カテゴリー「森の声」の167件の記事

2010年7月28日 (水)

木が生えているから森は元気だとは言えない

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昨日は西丹沢の東海自然歩道(用木沢出合・標高:約600㍍~犬越路・標高:1060㍍)を散策しました。目的は神奈川県の水源地に生きるブナの生長状態を自分たちの目で確認することと来月上旬に予定しているブナの森下見場所の選定のためでした。

今回の散策は広葉樹(ナラやブナ等)の立ち枯れ被害を防ごうと、その対策を検討している森びと神奈川ファンクラブによる2回目の散策でした。宿泊所から犬越路までの距離は約10㎞(用木沢~犬越路までは約4.5㎞)でした。渓流沿いを登っていく道は最後の急登(40分)まではなだらかで、目に着いた樹木はヤマハンノキ、シデ、サワグルミ、カエデ類(原生林らしいモミかツガの大木も数本生きていました)でした。標高約800㍍付近からはホウノキ、ミズナラが生えていましたが数えるほどでした。この区間ではブナが主役ではないようでした。

P7270125_2 木々の状態は必死になって生きているという感じを受けました。樹の根は少ない土に張り、岩に巻き付いていました。山裾は雨や雪が降るたびに土石が流されている様で木の根は剥き出しになっていました。渓流や展望のきく場所から見えた立ち枯れはアカマツが目立ちましたが、広葉樹の立ち枯れも見えました。

P7270163_2 犬越路頂上でお遭いした男女からは「檜洞丸のブナの森は素晴らしかったが、立ち枯れ等で心配しています」と言う情報を得ました。檜洞丸は第1回目に散策した場所でしたがブナの森には辿り着けませんでした。それを聞いた田岡さん(森びと神奈川ファンクラブ会長)は残念がっていました。田岡さんは早急に日檜洞丸を調査したい、と言っていました。散策では渓流沿いの岩場で咲いていたイワタバコの大きな葉とみずみずしい可憐な花に魅了されました。

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2010年7月25日 (日)

きれいな川の水は痛かった?

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 昨日は「夏の会」が行われました。人間が壊した自然(森)によって生物が生きていけなくなった松木沢の渓流で生きる生物社会を覗いてみました。参加者の皆さんは猛暑の渓流で五感を研いで渓流の現自然を感じ取ってみました。その結果、川はきれいですが豊かに生物が生きていくには痛すぎる水であるのでは、という結果であった様です。

P7240057 参加者の皆さんは本日のゲスト・塚崎庸子さんからアドバイスをいただき、早速、川辺で素足になって川に入りました。そして外気温が32.5度で水温は何度になっているのかを感じ取る体験をしました。参加者からは、8~14度だ、と感じた人が多くいました。水温を測ってみると21.5度でした。一番触覚が優れていた方は石島さん(女性)でした。

その後は採取した水中昆虫を分類しながら、人間をはじめ全ての生物が生きていけなくなった109年(松木村が廃村になってから今年で109年)から水はどのように変化したのかを話し合ってみました。結果は、川の水と石はきれいにだが、水が足に当たると痛い、と話してくれた小井戸さん。

話では、雨や雪が降るとそれらは一気に岩肌を流れ落ちてしまい、沢の水が一気に増水して石などを下流へ流してしまう。雨や雪を土壌で溜めてミネラルとともに適量に流せない森が出来上がっていないのではないか、ということでした。ますます森づくりの大切さを痛感した瞬間でもありました。

P7230046 味覚(昼食)は、松村宗雄さんが廃村になった旧松木村の狭い一角を耕して作った新ジャガ、松村健さんの提供してくれたエゾシカとイノシシの肉等をいただきました。その他、トマトなどの野菜を持ってきてくれました皆さん、料理を御馳走になりました。手伝ってくれた平賀さん、田村さんありがとうございました。(訂正:21日のブログ文中で「国土交通省が言うところ“きれいな川の指標”」は“環境省の言うところのきれいな川の指標”の誤りでした。お詫びして訂正します)

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2010年7月21日 (水)

渓流の中の昆虫社会に驚き!

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夜の「どくだみ荘」で寝苦しいと感じる日を経験したことがありませんが、昨晩も今夜も22時を過ぎても寝苦しいと感じます。今日の昼過ぎ(12時30分頃)の気温は39度に達しました。

10時15分ころには34度でしたが、松木沢渓流の中で水中昆虫を探していましたので足元は20度でした。その上、下流からの爽やかな風、浅瀬を流れる水音やひぐらしの鳴き声を耳にして筆者の身体からは“猛暑”がかき消されていました。

今日は「夏の会」のゲストである塚崎康子さんが松木沢渓流の下見(調査)をしましたので、筆者も同行しました。渓流の石を剥がすとカワゲラなどの水中昆虫が石にへばり付いていました。その他、国土交通省が言うところの「きれいな川の指標」であるヒラタカゲロウも採取できましので、松木沢渓流はきれいな川ということです。とにかく水中の中でも昆虫たちの社会が成り立っており、この社P7210108会は森がつくりだす栄養豊富な水が源であるようです。

人間が壊してはげ山と化し、下流の住民は豪雨の度に洪水によって尊い命が奪われてきました。当時の松木沢渓谷には生物が生きていけない川でした。その死の川がきれいな川になっているというのですから自然のパワーには恐れ入ります。このパワーから様々な恩恵を受けているのが私たちであることを、水中昆虫の小宇宙から学ぶことができました。

P7210112 浅瀬にはオタマジャクシが出番を待っているようでした。このオタマジャクシは来月には石の上で涼しさを奏でるカジカガエルではないでしょうか。

2010年7月17日 (土)

知恵はミミズから教えられる?

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一昨日(15日)の朝、金子信博先生(横国大教授・農学博士)にお会いしました。金子先生は朝9時には鎌倉中央公園内の畑の隅でミミズを採取していました。金子先生には10月に開催する「秋の会」のゲストの依頼と11月に開催する第3回「森と生きるキャンパスフォーラム」のアドバイスを頂戴してきました。

現場で金子先生は、「8月を過ぎると殆どのミミズは死んでしまうので、標本用に大きく元気なミミズを採取している」、と言っていました。話を聞きながらミミズが生息している場所を観ると小さな土の粒子が一面に堆積していました。先生に尋ねると、これは土ではなくミミズが植物の葉を食べて出した糞であるということでした。植物は春から夏にかけて芽を出し、花を付けて、昆虫、鳥、風などを媒介にして受粉して実をつけます。この実は私たちをはじめ多くの生物が消費しています。この植物が根から栄養を取る大切なこの時期に、ミミズは地中に水や酸素が流れやすい環境を作っています。さらにこの糞はダニや微生物によって消費され、植物にとって欠かせない栄養が生産されます。

Photo_2 小さい頃、ばあちゃんに「ミミズに小便をかけるとオチンチンが腫れてしまうよ」と言われました。これも先達の知恵であったと思います。ミミズはこの大切な時期に一生懸命に生き、沢山の卵を産んで死にます。越冬した卵は春に孵化して、また一生懸命生きます。金子先生(写真下:左側が金子先生)の話を聞いて感じたことは、“知恵は自然と共に生きていこうとする中から”生まれてくるようです。(現地を案内してくれた田岡・森びとインストラクターありがとうございました)

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2010年6月 3日 (木)

森に感謝する心は生活の中から醸成される

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 今日は山形県米沢市にいます。「5年間の森づくり報告書編集委員会」メンバー・神田大君とドッキングして、明日は私たちがそ育てた苗木が嫁き先の調査をします。昨日は新潟県上越市(JR信越線柿崎駅)に嫁いだ苗木を見させて頂きました。調査員は千葉理事と高橋副理事長、現地案内は森びとアドバイザーの竹内巧さんにお願いしました。

 昨日の天気は晴れ、竹内さんによると久しぶりの暖かさだと言っていました。JR直江津駅から車で20分程新潟方面に向かった所が2年前に嫁いだ苗木の植樹場所です。防風林として植樹されたようですが、現場に立って橋の上から植えられた場所を見ると全体として元気がない様でした。苗木は幅5㍍×長さ300㍍程の盛土に植えられていましたが、盛土は全体が砂であるためか元気がありませんでした。2年前の苗木は40㌢~50㌢程生長したミズナラやコナラでしたが、よーく見てみるとその苗木は10㌢程になっていました。これを見た私たちは原因が土と潮風にあるのではないかと思いました。

P6020208  昨夜は竹内さん宅(千葉理事は実家へ)に泊めて頂き、奥様の手作り山菜料理をご馳走になりました。竹内さん宅の裏山には杉とブナの森があり、ブナの森に祀ってあった祠の歴史などを聞いてきました。集落では今でも棚田が残され、ブナが貯えた水と栄養で美味しい米を作っていました。しかし現在は高齢化が進み、若者たちは集落を去ってしまって残っている棚田は随分少なくなった、と言っていました。冬の豪雪時には木を伐って炭を焼き、春には山菜、秋にはキノコなどの恵みを得ている集落の皆さんは森に生かされているのだということを実感しました。今年4月、このブナの森に感謝をするお祭りが今年も開かれました。アカショウビンの鳴き声を聴きながら豊かなブナの森に感謝しました。竹内アドバイザーご夫妻ありがとうございました。

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2010年6月 1日 (火)

地道な植林の体験は心に木を植える!

