2024年6月11日 (火)

森の涼しさに助けられ、作業は順調に終了!

Dscn0092 今日の足尾・松木郷は、雲一つない快晴でした。朝8時30分の気温は19℃、昼の暑さが気になる陽気でした。

Dscn0056  今日の森作業責任者の済賀スタッフから、①6月9日に開催された「南相馬鎮魂復興植樹祭」の報告、②6月1~2日の「能登半島大地震」被災地への視察、③6月2日の「笑いヨガの会」の皆さんによる植樹等の報告がなされ、筆者からは、6月7~8日の「足尾の森の観察会」報告を行いました。      森作業については、午前中の涼しいうちに「臼沢西」の幹ガード張りと草刈りを行い、午後の暑い時間は、涼しい森の中で「竹の散策路」作りを行ないました。

 幹ガードは、雨が降る中で植樹をされた「笑いヨガの会」の皆さんが出来なかった作業を代わりに行いました。また草刈は、階段の右側上から17段を行いました。

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Dscn0081  午後は「民集の杜・北」に移り、大きく育った木々達が作ってくれる日陰で涼しい森作業が出来ました。「眼鏡橋ルート」は、あと半日で完成予定です。

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Dscn0089 今日のトピックスは、「臼沢西の杜」入口に立てておいた看板が熊(子熊?)によって破壊されていました。爪痕が残り、一部ねじ曲がっていました。済賀スタッフが手際よく応急処置をしてくれました。

Dscn0059  Dscn0085 また、作業通路脇でアシナガバチが一生懸命巣作りに励んでいました。作業中気を付けなければならない時期が来ました。

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  夏の様な暑さの中でも、涼しい顔でやり遂げたメンバーは、鎌田、田村、矢口、加賀、柳澤、済賀の皆さん、報告は、橋倉でした。

 

 

第12回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭開催

 9日、第12回南相馬市鎮魂復興市民植樹祭が開催され、1,200名以上が参加し、21種類20,000本の苗木にいのちを吹き込みました。天気は曇り、気温は25℃、風が強く吹いていました。

Dsc00610_2 ここ南相馬市では、2011311日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原発事故により、南相馬市では636名の方が犠牲になりました。高盛土にはがれき等を活用した海岸防災林に被災した方々の一人ひとりの思いや祈りを込めて植樹を行い「鎮魂の森」をつくり、震災の経験や教訓を忘れずに後世に継承する場をつくるために、「いのちを守る森の防潮堤」の実現を目指しています。 今年から森びとは、植樹リーダーの任は行わず、参加者として南相馬市の行う復興計画の一つである命を守る森の防潮堤づくりを応援していくことになり、私たちの後任には南相馬市民が中心で作る南相馬市鎮魂復興市民植樹祭応援隊(通称:応援隊)が就いて、引き継いで下さっています。

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 開会宣言に立った実行副委員長である応援隊の松林英夫代表からは、全国各地からこの植樹祭に参加をしてくれている紹介がされ、鎮魂復興の祈りを込めた植樹祭へ心を一つにする開会宣言がされました。

20240611_063202_2 植樹会場に移動をし、植樹リーダーである市役所職員等が心構えとして一つひとつの作業(植樹説明・苗木運搬・植樹・マルチング・ロープ張り・集合写真撮影)を区切り、参加者の協働作業で最後まで丁寧に植えよう!を徹底していました。 今まで植樹リーダーを担い、じっぐりと植樹をすることのなかった森びとインストラクターも心なしか興奮をしている様子でした。

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 また、9年前に東京都内の駅街頭で配布したポット苗の里親になっていただいた遠藤さんより預かったスダジイを南相馬に持参し、いのちを守る森の防潮堤に植樹をしました。Dsc00384_2

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 遠藤さんより受け取ったJR東労組東京地本の副委員長・対馬さん、森びとの済賀さん、坂口さんがいのちを吹き込んでくれました。Dsc00469

 当日の開催にあたり、応援隊の方々は6日より前段準備に携わっていました。毎年、市内外から来る参加者が滞りなく植樹をできる環境を作っていただきましてありがとうございました。

(報告:運営委員小林敬) 

 

2024年6月 5日 (水)

