を進めていますが、日本政府は「電力の安定供給と脱炭素化を同時に進める」ためとして「原発回帰」へと突き進んでいます。東日本大震災から13年が経ちましたが、いまだに福島第一原発の廃炉処理は進まず、帰宅困難区域への立ち入りも制限されています。また、漁業民や市民の不安を払拭されることなく、行き場のない放射能汚染水は海洋放出されています。

    そのような中、2024年1月1日に最大震度7を観測した石川県能登半島地震が発生し多くの方が被災されました。被災地では断水や停電、雪降る寒さの中での避難生活を余儀なくされています。「志賀原発」では主変圧器の絶縁油漏れや外部電源の一部停止、使用済み核燃料プールから水が溢れ、放射線モニタリングポストが故障するなど、地震の影響が明らかとなりました。また、原発事故が発生した場合の屋内退避や30キロ圏外への避難は不可能であることなど多くの問題が露呈しています。

    石川県能登半島地震の現実から、これから生きる私たちは何をしなければならないのか。被害に遭われたた珠洲市ではかつて原発の建設計画があり、計画の断念までの28年間住民が二分するほど熾烈なたたかいを反対の立場で中心で闘ってこられた住職の塚本真如(まこと)さんから当時の闘いの苦労や震災を受けて感じていることなど、私たちへビデオメッセージをいただきます。そして、長年原発問題を追求してきた科学ジャーナリスト倉澤治雄さんより問題提起をいただき、「原発回帰と気候危機」について共に考えます。

  1. ※再下部にあるYouTubeは、3月9日にTBSの報道特集で住職の塚本さんが取材を受けている動画(18分33秒あたりから)ですので、是非ご覧下さい。

(運営委員・小林敬)

                                                                     記

【開催日】2024年4月6日(土)13:30~16:00

【会 場】目黒さつきビル2F会議室、及びオンライン(Zoom)

【共 催】森びとプロジェクト、一般財団法人 日本鉄道福祉事業協会20240319_211119

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  1. 志賀原発の避難計画“絵に描いた餅” 能登半島地震 各地で道路寸断、「どこに逃げれば…」女川で募る不安、地震と原発はいま【報道特集】 | TBS NEWS DIG
    YouTube: 志賀原発の避難計画“絵に描いた餅” 能登半島地震 各地で道路寸断、「どこに逃げれば…」女川で募る不安、地震と原発はいま【報道特集】 | TBS NEWS DIG

2024年3月16日 (土)

AIは世界を楽園にするのか、破滅に導くのか

 

1 加速度的に進化しているAI。この先、人間は食べるために働く必要はなくなり、したいことだけをするユートピアが実現するのか。あるいは冒頭、人工知能同士の争いが都市間戦争に発展する手塚治虫の「火の鳥 未来編」やシュワルツネガー主演の大ヒット映画シリーズ「ターミネータ」が描くようなディストピアとなってしまうのか。

 日経新聞2月28日の「オピニオン」欄に興味深い記事が出ていた。AI研究の第一人者であり「深層学習」の基礎を築いたトロント大学名誉教授ジェフリー・ヒントン氏によれば、「AI同士が学んだことを共有しあい『集合精神』が誕生すれば、人間に対する絶大な優位性を手に入れる」といい、日経3月10日のインタヴュー記事では「AIに気候変動を止めるよう指示すれば、目的のために人類を排除する手段に出る可能性がある」「今後10年以内に自律的に人間を殺すロボット兵器が登場する」とも語っている。

 また、今年のアカデミー賞7部門を受賞した「オッペンハイマー」のクリストファー・ノーラン監督は「今一番心配しているのはAIが核ミサイルの発射ボタンを押すことだ」とインタヴューで応えていた。

 江戸から明治へと時代の大変革を体験した当時の日本の市民のように、いま私たち地球に暮らす全ての市民が時代の大変革に立ち会っているのかもしれない。できれば変化を見届けてから死にたいものだと強く思う、春には67歳となる私です。

 冒頭にあげた写真は長野県千曲市の春を彩る「あんず」の花の丘。いつもなら4月中頃かな、見ごろは。(運営委員・井上康)

2024年3月11日 (月)

東日本震災から13年、鎮魂の願いを込めて祈念植樹

 本日は3月11日。2011年に発生した東日本大震災、東京電力福島第一原発事故、津波被害から13年目を迎えました。南相馬市鎮魂復興市民植樹祭応援隊は、鎮魂の願いを込めた祈念植樹を行うため、第1回植樹会場(2013年・鹿島区南右田地区)に10時に集合しました。

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 参加者全員で打ち合わせを行い、応援隊の松林英夫代表から、「あっという間の13年が過ぎましたが、当時の教訓を忘れず語り継いでいかなければならないと思います。」とのあいさつをいただきました。その後、海に向かって東日本大震災による犠牲者に哀悼の意を込めて全員で黙とうを行いました。

 祈念植樹は、シロダモ、シラカシの2樹種、各15本を昨年同様に植樹会場の東側の盛土に丁寧に植樹しました。

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 植樹後は森の中を散策しました。2013年10月に植樹した苗木が樹高も6メートル以上となり、木々の生長ぶりに応援隊スタッフ一同感動していました。

 植樹地の散策終了後、菅野副代表の自宅にお伺いし、震災の犠牲となられたご家族の仏前にお線香をあげさせていただきました。その後、墓前にもお線香をあげてさせていただきました。菅野副代表からは「月日の経つのは早く感じるが、応援隊での育樹・植樹活動や相馬野馬追等の取り組みを通じて頑張っていく」ことを改めて話されました。