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 昨日、事務局員(小川くん)は臼沢の森に鹿が5頭侵入しているのを発見しました。即、周囲のスチール製の柵をチェックすると西側の柵が少しばかり開いている箇所がありました。鹿を臼沢の森内から追い出し、開いていた柵を針金でふさぎました。事務局は、コツコツと作り上げてきた臼沢の小さないのちの森を観て自然の力強さに感動している多くの皆さんの期待を裏切らない環境づくりを目指しています。昨日のような事は今までになかったことですので事務局には疑問が残っています。

P4160233 ところで新聞報道では、地球全体の海の平均気温が16年間で約0.1度上がっている、と報道していました(5/31・毎日新聞夕刊)。この分析結果は「将来の気温上昇の正確な予測に役立つ」とも報道されていました。また海水温上昇は「海面1平方㍍当たり約0.64ワットの熱が加えられたことに相当する」と言われ、「これに必要な熱量は全人類67億人がそれぞれ100㍗電球500個を点灯し続けたことに匹敵する」と言います。

海水温が上昇すれば海流や水蒸気の流れが変化し、気象の変化や生態系の変化を生んでいるようです。海水温度が上昇する原因は報道されていませんでしたが、その原因は人間活動にあることは間違いありません。いのちの森の力に感謝です。

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2010年5月23日 (日)

森は文化を育む?

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 今日は吹上御苑の森を散策しました。以前、NHKテレビで報道されたこの森を観て、一度は散策してみたいと思っていた森でした。御苑の森内を散策するのは難しいというので今日は、その周辺を散策することができました。小雨降る中ですが一行は桔梗門に9時30分集合、青木淳一先生と庭園課の方の案内で本物の森を2時半散策しました。

何百種の樹木が森を形成していましたが特に目立ったのは、樹齢何百年、樹高20㍍以上、幹の周囲が5~6㍍もある巨木(クスノキ、タブノ、キケヤキ)がしっかり根を張って生きている様子でした。本物の森を見たような気がしました。木の偉大な力はこのような大木から発せられていると思ったほどです。日本の森(広葉樹)が衰退し、立ち枯れしているのは、ひと昔のように人が森を管理していないから虫が木に入るのだ、という説は吹っ飛びました。

宮脇昭先生曰く、生物社会の掟(競争と我慢)がしっかりしていきとどき、主役がわき役に支えられて何百年間も吹上御苑の森を守っているようです。

Photo_2 しかし、庭園課の方の話によるとエノキに胴ぶきが出て梢枯れがある、アカガシが弱っていると言っていました。原因は不明ですが、寿命ではなく何らかの原因があるのではないかと原因究明中ということでした。御苑内には田んぼや畑がありましたが、すべての農作業は昔ながらの腐葉土つくり、土つくりそして無農薬栽培でした。田植えは間もなく行われるそうで、その苗は露地植えで育てられていました。無肥料・無農薬のために苗は他の草と一緒に生えていました。

 Photo_3 青木先生は吹上御苑の森で土壌分解動物・ダニの新種を発見しました。その内の2種(マサヒトセンロダニ、ミカドカザリヒワダニ・新種)は他の地域の森では発見できていないと言っていました。散策しながら思ったことは皇室の方々は森を大切にしているこということでした。森には神様が存在しているように見えました。宗教的ではなく、森は私たちが生きていくうえで様々な恵みを与え、森に感謝しないと罰が当たって怖い、恐ろしいという考えがあるのか、とも思ったほどです。

日本の文化はやはり森から創り出されているということを確信した散策でした。庭園課の皆さん、青木先生ありがとうございました。

2010年5月13日 (木)

国会内にも日本の森を元気にする機運

 朝は冷えました。「どくだみ荘」内の温度計は1度になっています。外は青空が見え、今日の準備作業がはかどります。昨夜はユキツバキとヤブツバキそして宮脇昭先生の著書が「どくだみ荘」に届きました。今日は、大量の苗木、テント、簡易トイレ等が森びと広場に運ばれてきます。準備はインストラクターの皆さん(4名)と一緒に行われます。

 昨日、稲葉理事、高橋副理事長は参議院議員会館で参議院議員・今野東さん、松浦大悟さんから「日本の森を元気にする議員連盟」設立総会の説明を受けました。設立総会は今月20日の夕方開かれ、そこでは岸井成格理事長から「日本の森を救う緊急提言」の主旨を提案し、ナラ枯れが日本各地に拡がっている現状を宮下理事から報告します。

 設立趣意書(案)では、「地球温暖化対策が全地球的課題となっている中で二酸化炭素を固定する森林の役割は大きくなる一方、日本の森は衰退の危機に直面している。議員連盟は森林の現状についての認識を深め、森林を救い元気にするための施策について研究・提案する」と述べられています。日本の森を元気にする仲間たちの炭撒きと緊急提言に賛同してくれました皆さんの思い、他のNPO法人の願いが国会議員の皆さんにも届いています。

議員連盟設立総会の説明を受けて感じたことは、森をつくり、森を元気にするために炭を撒き、私たちの生活に木を活かすために森を大切にするという心が日本各地に拡がるきっかけになればと思いました。

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2010年4月26日 (月)

四季を感じる楽しみは感性を豊かにします

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「どくだみ荘」の朝は今日も快晴です。昨日は雲ひとつない快晴の中で「春の会」が開催されました。この会は今年から始めた四季の移り変わりを身体で感じて五感をやしなう集いです。参加者の皆さんは遅い足尾・臼沢の春を迎えているいのちの森の中で、木々の息づかいを聴いたり触ったり、また春の風や芽吹きの色を感じたようです。昼には春の味覚を堪能しながら、本日のゲスト・青木淳一先生(横国大名誉教授)から春にまつわる話を伺いました。

P4250016 青木先生は“日本人は生まれた時から感性が豊かでない。四季の移り変わりの中で日本人独特の感性が豊かになっている。特に春は寒い冬から草木が目が覚め、草が生え、花が咲き、木が伸びる時季。この時季に日本人はこの春を楽しむことによって感性を豊かにする”という主旨の話をしてくれました。

 P4250011 春の味覚では千葉県の成田市から送られたタケノコ、房総から送られたイワシ、岩手県と山形県から届いた蕗、ワサビ等の山菜、群馬県からはこだわりの椎茸、ノビル、新タマネギ等の食材で春の味を満喫しました。春の味覚を届けてくれた皆さん、その食材を料理してくれました小井戸ご夫妻、平賀さん、田村さんそして事務局スタッフの皆さんありがとうございました。(「夏の会」は7月25日に開催します。松木沢を散策します)Img_0060_2

2010年4月19日 (月)

モンゴリナラよ、元気になっておくれ

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 足尾ではやっとヤシャブシが若葉の蕾を開こうとしているのに桐生のモンゴリナラは眩しいほどの若葉色を見せてくれました。今日は2月21日に炭を撒いたモンゴリナラの観察会に参加しました。群馬県内から集まった30名程の皆さんと若葉を付けたモンゴリナラの健康状態を観ました。

 モンゴリナラをよーく観ると炭を撒いた樹木の枝の葉(右)とそうでない樹木の枝の葉(中)の大きさが写真の様に違っていました。また、梢枯れが多い樹木の枝の若葉は写真(左)のようにひとまわり以上も小さくなっていました(全て地上から高さ180㌢程の枝)。この写真で炭の効き目があったという印象を皆さんに与えようとしていません。この3本のモンゴリナラの葉の生長度合いを確かめるための素材としました。この3枚の葉は葉の生長が終わる頃の葉の変化があるのか確かめたいと思い写真にしました。

 P4190021 2月の炭撒きでは梢枯れは分かりませんでしたが、観察では梢枯れがはっきりと確かめられました。また、炭を撒いた以後の土壌の酸性濃度は測定の結果、pH6に近付いているとの報告がありました。

参加された皆さんからはモンゴリナラが元気になってほしいとの期待の声がでていました。今日は土壌も採取しましたので明日はpH測定を行う予定です。

 観察会後、林照寺住職の奥さんからはお茶や茶菓子、フルーツをご馳走になりました。ありがとうございました。

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2010年4月 1日 (木)