地震大国・日本では原発と共存はできない

 今年1月1日、石川県で震度7の揺れを観測する大地震が発生し、建物の倒壊や津波の被害などで死者は240名以上、地盤の隆起は最高4mが確認をされています。運転停止となっている志賀原発のある志賀町は最大震度7を観測し、1号機・2号機共につなぎ目に亀裂が入るなど一部の危機から油が漏れる不具合が発生しました。石川県が定めた避難計画では、志賀原発から30キロ圏内にある市町村のうち北側は能登半島方面へ、南側は金沢方面へ避難することになっています。しかし、今回の地震で原発から30キロ圏内の7路線は通行できない状況になりました。あらゆるリスクを想定して避難計画はつくられたものですが、自然災害はそれをも超えてくるということであり、原発の再稼働には大きなリスクがあることを実感せざるを得ません。

Photo 現地に立ち、被災地から現実を学ぶため、一般財団法人日本鉄道福祉事業協会と森びとプロジェクトとの共催で脱原発・脱炭素社会への課題は何かを掴み取り、広く社会に訴えていくべく、6月1日~2日に4名が能登半島地震視察へ向かいました。

 初日は志賀原発のある志賀町に向かいました。志賀市は震度7を記録しており、町役場の敷地内外には亀裂や隆起が目立ちました。

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Photo_6 2日目は、2003年に凍結された珠洲原発建設計画の反対運動を中心で闘われた円龍寺の住職・塚本真如さんに同行していただきました。珠洲市に向かう道中では途中から激しい亀裂や段差が目立ち、土砂崩れにより片側通行の箇所がありました。

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Photo_9 珠洲市に入ると、1月1日の地震直後と思うほど復興とは程遠い状況を目の当たりにしました。5か月が経過し、TVや新聞で報道をされることが少なくなっています。意識をしないと風化してしまう恐ろし産を感じるとともに、なぜ復興は進まないのか疑問に感じました。建物は甚大な被害を受けたため、建て直しをするために公費解体を待っている状態で、石川県では申請の1%ほどしか済んでいないと言います。

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Photo_12 その後、高屋地区に向かいました。この地区では、道路が寸断され、津波と海岸の隆起によって海路での避難もできず、一時孤立状態となっていました。

Photo_13 海岸に向かうと、陸域が広がり、白い部分が多くみられますが、ここは海の中だった場所です。子供のころ、塚本さんが遊んでいた場所で、変わり果てた様子に気を落とされているように映りました。

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 続いて、塚本さんの円龍寺に向かいました。本堂やご自宅にも入らせてもらいましたが、そこは生々しい様子で5か月経過した現在も時は止まったままでした。お寺の立て直しをするための公費解体の申請について尋ねると「最後で良いんです」と、まだ申請を出していないそうです。自分のことよりも周りの住民の方が先にという姿勢に、どうしようもできない悔しさや無念さを感じました。

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Photo_29 高屋漁港は2mほど隆起しました。漁船が停留していますが、岸壁から船に乗り込むことができないほどの高さでした。地震前は黒いゴムのあたりまで海水が来ていたそうです。船も出航することができずに困っていました。

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Photo_28 一昨日(3日)早朝、輪島市と珠洲市で震度5強の地震が発生しました。地震大国・日本では、原発と共存できないことがハッキリとしています。能登半島地震によりいのちと生活が脅かされ、特に高屋地区などではさらに避難ルートや支援物資、通信手段なども途絶えました。珠洲市に原発が建設されなくて良かった、志賀原発が稼働していなくて良かったと実感できます。塚本さんたちが原発建設計画阻止の闘いで貫き通した"最後までやり抜くこと”を捉え返し、脱原発・脱炭素社会に向けて発信をし、行動していきます。

(報告:運営委員・小林敬)

2024年6月 2日 (日)

雨を吹き飛ばす笑い声での植樹

Dsc00170 本日(6月2日)の足尾・松木は、小雨で肌寒く15℃(8時30分)でした。Dscn9973

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Dsc00163 足尾ダムゲートに野田さん「笑うヨガ」の8名の皆さんが、11時20分に到着しました。強い雨の中で、森びと広場の作業小屋で橋倉さんの歓迎の挨拶をさせて頂きました。昼過ぎから大雨の予報も出ていて、天候の回復が臨め無いことを説明して植樹後の昼食に変更になりました。