 東日本大震災から13年。原発事故による帰還困難区域は今も7市町村約310平方キロも残り、避難者は2万9328人にのぼります。1月1日に発生した石川県能登半島地震で犠牲になられた方や避難生活を余儀なくされている皆さんへの思いも馳せて、一日も早い復興と震災の経験を風化させず鎮魂の願いを強くした祈念植樹となりました。

 今日の参加者は、渡部顧問、松林代表、菅野副代表、山田事務局、小川事務局、道中内スタッフ、松本スタッフ、宮城県ファンクラブ林代表、筆者・岩橋でした。大変お疲れさまでした。

<お知らせ>

 来る6月9日(日)第12回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭が、南相馬市小高区塚原地区において開催されます。全国の森林ボランティアの皆さん、森びとの皆さん多くの方々の参加をお願い致します。

(報告 事務局 岩橋 孝)

 

 

 

 

 

2024年3月 6日 (水)

春を迎える森作業

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Dsc09860   足尾では昨晩から朝方にかけて降雪がありました。本日(6日)は、ダムゲートで10cmの積雪がありました。足尾町内には除雪車が出動していました。森びと広場の気温は2℃(9時)でした。雪は止み、肌寒い曇り日でした。作業小屋の薪ストーブの暖とホットコーヒーを飲みながらの作業打合せ。

Dsc09884 作業責任者の加賀さんからは、ひとつは、柳澤さんが運んでくれた散歩道整備資材の竹を各杜の入口に設置グループ、「臼沢西の森」の獣害ネット補修のグループ、「臼沢の森」内の貨物労組植樹地の獣害ネット補強のグループに分かれた作業内容が伝えられました。午後は、全員でみちくさ前に保管してある縦杭の移動と保管をすることにしました。

 早速、修繕資材を持って「臼沢の森」内の雪上を登っていくと階段では滑り易く、転ばないように注意しながらの作業でした。

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Dsc09936「臼沢の森」内は樹皮が食べらた痕が多く見られました。餌の少ない時期に木の皮を食べて生きようとする動物の生命力に驚かされました。その樹皮はモミジ系の木に多く見られました。また、地面近くには樹皮の食べ残しがあり、シカか猿の食事の跡ではないかと想像しました。Dsc09896

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Dsc09912JR貨物労組の植栽地内では幼木の幹がナイフで切られたような跡が多く見られ、現地ではウサギの食害ではと話しました。西側斜面のネットには金網目の小さい金属に雪が吹き溜まりっていました。これではうさぎの出入りは自由になり、別の金網で補強しました。傾斜が30度位の植樹地に積もった雪上での作業では身体を維持することが大変でした。

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Dsc09926 12時に下山。金網の網目の細かい金網から網目の大きい金網に交換しなければと話し合いました。また、作業の安全確保のために階段を設置することも話し合いをしました。

Dsc09943 作業小屋に戻ると、足尾在住の橋倉さんがけんちん汁を用意してくれました。宿直後に自宅でつくった暖かい汁に冷えた身体と心が温まりました。ごちそう様でした。

Dsc09947 午後作業は、太い縦杭を「うんしゅう亭」の軒下に移動しました。一人では持ち上げられない太い杭はの移動は大変でしたが、無事に運びました。Dsc09956

Dsc09959 Dsc09964雪上の辛い森作業でしたが、終わってみると春を迎える準備が順調に進んでいることに心が和みました。Dsc09960 本日の作業者は、加賀、大野、清水、鎌田、松村(宗)、橋倉、柳澤、坂口(敬称略)と筆者でした。ご苦労様でした。(報告者:済賀 正文)

2024年3月 4日 (月)

命と健康を守るアクションを求めて

Photo  千葉県FCから送信された桜とメジロ

 4月6日、「原発回帰と気候危機に向き合う生活を考える意見交換会」が開催されます。開催にあたり私は、原発回帰と気候危機に向き合いながら、この地球で健康で生きていく生活を続けていくためにはこの課題は避けて通れないと思っています。多くの方々も「自然災害が頻発・激甚化するなか、自然に対して謙虚に向き合っていくべき」、あるいは、自然界を狂暴にしているのは地球を温め過ぎている私たちの生活の問題ではないか、と感じているのではないでしょうか。

 TVニュースや新聞報道では能登半島地震の災害・被害、そして救援等をめぐって原発と気候危機に向き合ってきた政府・行政の姿勢と政策を問い、私たちにも問題提起がされていると思います。政府機関の原子力規制委員会、地震調査研究推進本部、石川県等が従来の考え方を見直す作業に入っています。20240207 銅精錬の滓体積場跡に生きるヤシャブシ

 私たちも問われている中で開催される意見交換では、“待ったなし!”とか“謙虚になるべき!”という意思表明をするだけではなく、また、政府や行政を問うだけではなく、原発回帰と気候危機に向き合う方々との出会いをどのようにつくりだすのかという意見を出し合うことが大切ではないかと思っています。今、日本社会で求められていることは出会いから連携へ、そのアクションとしての市民力ではないでしょうか。足尾町、宮城県、岩手県八幡平市、福島県南相馬市の森の樹々は私たちのアクションに期待しているのではないでしょうか。(アドバイザー・高橋佳夫)

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