母島に残した“山と心に木を植える”こころ

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 昨日は母島出港でした。出港時間は10時30分でしたが一昨日の母島丸が欠航しましたのでその分のコンテナを積む時間を要してか、出港が30分ほど遅れました。港には御世話になった観光協会の坂入さん、元観光協会長の山崎さんそして母島のいのちの森を案内してくれた星さんと茂木さんが見送りに来てくれました。年度末の港では東京職員のお別れ式が、小中学校の先生のお別れ式が行われていました。小中学校の先生は島で6年間も児童たちと学んでいたようです。島を離れる先生や職員の顔を見ていると、“お疲れ様でした“という声をかけたくなりました。

 Dsc_2997 短期間の森散策でしたが貴重ないのちの森に遭うことができました。数千万年も前に自然の力で作られた島に台風や漂流物、そして鳥に運ばれてきた小さな生命が進化してきた動植物がつくりだす自然の力。そしてそれは今も島の固有種として生きつづけ豊かな森を形成しています。人間はその恩恵を受けてゆっくり生きていました。その島の人たちに会うことができました。同行した相川さんには天然記念物のメグロを、田岡さんにはザトウクジラの写真を提供していただきました。

 Dsc00136 たった3日間でしたが新潟県からやってきた娘さんはアオウミガメのふ化を助けていましたし、川越出身の茂木さんはいのちの森を守っていまし、茨城県出身の坂入さんはアカギから固有種を守っていました。そして硫黄島生まれの山崎さんは母島の自然保護と観光のために汗していました。いろんな方々の地道な努力がで島の固有種が守られていることが分かりました。

 本日、一行は15時45分竹芝桟橋に着きました。またひとつ“山と心に木を植える”仲間たちの絆が太くなった心の森探訪でした。

2010年3月30日 (火)

生命(いのち)の森を守る新たな出発へ!

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 3日目の朝は小笠原観光協会に向かい、元観光協会会長・山崎止さんと同協会・坂入祐子さんにお会いしました。観光協会では母島の固有種を守ろうとアカギ伐採を進めていますが、森の所有者を捜し当てるのが大変な作業であると言われています。私たちが母島を訪問するに当たって観光協会の皆さんに御世話になりましたが、その過程で岸井成格理事長は母島の森を所有していることが判明しました。観光協会としてはアカギ伐採を進めていくためには森所有者の承諾が必要であり、是非、岸井さんの許可がほしいと願っていました。私たち一行は岸井理事長から「戦没者慰霊碑を建立しているので確認してほしい」と頼まれていました。慰霊碑を探し当てるには地元の方に案内してもらわないと分からないと思っていましたので、両者の思いが一致して私たちは協会のお二人に案内していただきました。

P3300234 案内をしていただく過程では、観光協会が始めている悲惨な戦争を風化させないために探照投下砲台の保存をしていました。岸井さん所有の森の中にも砲台跡は3箇所もあり、当時の悲惨な様子の話を聞くことができました。砲台跡がある森には巨木と言えるカジュマルが生きていました。その後は長浜地区のトンネル入り口周辺を探し回り、岸井さんのお母さんの遺言で岸井さんが建立した戦没者慰霊碑を探し当てました。

P3300217 昼食後は、東京都最南端にある小富士周辺の自然を散策しました。

2010年3月29日 (月)

未来を見据えた森づくりが大切だ!

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 東京は冬に逆戻りという天気だそうですが今日の母島は爽やかな夏のようです。天気に恵まれた今日は母島固有種が多く棲息している原生林を観察しました。9時過ぎ、堺ケ岳登山口を出発して約6時間ほどメグロやメジロ等の鳥がさえずる原生林の中を観察しました。P3290263 広域に生きている樹木はモクタチでこの木の寿命は短く、枯れて土に還る働きをしています。そこに主木のウドノキ、アカテツ、オガサワラグワ、ホルト、ハツバキ等が原生林となって生きています。ウドノキは大人4名が手を回しても届かないほどの巨木になり、オガサワラグワも巨木であったことを物語る切り口がいくつもありました。星さんの案内によるとオガサワラグワは明治神宮の門を作製するために多く切り出されたようです。

 P3290341 この原生林で問題になっているのはアカギが増えすぎて母島固有種の樹木を弱体させていることです。戦時中、この地では昭和18年頃まで鰹節作りが盛んに行われましたが、この年頃から引き上げ者が内地へ戻ってしまうと鰹節作りは収束しました。燻り出す燃料としてアカギが鰹節作りには欠かせない木であったと言います。そのために国の政策としてアカギを植林しましたが、引き上げ以降は放置されそれが貴重な固有種を弱体化させています。現在、伐ったり薬剤を注入したりしてアカギを枯らしていますが、現場ではアカギの勢いが強いと感じました。房総のマテバシイ植林と放置による森の衰弱、杉の植林と放置による森の衰弱と同じような問題が母島では起きていました。

 案内してくれた星さんは母島固有種を絶やさないために種から苗木を育て、母島の原生林を守っていました。星さん、茂木さんありがとうございました。

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2010年3月25日 (木)

ドングリ一年生が誕生しました

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 川崎市の小学校は今日が終業式です。昨日、川崎市古川小学校を訪れましたら校庭に生えている桜は開花していました。

 P3240215 昨日は「どんぐり教室」3時間目の授業が行われました。一年生3クラス87名の授業は9時20分から始まって11時45分(休憩時間15分含む)まで、昨年蒔いたドングリが芽を出してドングリ一年生になれたことを歓び合いました。

 P3240234 1クラスずつ図工教室に集まった担任の先生と児童たちは、一年生になったドングリの木が大きくなって虫や鳥の家、たべものになったりする木の役割とその大切さを学び会いました。昆虫の食べ物である木の葉やドングリ、鳥やリスなどの家となっている幹、水を貯めている根などの写真を観ながら、そして青森びばやクスノキの臭いを嗅ぎながら私たち人間も木(森)がなければが生きていけないことを学習しました。授業の締めくくりは2年生になってもこの木を大きく育て木を植えに行こうとドングリ先生の髙橋副理事長と誓い合いました。

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2010年1月 1日 (金)

全ての命は森に守られている

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 新年明けましたおめでとうございます。筆者は森の中に住んでいますが、朝7時の気温は-12度でした。今年の元旦は例年よりも2~3度高いようです。天気予報では1㍍程の降雪がある予測でしたが、除雪機を動かすほどではありませんでした。
 朝一番にやることは薪ストーブに残った僅かな炭火に薪を載せ、ストーブの火を消さずに暖をとることです。次にはラジオのスイッチを入れ、各地の新年の様子をニュースで聴きます。ニュースで流れる各地の様子に重ねて、各地の森びとインストラクターの顔、正会員やサポーターの皆さんの顔を思い浮かべています。
 昨夜はフォーラムのクロージングスピーチを振り返ってみました。岸井成格理事長が述べた、「世界も日本も文明の岐路に立っています。・・・文明が大きく変化するときは、原理原則、原点から物事を考えていくことが一番大事です」。エネルギー、食糧、水そして地球温暖化問題が私たちの目の前に深刻な問題になっていることを考えていく場合、私たちは「何ができるのかを考えると、木を植えることそして炭を撒くこと、ここからスタートする。全てに優先してこのことをやっていくことなのだ、ということを改めて強く感じました」。
 目の前の深刻な問題の解決策は、“人は森生かされている”ということから物事を考えていくとそのようになるようです。こんなことは多くの皆さんは分かっているのはずなのすが、COP15では世界の主要国首脳の顔は平気な顔の様子でした。今年のCOP16は森の中で議論を交わしてほしいものです。

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2009年12月27日 (日)

「日本の森を救う緊急提言」にご賛同を!