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Dsc00166  早速、カッパに着替えて森びとのサポートの3名と合計8名で臼沢西の植樹地に向かいました。事前に通路の草を刈りましたので雨で足を滑らせる事はありませんでした。Dscn9978 植樹地に到着し、筆者の植樹レクチャー後に14種類の苗木(土地本来の木)を雨の中で植樹をしました。

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参加者は、この苗木が100年後に森となり地球上の人々の為になることを願い丁寧に植樹をしてくれました。

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Dscn9985  植樹を終えて作業小屋に戻るときには、雨が小降りとなり雨に濡れた新緑を目に焼き付けると元気を頂いたようでした。

薪ストーブに暖められながら遅い昼食後に感想を頂きました。Dsc00172 「初めて参加したが、植樹地を見て育てるには、時間がかかる。」、「苗木が、自然の中で育って欲しいと願って植えた」、「一年一年と自分の体力が弱っていくが、苗木とのギャップを感じる」等の意見が出されました。帰る時間になると雨が止みましたので、森びと広場で「笑うヨガ」で元気を頂きました。

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Dsc00181 本日は、雨の中の植樹に参加して頂きありがとうございました。お礼申し上げます。Dsc00177 本日のサポートは、橋倉さんと坂口さんと筆者でした。(報告:済賀正文)

 

2024年5月29日 (水)

「天空の妻に話してあげたくて!」松木郷に来ました!

Dscn9889_2 あいにくの天気の中、森作業の集中日なのでスタッフが続々集まってきます。そんな中、大事なお客様が松木郷を訪ねてくれました。

 中田欣宏(よしひろ)さん、森びと第1期インストラクターであった故中田郁子さんの夫です。東京・調布市で「地球の緑を守る会」活動をしています。もうお一人は、藤生(ふじゅう)輝彦さん。今アマゾンの植樹活動を研究中で「宮脇方式」に関心を持っています。

Dscn9895_2 清水副代表が歓迎のあいさつを述べ、簡単に現状報告を行いました。その中で、森びとインストラクターであった育子さんの在りし日の写真をお見せしました。

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 雨が降る中ですが、お二人が植えた木々がどうなっているか?を一番気にしていたようです。

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Dscn9901_2 藤生さんも宮脇方式の「密植・混植」を注意深く見ているようでした。

Dscn9909 作業小屋に戻って、みんなと一緒に昼食を取った後、「自己紹介と森の観察の感想」を述べてもらいました。その中で中田さんは「私が今日ここに来たのは、妻が力を注いで植えた木がどうなっているのか、自分の目で確かめたかったからだ。78歳になって、いつお迎えが来るかわからない。天国で妻に会ってもその事を伝えることが出来なければ合わす顔がない!」と。この言葉で十分でした。私たちが育てた森を、この様にみてくれる人がいる!というだけで苦しかったことは、どこかに飛んでいきました。

Dscn9913感想を聞いた後、清水副代表から森びとからのプレゼントが紹介されました。それが何と育子さんがインストラクター研修中に提出したレポートでした。その中心部分を副代表が読んで聞かせてくれました。それは、現在を的確に予測したレポートであり驚きました。(育子さんは2009年に亡くなっています)

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Dscn9917 午後に民集の杜(北)を一回りご案内しました。

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Dscn9894 ブログの大半を中田さんの来訪に裂きましたが、森作業1班は、民集(北)の杜で散策通路の製作を行いました。”眼鏡橋”への通路は配置してあった材料は全て利用し、今後は、通路の草刈りを行ってからの製作になります。竹などの持ち込みも必要です 

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 森作業2班は、6月2日の野田さんグループの植樹準備で培養土の荷揚げ14袋を行いました。雨の中での作業で大変だったと思います。ご苦労様でした。残りは草刈りと穴掘りがあります。

 本日(5月28日)の森作業は、清水、山本、本間、松村(宗)、加賀、田村、矢口、山内、坂口、 
                林子の皆さん、報告は橋倉でした。

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