生きることは戦うことだ!
1901年の今日、田中正造さんは明治天皇に直訴しました。衆議院議員を辞して、農漁民のために戦う決意をした日が今日でした。この1年前の2月13日の朝、鉱毒で苦しめられていた農民たちは渡良瀬川とともに生きていこうと、大挙誓願のために雲竜寺を出発しまし。しかし、農民たちは待ちかまえていた憲兵と警察官に襲われました(「川俣事件」)。官憲は無抵抗の農民を殴る蹴るの暴行を行い、多数の農民が負傷しました。
田中正造さんは、議会でこれまで以上に足尾鉱毒事件で政府を追及してきましたが、この川俣事件をきっかけにして農民と共に戦う覚悟を決めたと言われています。直訴から3年後、正造さんは谷中村に入り、鉱毒被害農民ととも戦いの現地に起ちました。63歳にして現地に起った正造さんは、72歳まで戦い続けました。
世界の金融不安下では、企業や労組そして多くの方々の社会貢献意識は内向きになりがちです。大企業でも、これまで積極的に進めてきた森づくりを中止する、という気配が巷では耳にします。私達が地球とともに生きていくためには、やはり戦う覚悟を固めなければならないようです。
(『田中正造の生涯』林竹二著参照)
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