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 今年も残すところあと4日になにました。今日、森びとホームページでは地球自然環境を憂う皆さんへ、日本の森を元気にするための「日本の森を救う緊急提言」を訴えかけました。是非、緊急提言を読んで頂き、多くの皆さんからの賛同とご意見を頂戴したいと願っています。また、私たちは新春から「日本の森を元気にする仲間たち」に呼びかけて、衰弱している森に炭を撒いていこうと計画を練っています。炭撒きの計画はホームページ上でその都度呼びかけていきます。
 COP15の結果は人間の命よりも“国益”が優先になってしまうという原因で、責任の擦り合いと途上国への支援を盛り込んだ程度で終わってしまいました。115カ国の首脳が出席した会議なのになんと情けないことなのか、と空いた口が塞がりませんでした。
 嘆いていても自然環境破壊はなくなりません。できることを地道に行い、“山と心に木を植えて”いくしかないとおもいます。写真・左のポット苗は白く菌根が付いている根の苗、右が菌根がない根の苗です。元気の違いが分かります。この差は炭です。ポット内に粉炭を混ぜて苗を植え替えした苗は元気なようです。2010年は、“燃料炭から生命炭へ”をもう一つの合い言葉にして、日本の森の土壌を元気にし、元気な土壌に木を植えていきたいと願っています。
 今年一年間、皆様のご支援に感謝いたします。

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2009年12月25日 (金)

民主党、国家戦略室へ緊急提言を提出

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 今日の衆議院と参議院議員会館内は様々な方々が忙しく歩いていました。何故かと思いましたら、来年度予算案が本日、閣議で決められる日だからだ、ということでした。そんな中、当委員会は「日本の森を救う緊急提言」を民主党に提出しました。
 小沢一郎幹事長に代わって提言を受理してくれたのは細野豪志副幹事長でした。岸井成格理事長が提言の主旨を説明し、その後、日本の森を元気する特効薬である炭のパワーを実感してもらおうと炭をプレゼントしました。この炭は、青森県三戸郡新郷村の特産品で、須藤良美村長から提供されたものです。
 Img_0991 午後は、フォーラムに参加し最後まで耳を傾けてくれた平山誠参議院議員事務所を訪問し、日本の森を元気にするアドバイスを頂戴しました。その後は、国家戦略室を訪問し、菅直人副総理兼国家戦略担当内閣特命担当大臣へ提言を提出しました。提言の主旨説明は髙橋副理事長、宮下理事、稲葉理事が行い、戦略室の内閣審議官・梶山さんからは「森林・林業再生プラン」(新たな森林・林業政策)の考え方を聞きました。フォーラムの声が国会の中にも伝わっています。(仁平事務局員発)

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2009年12月24日 (木)

「日本の森を救う緊急提言」を参議院議員に説明

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今日はクリスマス・イブで街は賑やかですが、国会議員の皆さんは忙しそうでした。今日の昼は、民主党副幹事長・今野東参議院議員事務所を訪問し、日本の森を元気にするための「日本の森を救う」緊急提言について訴えてきました。

今野東議員の紹介はJR東労組の佐藤公雄執行副委員長さんにお願いし、同行して紹介して頂きました。森びとからは、稲葉理事、清水事務局次長が今野副幹事長にお会いして、日本の森が衰退している現状、その原因は酸性雨などであり、酸性化した土壌改良を国の政策として早急に実施できるように、民主党の力を貸してほしいとお願いしてきました。

今野副幹事長には、日本の森の衰退状況を認識して頂き、国会議員としても勉強していかなくてはならないアドバイスを頂戴しました。難民支援や平和を守る活動に尽力されている今野副幹事長に年末のお忙しい中、快く対応していただき大変ありがとうございました。また、今野副幹事長を紹介してくれました佐藤執行副委員長ありがとうございました。(清水事務局次長発)

2009年12月18日 (金)

伝統建築で家が作れないなんて、日本はおかしい!

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 木の文化の素晴らしさを現代に活かす一人でありたいフランス人・ロアさんの講演の後半は、その素晴らしさを壊している私たち日本人への怒りでした。
 ロアさんは、いいものを作りたいと思っても邪魔な事が日本にはある。例えば、日本の伝統的建築では柱の元は丸い石が使われているが、この方法だと地震が起こっても建物は全て壊れない。ところが現代は、無理矢理に木に金物を使わなくてはならない。余計なことをすると木造建築は駄目になってしまうのに、お寺を作るにも金物を使わないと駄目なんです。建築基準法を考えている人は何を考えているのか、と。日本の木の文化の素晴らしさを壊している日本人のおかしさを、フランス人のロアさんは嘆いていました。
 そう言われると地震や土砂流失等の現場写真を見ると、コンクリートは壊れているが神社は全て壊れていないのが目立ちます。柱や屋根は流されている、移動していることはあってもそれらは改修可能な木材となって残っているようです。
 P1030615_r ロアさんの匠・加藤吉男さんにお会いした時、棟梁は「地震、土砂流出そして大火事が発声した場合、必ずその現場に立つ」と言ってしました。その現場に残っている伝統建築と近代建築の相違を身体に染み込ませている、とも言っていました。ロアさんの怒りは、そのような棟梁の技の基底に脈々と流れている木の文化へのこだわり、木に生かされている人間の心への怒りであるような気がしました。
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2009年12月11日 (金)

日本の木の文化は自然の力を蘇らせること

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 キャンパスフォーラムの第1部・講演の二人目の講師はロア・ウイリアムさんでした。ロアさんは、宮大工修行中のフランス人です。ロアさんは、フランスでも建具の職人修行をしていましたが、フランスでは木材は使い捨ての考え方でしたのでそれに疑問をもち、木をそのまま使う仕事をしたいと思い、フランス修行時代は屋根裏で日本の木の文化を学んでいた、と言います。
 そのロアさんからは、「宮大工の修行は一生かかる。自分が建てた建物は10年、20年、30年後も調べて学ぶ。雪が多い地方、雨が多く降る地方そして地震に耐える建築が、こうした地方に合った材木を選び、活かして建てると長持ちする。木が長持ちするのは、木の選定と腐りにくい木にする道具の選定だ。その道具で木は作られ、その道具は日本の砥石によって磨かれている。日本の文化は刃物と砥石の文化だ。それを巧みに活かしているのが日本人の技術だ」、という主旨の話をしてくれましした。
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2009年12月 5日 (土)

森と生きるというこは少し我慢をすること

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 先月開いた第2回「森と生きるキャンパスフォーラム2009in早稲田」の天気は予報では雨が降る、という報道でしたが、太陽の光を受けたキャンパスの銀杏の葉が黄金に輝いて眩しいくらいの日でした。フォーラムの第1部は、日本の木の文化を再認識する講演でした。
 最初に登壇した方は、東京アイヌ協会の名誉会長をしている浦川治造さんでした。浦川さんは、アイヌ民族は森とともに生き、四季を通じて自然からの恵みを得て生きてきた。ゆえに、山に入るときは必ず感謝をし、恵みは全てを取り尽くすということはしてこなかった。しかし、戦後、現金収入を得るために、入ったことのない深い森に入り、巨木を伐り尽くしてしまったことがあった。後になって自然が壊れ、その森からは自然の恵みは消えてしまった。60年前の森をとり戻さなければならない。みなさんの力で戻してほしい、と反省をしながら訴えていました。
 Pb292666 参加者からは「山、河、海を60年前に戻してほしい、という訴えに共鳴しました」(60歳代・男Dscf1308 )、「自然とともに暮らすアイヌの文化を大切に残し、尊重していくことが必要だと感じました」)(30歳代・男)、「山や森が元気になり、河や海も元気になり、魚、海藻が多く採れて、魚や米等から国が潤う、そのような政策を国は考えてほしいと思った」(30歳代・男)という感想が寄せられました。

2009年11月30日 (月)

日本の森を元気にする進路に舵がきられました

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 昨日のキャンパスフォーラムでは、出席者280名が日本の森を元気にするために政府や国民に働きかける行動を共にすることを誓い合いました。その一つは、政府の温暖化対策が経済優先に傾き、肝心な森の衰退を防ぐ行動につながっていないこと。このままでは日本の山ははげ山になってしまうことを多くの皆さんに知ってもらう行動。二つ目は、森が衰退している原因は虫ではなく、酸性雨等による土壌の酸性化によるものであることを国に認識していただき、対策を講じてもらうことを求める。三つ目には、弱った木には市民の炭焼きと炭撒きのモデルケースを設置してもらう。今後も人とのつながりを大切にし、さらに“山と心に木を植えて”いくことにしました。Pb292668
 フォーラムの様子は今後、このブログで紹介していきます。なお、昨日のフォーラムは、今日の夕方16時53分から始まるTBSテレビ・「イブニングワイド」で放映されるようです。

2009年11月23日 (月)

知恵と力を結集して、日本の森を元気にしたい

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 21日、秋田県に住む今村インストラクターからFAXとメールが届きました。その中身は、一週間後に開かれる第2回「森と生きるキャンパスフォーラム2009in早稲田」に向けた情報でした。
 フォーラムのアドバイザーとして出席する大森禎子先生から紹介された安田勲さんが、秋田県男鹿市で実証している炭蒔きによる松枯れ対策の現場を観てきた情報でした。それによると、「安田さんは怒っていました」と言うことです。

35 どういうことに怒っていたのかと言うと、安田さんの話を聞いた今村さんは、「常に山を観ていると森の変化に気づく、この変化を行政や学者に言っても一個人は相手にされない。松枯れの原因を学者に訊くと虫のせいにする。男鹿の松は殆ど伐採されている。伐ってしまうと原因が分からない。観光客の目に触れないようにしているのだか、そんなことでは事の重要性が分からない。何故、日本海側が枯れるのか、土壌が冒されているのか、等、トータル的に原因究明をしていないことに怒ってた」、と言っていました。安田さんは奥様と共に、20年位前から800坪の借地で炭を蒔き、その土地に松を植えています。その松は元気に育っています。(写真上) 男鹿でも松枯れと同時にナラ枯れが拡大していることに、安田さんは大変心配していた、と言います。今村さんはこの観察結果をフォーラムで報告したいと言っていました。

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2009年11月17日 (火)

世界を変える原動力は現場の小さな力です

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 新聞報道によると「ポスト京都」が見送りのようです。来月にコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)で、法的拘束がある「ポスト京都議定書」が見送られる可能性が強まっているようです。先進国と新興国・途上国の対立が原因らしいのですが、どうして各国の閣僚級会議では世界の人類のためにできる事をやる勇気と実践がないのでしょうか。
 各国首脳がこんなレベルでは、各国の首脳によって人類は自然界の孤児になってしまうようです。今、求められているのは私たちができることいかに挑戦するかです。昨日も3回目のフォーラムへの呼びかけパンフの配布を行いました。配布してくれたのは早稲田大学の学生の皆さんとJR貨物労組の若者でした。早稲田際から一週間後のキャンパスは早稲田際以前の様子で、学生達ひとり一人にパンフを配ると学生達は真剣にパンフを読んでくれました。
 P1010017 今回感じたことは、フォーラムに向けたパンフ配布を行えば行うほどに、学生達の反応が感じられたことでした。このようなキャンパス内の小さなアクションでしたが、この小さな力の積み重ねが世界の自然を活性化できるのではないでしょうか。早稲田大学「一学一山運動」実行委員会の皆さん、大隈塾の塾生の皆さん、3回にわたるパンフ配布へのご協力に感謝します。楽しく意義のあるキャンパスフォーラムを創りだしましょう。

2009年11月16日 (月)

森の叫びに応えていきたい

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 今月29日に開催する第2回「森と生きるキャンパスフォーラム2009in早稲田」で講演してくれる浦川治造さんに会ってきました。14日は風が強い日でJR東京駅八重洲側から出発するバスが運行するか心配でしたが、安全運行によって待ち合わせ場所の木更津金田バスターミナルに到着しました。そこから浦川治造さんが運転する車で事務所へ向かい、フォーラムの打ち合わせをしました。 話の中で浦川さんは、“アイヌは森を畏敬の念をもって大切にして森と一緒に生活してきたが、昭和30年以降、木が金になるからと言って、入ることがなかった山(アイヌは始めて入る山は「新山」という)に入って巨木を伐ってきた。その後の森は湿地帯が無くなり、ワサビ等が消えてしまった。今、考えると取り返しのつかないことをしてしまった。森は生活に欠かせない大切な自然だ”、というような話をしてくれました。
 京都議定書での日本の目標は温室効果ガス90年度比6%削減でした。その方法は「二酸化炭素を吸収する植林など森林整備で3、8%、他国への技術や資金提供によるを削減分を国内目標に組み込む1、6%、省エネなど国内対策で0、6%」でした。結果は削減どころか増加傾向にあります。
 浦川さんの話を聞いて、現代においても人は森に生かされていることに気付かなければならないことを改めて感じました。フォーラムではその森が悲鳴をあげていることに気が付き、森が人類に呼びかけている声を具現化できればと願っています。

2009年11月 6日 (金)

伝統建築に金属を使わなくてはならない日本の建築って?

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 今日の山形市は秋晴れでした。山形に向かう途中の高畠駅周辺の車窓(山形に向かって左側)からは、小さいながら赤や黄色に色づいた葉を付けた苗木が元気に育っているのが見えました。この苗木は一昨年から始められているJR東日本会社の鉄道沿線の森づくりで植えられたものです。この苗木の一部は私たちが育てた苗木です。今日はそんな元気な苗木たちを車窓から見ながら山形市に向かい、宮大工・加藤吉男棟梁とロア・ウイリアムさんとのフォーラム打ち合わせでした。
 お二人は各地の伝統建築を修復していて大変忙しい中、時間を割いてフォーラムの打ち合わせに付き合ってくれました。打ち合わせでは、フランス人のロアさんが6年間の修行で学んだ日本人の木の文化と日本建築の疑問点が語られ、そのような話をしながら日本の素晴らしい木の文化を語っていこう、と話し合いました。「加藤棟梁が聞いている前では話すのは緊張します」、と言っていたロアさんですが、加藤棟梁から「俺のことは気にせずに、学んできた日本の良いところと悪いところを話せ」と言われ、ひと安心した様子でした。2時間に及ぶ打ち合わせを終わったロアさんは、車で新潟県柏崎市の現場へ向かい、棟梁は明日、車で栃木県宇都宮市の現場で打ち合わせです。本当に忙しいところ打ち合わせをしていただきありがとうございました。打ち合わせをしながら、ロアさんの職人気質と真面目さを感じました。棟梁はそんなロアさんの人間性に宮大工の技術を叩き込んでいるようでした。今月29日の「森と生きるキャンパスフォーラム2009in早稲田」の講演をお楽しみに。
 

2009年11月 3日 (火)

W大学生達とパンフレットを配布!

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 大学祭を7~8日に控えた昨日(2日)、私たちは早稲田大学大隈銅像前で第2回「森と生きるキャンパスフォーラム2009in早稲田」への参加を呼びかけるパンフレットを配布しました。この行動には同大学の学生9名(「一学一山運動実行委員会」内・高尾の森メンバー等)が協力してくれました。
 キャンパス内は学園祭を控え、各サークルが勧誘のビラ配布やよさこいの踊りを披露するなど、若者たちが活気に溢れていました。賑やかな中でのパンフレット配布でしたので、パンフレットを受け取ってくれる方々は少なかったのですが、ある学生はビラを見て「ぼく熊森なんです。先日もシンポジウムに参加しました。フォーラムに参加します」、と言ってくれました。また、一緒にパンフレット配ってくれた高尾の森の学生からは、「申し込みはどうすればいいのか」、と聞かれたので「インターネットを見て申し込みしてくれ」、と対応してくれたそうです。昼休み時の約40間の行動でしたが、冷え込みが厳しいなか、他の学園祭の仲間達と共に燃えていました。(清水事務局次長発)
 また、来週の月曜日(9日)にも同じ行動を行います。協力してくれる方を募集しています。問い合わせは東京事務所まで電話(3日は足尾ですので事務所は留守。4日以降にお願いします)ください。電話は、03-5692-4900です。

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2009年10月30日 (金)

人はひとりでは生きていけない?!

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 27日、事務局員の柳澤肇さんの実父・佐太夫がご逝去されました。今夜は故・佐太夫さんの通夜に行き、足尾の森づくりへの支援に感謝を述べ、ご冥福をお祈りしてきました。
 柳澤さんのお父さんは足尾・森づくりに欠かせない方でした。作業小屋の鉄骨の無料提供と運搬、そして大型トラックで重機を運んで「森びと広場」の整地をしてくれました。その重機はその後も、松木の杜の穴掘り等で大活躍でした。重機は足尾・ふるさとの森づくり準備にはなくてはならない機械になっていました。それを許してくれたのが柳澤さんのお父さんでした。
 祭壇に飾りつけられていた故・佐太夫さんの写真は、真っ赤なモミジを背景に秋の青空を見つめていました。寛容な佐太夫の写真の前で私は、これまで支えてくれた感謝を述べ、これからは天から足尾の森づくりに汗している私たちを見守ってくださいと、合掌しました。
 安中榛名駅では時間があったのでそばを注文しましたが、おじさんから「火を止めたばかりだ、峠の釜飯が残っているので買って下さい」と言われ、今日の夕飯は豪勢な釜飯にしました。一人で釜飯を食べながら、駅の窓越しに輝く星を遠く見ながら、私たちは色々な方々に支えられていることを絶対に忘れてはならない、と肝に銘じました。柳澤さんのお父さん、ありがとうございました。

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2009年10月17日 (土)

森に潜んでいる人間社会の掟

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 兵庫県丹波市の地方紙『丹波新聞』(10月1日)のコラム欄に大人の絵本・『サルと人と森』が紹介されました。また、月刊誌『リベラルタイムス』(11月号)のBOOK紹介の欄でも紹介されました。紹介して頂きありがとうございました。
 『丹波新聞』のコラムでは、「この寓話が100年以上前、盛岡中学の校友会誌に寄せられた時は、あまりに先を見通していたせいか、決して評判は良くなく、これまでほとんど陽の目を見てこなかったという」と書いてありました。その当時からすればその通りかもしれません。
 Pa042587 啄木記念館近くに「愛宕神社」がありますが、啄木はこの神社境内の森をいのちの森と言っていました。この森で啄木は子どもたちと勉強していた、と聞きました。多分、啄木はこのいのちの森から様々な事を学び、森の掟から人間社会を観察していたのではないかと思います。
 お陰様で『サルと人と森』は第5刷(5.000部)りに入りました。地球の自然環境の悪化を憂う方々に読まれているのだと思います。地球上では、二酸化炭素を吸収している大切な熱帯雨林が毎年1250万㌶も伐採されていると報道されていました。損失額は6兆7千億円に上る、とも報道されていました。この新聞を読んで、啄木は経済優先でなく、大切な生命(いのち)を第一に森(自然)を考えていたから先を見通せたのではないか、と思いました。
 「物とエネルギーにこだわり過ぎた、人間本位の奢った考え方から生物の一員としての人間がより豊かに健全に、より人間らしく生きていくことを緑(よすが)としたい」(発刊にあたって・宮脇昭)。

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2009年10月15日 (木)

森の出来事を真剣に観よう!

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 先週、みちのく事務所から「今年はブナの実が取れない」という連絡がありました。ほぼ同時期に秋田県のインストラクターからも、「白神周辺ではブナの実が取れない。12湖周辺を案内しているガイドの方からは、ブナの花が咲いていた頃に寒かったので実が熟しない」、という話がありました。ブナの実を撒いてブナの苗木を育てようとしていたみちのく事務所では苗木づくりで苦慮しています。多分、ブナの実を餌にしているツキノワグマやネズミ達は越冬する前の食探しに必死になっているでしょう。Pa122601 そんな中、足尾・松木の杜ではクワノキ、ユキツバキゃヤブツバキの葉が、松木の杜内の小豆の葉が何物かによって食べられています。今年5月下旬に植えた苗木が、越冬前にして食害に遭っています。
 ところで「シイナ現象」という現象が起こると言われています。樹木に実がなってもその実が形ばかりで、栄養価の低い実になっている、と言われています。この実を食べて越冬する動物達からすれば、このような時季には必死になるのが当然です。
 植物の三大栄養素はチッ素、リン酸、カリと言われていますが、チッ素は葉の栄養、リン酸は実の栄養、カリは幹や根の栄養源になっています。土壌中のリン酸の活動が鈍ってしまうと、ブナの実の栄養価は低下します。このような現象が「シイナ現象」と言われているそうです。木は根、根は土が命でかすら、「シイナ現象」は土壌が弱り、土壌の微生物が生きていけなくなっているのかもしれません。栄養価の低いドングリが日本の森に蔓延してしまうなら、生物が生きていけなくなってしまいます。今、森の出来事を真剣につかみ取り、その対策を講じる大切な時のようです。

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2009年10月13日 (火)

どんなに頭が良くても、お金持ちでも創れない木のパワー

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 今日は久しぶりの休暇をとり、I(女性)さんと事務局員のKさんで軽登山をしました。秋晴れの下で黒斑山(2404㍍)を登り切り、計り知れない自然のパワーを満喫しました。
 ブログではIさんの木に寄せる気持ちを紹介してきました。そのIさんがはじめて足尾の育樹に来てくれた7月、Iさんは高価な登山靴を履いてきました。彼女は、「山(森)が好きで一度は山に登ってみたいのでこの登山靴を買いました」、と言っていました。単独登山は危険が伴うので一度案内しようと、ということで今回、黒斑山を登りました。
 そんなIさんを向かえてくれたのが、雲ひとつない秋晴れと浅間山、そしてカモシカでした。この地に立たないと見られない浅間山の力強さです。その浅間山は噴煙を少し上げいました。外輪は天然林のカラマツの葉が黄金色に輝いていました。その鮮やかな黄金色を眼下にして、紅茶をいただきました。下山途中、「ギィー」という声がしたので立ち止まると、目の前にカモシカが餌を食べていました。カモシカは冬を間近に向かえてコメツガの葉を食べていました。「食事の邪魔をするな!」という顔をしていましたので、「お邪魔しました」、と言ってその場を去りました。
 4時間ほどの登山でしたが、素晴らしい秋晴れで得たことは、私たち人間がどんな技術を行使しても絶対に創りだせることのできないカラマツの黄金色に感動し、その自然の秋色に近づこうとさせる木のパワーにも感謝することができました。Iさん、Kさんお疲れ様でした。

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2009年10月 1日 (木)

若者が創りだす森と生きる文化

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 先月29日、早稲田大学キャンパスを歩きました。目的は、第2回「森と生きるキャンパスフォーラム2009in早稲田」の会場である「井深大記念ホール」の下見です。早稲田大学校内を歩いたのは20代に早稲田際を見に来たとき以来でした。学生運動が盛んな当時の雰囲気とは違って、学生達のゆったりした表情には驚きました。            
 会場の下見をした後は早稲田大学平山郁夫ボランティアセンターを訪れ、フォーラムへの参加をお願いしました。話し合いの結果、フォーラム第2部の活動報告には「一学一山運動」実行委員会から出場してくれることになりました。事務局長の外川さん、森林インストラクターの和田さん、ありがとうございました。
 これで活動報告者全員が確定しました。学生は早稲田大学の学生、学者は農学博士の小川眞先生(大阪工業大学)、森びとからは宮下正次理事です。この3人からは、衰退している日本の森を元気にするための問題提を受けます。若者たちが森と付き合って生きていくことのできる環境づくりを目指して討論を創りだします。今日の足尾は爽やかで、草刈りがはかどりました。

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2009年9月25日 (金)

里山にも酸性雨の被害・ナラ枯れで悲鳴をあげている樹木

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 会津若松市内の里山は衰退していました。ナラ(コナラ、ミズナラ)枯れが相当進展し、ナラは悲鳴を上げていました。木に活かされている私たちは、早急に恩返しをしなければならないようです。
 当委員会は昨日(24日)から本日(25日)にかけて会津地方のナラ枯れ調査を行いました。昨日の調査は西会津町のナラ枯れ(白骨化したミズナラ)、本日は会津若松市内のナラ枯れを調べました。西会津地方(山都町、反口地区)のミズナラの枯れは白骨化した幹が天を突いている様子があちこちで見られました。会津若松市内の里山(飯盛山周辺)ではコナラ、ミズナラが胴ぶき(恐怖の芽)を精一杯出して、助けてくれ!と悲鳴を上げている様子でした。また、東山ダム湖の山肌を見ると、枯れた広葉樹(ミズナラ?)が100本以上見られ、これを見ていた私たちはこのままではこのダムは貯水ダムでなく砂防ダムに変身してしまうのではないか、と心配するほどでした。
 飯盛山の周辺の里山のナラ枯れは一刻の猶予もない、という状況のため、私たちは早速、ミズナラを元気にするために炭を撒く計画を検討し、調査に同行してくれた福島県、宮城県のインストラクター3名を中心にして実行していくことにしました。
 今回の調査にアドバイスしてくれた森林管理署の皆さん、会津若松市役所の皆さんありがとうございました。調査結果の概要は後日、発信します。

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2009年9月21日 (月)

自然(森)の力を改めて実感!

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 当委員会は今年で足尾の森づくりを始めて5年が過ぎました。臼沢の地には小さな森が形成され、豊かな生態系が育まれているようです。これも年間100日以上の育樹・育苗活動に汗してくれましたボランティアのお陰です。皆さんに心から感謝いたします。
 事務局は17日、臼沢の森周辺の植生調査を行いました。森づくり5周年を向かえた小さな森の様子を記録に残そうと、矢ヶ崎さん(国際生態学センター研究員)と星さん(矢ヶ崎さんの友人)の協力を得て阿蘇沢地区と臼沢の森を調査しました。
 この調査は当委員会が来年発行する「森づくり5年報告」(仮称)に向けたものです。阿蘇沢では足尾銅山製錬所から排出された亜硫酸ガスに負けずに生きているミズナラ周辺の植生を調べ、臼沢の森では5年前に植樹した会場とこれから植樹する会場の植生を調べました。
 臼沢の森に立った私たちは爽やかな秋風を身体に感じながら、人間の地道な森づくりがいのちの森へと育まれていることを実感しました。木を植えると葉が出て、葉を餌にする昆虫が集まり、葉を住処にする昆虫が集まり、落ち葉になっても落ち葉を餌にする分解動物達が集まり、土壌を豊かにしてくれます。また、小さな森には昆虫を餌にする小動物たちが集まり、極めつきはアリや蜂を求めてツキノワグマが訪れるようになりました。間もなく小さな森では美しい紅葉が見られ、自然の力で私たちの心が癒やされます。

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2009年9月16日 (水)

現代人は森を軽く見ている

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 第2回「森と生きるキャンパスフォーラム2009in早稲田」開催準備が始動しました。開催日は11月29日(10時から17時)、会場は東京・早稲田大学国際会議場「井深大記念ホール」です。今日はこのフォーラムの第1部・講演(テーマ:「日本人の木の文化の再認識」)の講師予定の浦川治造さんに会ってきました。
 浦川さんは千葉県君津市黄和田畑仲ノ台に住んでいます。住まいはJR内房線木更津駅から久留里線に乗り換えて、終着駅の上総亀山下車、バスで30分のところです。70歳の浦川さんは東京アイヌ協会名誉会長をされ、アイヌの伝承文化を絶やさない運動を推進している方です。
 講演の依頼をしている話の中で浦川さんは、鳩山民主党連立政権に対して「要望書」を提出する準備をしていることを話してくれました。浦川さんは、アイヌの伝承文化を伝える古老への援助やアイヌの復権を実現したい、と熱く語ってくれました。
 講演依頼は快諾していただき、浦川さんとの話は昼から午後4時頃まで続き、森を元気にさせる話や政治問題、環境問題などの意見交換ができました。フォーラムでは、アイヌ人の森の文化(森に生かされている)を参加者の皆さんに掴んでいただければ幸いです。
 浦川治造さん、長時間お付き合い下さってありがとうございました。

2009年8月19日 (水)

日本の森を元気にさせよう

P8182312  「さど 島の新聞」(37号・7/28付)が東京事務所に送られてきました。郵送してくれたのは牧れいかさん。彼女は私たちがナラ枯れ調査で佐渡島を訪れた時、精力的に島を案内してくれました。彼女は佐渡の自然と文化をこよなく愛し、守り続けている方です。
 「島の新聞」の8面には、「炭でよみがえる枯れ木」という見出しで彼女の投稿(2回目の)が載っています。記事には、「松枯れ、ナラ枯れ対策には、現在行われている薬剤の樹幹注入よりも、枯れ始めた樹木の根元に炭を撒いて土壌を中和させるほうが有効です」と書いてあります。そればかりでなく、米どころ佐渡の資源(廃棄物となっている籾殻等)を活かして炭を生産し、佐渡の森を元気にしようと起ち上がっています。記事の最後には、「松枯れ、ナラ枯れに対する炭の効用を佐渡でも実証し、松枯れ、ナラ枯れに心を痛めている人々とともに、できることから行動していきたい」と文を結んでいます。(ナラ枯れ・炭撒きについての問い合わせは、090-4200-2337 牧さん宛に)
 ナラ枯れに心を痛めている方々は日本各地にいます。また、その原因を研究している学者の皆さん、そして日本の森を元気にしようと、酸性化した土壌を何とかしたいと炭を撒いている皆さんが各地で汗を流しています。しかし、多くの皆さんは日本の森が危機的だという認識にないことも悲しい事実です。嘆いていても日本の森は元気になりませんので、当委員会はできることから始めている新潟県佐渡島の皆さんと共に日本の森を元気にさせるアクションを始めています。(写真下:佐渡の衰退しているブナ)牧さん、元気を届けていただきありがとうございました。

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2009年8月16日 (日)

蝶を追う親子が育む自然と人とのつながり

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 敗戦64年目の昨日、私の60年間を振り返るきっかけをつくるために、パートナーと一緒に湯ノ丸山(2101㍍)を登頂しました。地蔵峠からの登りは緩やかな山道で、クガイソウ、マツムシソウ、ノハラアザミ、シモツケソウ等の可憐な姿を見ながら約1時間程歩きました。
 登山者の多くは家族連れで、網を持って蝶やトンボを追っていた親子、花を見ながら子に何かを話しかけいる親を見ていると、このように小さい時から自然に触れ合うことは自然や地球そして人間とのつながりを育むことになるのか、と感じました。
 下山途中では、「絶滅危惧Ⅱ類にあるミヤマシロチョウを守っています」、と言ってパンフレットをいただきました。その方は湯ノ丸牧場から湯ノ丸山に僅かに棲息しているミヤマシロチョウを調査・保護していました。パンフレットには、この蝶の生息地は標高1400㍍以上の比較的高い渓流沿い、稜線、牧場などの疎林だが、この地は開発や植林、過度の採取などによって失われてしまったそうです。
 私の幼い頃は自然のど真ん中で遊んでいましたので、自然とのつながりは食(田植えや稲刈り、麦踏み、キノコ取り、山芋掘りなど)、小鳥やウサギの飼育で感じていました。しかし、地球とのつながりを実感できたのは恥ずかしながら40歳過ぎてからでした。下山しながら思ったことは、自然と触れ合っただけでは趣味の域に留まってしまうので、そうではなく体験したことを振り返えり、様々な疑問を探って観るということを幼い頃から養っていくことが大切だ、ということでした。
 今週末の「森びと親子自然教室」では、湯ノ丸山で出会った親と子の自然との触れ合いを参考にして森の宝物を探してみます。

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2009年8月14日 (金)

日本の森は元気がない

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 今月7日夜、東京都文京区内で「平成 熊あらし」という映画を観ました。上映前に岩崎雅典監督は、「2006年、ツキノワグマは5,185頭捕獲され、そのうち4千頭以上が捕殺された。豊かな森のシンボルだった熊が、今なぜ人里に出没するようになったのか。そこには複雑な関係が絡んでいる。人は、熊とどう付き合えばいいのか、を考えてほしい」、と挨拶された。
 映画に出演していた自屋マタギの工藤さんは、「8年前からブナの実が森全体で豊作になるという状況でなくなった。これは人間の影響だ」、と話していました。この時季、ツキノワグマは蟻や蜂を食べ、間もなくウワミズザクラ、ミズナラやブナの実を食べて冬眠に入ります。足尾の「森びと広場」対岸の松木川沿いには熊が木を剥いで蟻を食べた跡があります。以前、テレビで足尾の熊が赤く熟したアキグミの実を食べている様子を見ました。
 越冬する熊、冬眠中に出産する雌熊にとってはそれに耐える栄養豊富で十分な餌が必要になります。実のなりが少ない、実のなる周期が長い、実がなってもミネラルが乏しくては、熊は生きていくために必死なります。映画を観て、背に腹は変えられず、人間との境界線を越えざるを得ない現状はマタギの工藤さんが言うように、「人間の影響だ」と思いました。
 ナラ枯れ調査を2回行って実感したことは、森があっても木は元気がなく、衰退している森になってしまっている、これは人間が犯したものだということです。そのような気持ちを大切にして、12日には事務局メンバー、JREUのOBの皆さん、そして今月も東京から駆けつけてくれた井本さんたちが苗床の草取りをしてくれました。ありがとうございました。

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2009年7月31日 (金)

人間のプライドを棄てて、森の悲鳴に応えよう

P7300109  集中豪雨によって自然災害が発生し、各地で犠牲者が出ています。日本で降っている雨の酸性度(1984年~1992年調査)はpH4.8~pH4.5と言われています。この雨が日本各地で何十年間も降り、地中に浸透しています。木や魚などの生き物が耐えられる酸性度はpH5.2と言われています。そうすると森の中にある湖に棲んでいる魚、森の土から養分を吸って生きている樹木は、何十年間も耐えて生きていることになります。
 小国町貝少地区から採取した土を蒸留水に入れ、2時間程経った上澄みをpH器で測ってみましたらpH4.5~pH4.7でした。この土は地上から20㌢程下のものです。貝少地区の樹木は生き物が耐えられる酸性度以下の土壌で生き続け、その姿は全ての生物達のためにこれからも精一杯生き続けていこう、というしています。それがナラ枯れとして無惨な姿になったり、幹に「恐怖の芽」を出して悲鳴を上げて衰退している樹木です。2回のナラ枯れ調査を行い分かったことは、衰退した幹にはカシナガが侵入していることは確かですが、枯れた原因はカシナガでなく、樹木が悲鳴をあげなければならない土壌に原因があることでした。
 調査を行ってみて、樹木の悲鳴を複眼的に聴く謙虚な姿勢が大切であることが分かりました。人間の都合で悲鳴を聴のでなく、森に生かされている一員として土壌の応急処置を急がなければ、と考えさせられました。P7290093

2009年7月30日 (木)

悲鳴を上げている小国の森

P7290048  先月に引き続き、28日から29日かけてナラ枯れ調査を行いました。場所は山形県の大朝日岳麓と西置賜郡小国町の貝少地区です。結果は、朝日鉱泉ナチュラリストの家から鳥原山へ向かう途中のミズナラ、貝少地区のミズナラとコナラ、そして小国町周辺のクリ等は衰退しており、悲鳴を上げているようでした。
 佐渡の調査と同様に、ミズナラ、コナラ、クリの幹には恐怖の芽が出ており、衰退している木にはカシナガが侵入しているようでした。貝少地区では、小国町役場の二馬係長さんに現地を案内して頂き、ナラ枯れ対策の説明をしていただきました。
 帰り道には、小国町の農家の方の森に入り、クリ林を調査しました。小国町役場の報告では、クリにもカシナガが侵入し、クリを枯らしている、とありました。調査の結果、クリは枯れたり、衰退していましたがカシナガは侵入していませんでした。衰退率は60%~80%のクリが目立ちました。 佐渡との共通点は、佐渡はミズナラ、コナラが枯れていたがカシナガが侵入していない木があったこと、小国もクリが枯れ、衰退していたがカシナガが侵入していない、ということでした。
 木は根、根は土ですので、採取してきた土壌に原因が隠されているのではと思います。“酸性雨 集めて悲し 最上川”という感じでした。2日間の調査でしたが無事に終わることができました。
 小国町役場の二馬係長さんと職員の皆さん、ご協力ありがとうございました。朝日鉱泉の西澤さん、小国町の農家の方、そして朝日鉱泉て話が弾んだ仁木さん、米澤の加藤さんお世話になりました。
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2009年7月22日 (水)

人間は自然を支配できない

P7211269  山口県内で土石流が発生し、住民の皆さんが犠牲になりました。日本海に停滞していた梅雨前線上に暖かい気流と寒い気流がぶつかって、観測史上はじめての集中豪雨が原因と報道されていました。
報道された土石流の写真を見る限りでは、上流の森は針葉樹ばかりではないように見えました。テレビを観ていて、報道機関は土砂が流れ出す原因をもっと複眼的に取材して報道してほしいと思いました。
 足尾・臼沢の森で植樹して感じることは、大雨が降ると雨水が森づくり用に造った階段の上(樹を植えていない)を流れていたことが分かります。樹を植えて小さな森になっている所はその流れが見えません。自然の力の素晴らしさを改めて感じ、反面、コンクリートや鉄の弱さ、人間の技術の脆さをつくづく感じます。私たち人間は自然の偉大な力を支配できない、ということを忘れてはならないと思います。
 ところでテレビ報道で、「最初は透きとおった水でしたが、直ぐ、濁った水に変わったので避難しました」という住民の声を聴き、このような瞬間の判断は親から、自然から学び、それが生命を救うのだ、という気がしました。
 昨日は、小雨の中を苗床の草取りと臼沢の森づくりの準備をしました。写真のような中から、JREU八王子の組合員の皆さんの笑い声や階段用の縦杭を打つ音が聞こえていました。

2009年7月15日 (水)

「ルソン島でふるさとの森づくりをします」、と意見交換

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 関東地方で梅雨あけ宣言(7/14)がありました。「どくだみ荘」の窓から見える足尾の朝は青空が広ろがっています。昨日に続き、今日も暑そうです。
 昨日の育苗作業は苗床の草とり、撒水を行いました。夕方4時には、フィリピン・ルソン島で活躍しているネットワークNGO代表とこのNGOを支援しているWE21ジャパンの皆さんが現地を訪れました。
 このNGOは、ルソン島で進められている大規模鉱山開発に対して、持続可能な地域の環境や先住民族の人権を守るための活動を推進しています。「森びと広場」を訪れた皆さんは、荒廃地化しているルソン島の自然を回復したいと、私たちの森づくり活動を視察してくれました。
 彼らとの意見交換には、13日から育苗作業に来ている神奈川県の皆さん3名、昨日来てくれた東京中野区の井本さんそして事務局スタッフが同席しました。この場では、高橋副理事長から森づくり活動の報告が紹介され、1時間ほどの意見交換が行われました。その後、松木の杜に移動して記念の植樹を行いました。会場では、清水事務局次長のアドバイスを受けた皆さんは久々の道具と土に触れ、苗木を植えました。NGOのアリスさんは、現地を去る時「私も現地でふるさとの森をつくります」、と言ってくれました。通訳の方からは、アリスさんはとても興味をもっているようでした、と付け加えくれました。
 6時過ぎまで交流に付き合ってくれましたボランティァの皆さん、ご協力ありがとうございました。P7141570

2009年7月 4日 (土)

情けない日本の温室効果ガス削減目標

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 足尾で植樹してから1ヶ月が過ぎました。僅か12~13㌢立方体のポットとの中で2~3年間も我慢していた若木が、参加者の期待に応えて23種・3361本は足尾の大地に元気な根を張っています。臼沢の森での辛かった黒土運び、松木の杜でのきつかった穴掘りと穴埋めでしたが、若木たちは雨と太陽からエネルギーの素を吸収しています。参加者のみなさん、ありがとうごさいました。
 先月、参加者から感想が事務所に届きました。「今回、はじめて参加させていただき、とても貴重な経験をしました。私たちは木がなければ生きていけないのに、木をたくさん伐って消費しています。そんな社会に生きて、人間が破壊した山に1本でも木を植えられた経験ができたことを幸せに思います。数十年後に大きくなった木に再会するのが楽しみです」と。(関東地区に住む若いアイヌ12名によるアイヌ語で歌い、伝統舞踊を踊るグループの一員・酒井美直さんより)
 足尾の植樹から10日後、麻生首相は温室効果ガス排出削減中期(2020年)の国内削減目標を、2005年比・15%にすると発表しました。発表前には、経団連や連合等に意見を聞いたそうですが、経団連と連合の意向は削減目標を上げないでほしい、という内容でした。削減目標は2005年が基準年ですが、2005年は京都議定書の排出目標から7%以上も増加しています。この年を基準年にしているのですから、世界各国からは失笑されても仕方がありません。その上、排出量売買による削減目標達成を図る、とした意図があるようでは、「世界の共通課題への認識の低さを示している」と言われるでしょう。(写真:上は臼沢の森、下は松木の杜。29日撮影)

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2009年6月28日 (日)

多くの生物が小さな社会を形成している足尾の森

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 おはようございます。ここ数日、足尾は良い天気が続いています。先月30日に植えた苗木は大地に根を伸ばし新芽が顔を出しています。今月19日、松木の杜の小さな畑に蒔いた大豆、ヒマワリも芽を出しました。
 昨日は第11回「足尾・ふるさとの森づくり」の準備をしました。私たちと同じようにほぼ毎日、松木の杜を訪れている方がいます。その方は何時も望遠レンズで臼沢の森方面を観ています。話を聞いてみると、ここ松木沢周辺の動物達を撮影しているそうです。冬はロシア方面かに飛来する猛禽類をはじめ冬鳥や夏鳥、そしてほツキノワグマ、カモシカ、タヌキやキツネ等がこの地に棲息しているそうです。また、この方は可愛い○○○○の親子が棲息しているのを発見し、現在はこの親子の様子をウオッチしている、と小さい声で教えてくれました。また、この方は「このような動物達がこの地に棲息していることは自然が豊かになりつつあるからだ」、と言っていました。「皆さんたちが森をつくってくれているからです」、とお礼を言われました。人間の愚かな行為で自然破壊してしまったこの地も、人間の知恵と継続してた力で生態系が成り立っているようです。
 今日の森づくりの主役はEU高崎の皆さんです。約90名の皆さんが臼沢の森と松木の杜に木と心を植えます。

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2009年6月15日 (月)

ナラ枯れの原因が見えてきた

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 足尾は雨が降っています。日中は曇り時々晴れでしたので、育苗作業をするには快適な天気でした。本日は事務局員有志と事務局スタッフによって苗床の草取り作業をしました。臼沢の森では今月28日に森づくりを行うJREU高崎の若者たちが草刈りをしていました。
 また、事務局員は草取りと並行して新潟県佐渡市のナラ枯れ地域から採取した土の酸性濃度を測りました。土はドンデン山周辺、安養寺地区、白瀬地区、妙見山地区、乙和池周辺から採取してきました。酸性濃度をpH器で測ったのは、ナラ枯れの原因は土壌に隠されているのではないか、との疑問を解くためです。結果は、ドンデン山のpH6,6から、妙見山のpH3.8でした。多かったpH値はpH4台でした。
 pH5になるとアルミニウムが溶け出す言われ、松茸菌や微生物が死ぬと言われています。測定した事務局員たちは、「何十年も前から降り続いた酸性雨によって、土壌が酸性化して赤松が枯れ、その後にはミズナラ、コナラ、ブナ等の広葉樹が枯れてしまったのか」、と話し合いました。とにかくこの状況を放置していると、日本の森ははげ山になってしまう大変な事態になってしまう気がしました。私たちは日本の森を守るために、今後も各地のナラ枯れを調査していく計画です。(pH器は、「ビー・エー・エス㈱のKS701」を使用)

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2009年6月13日 (土)

佐渡の森を守る情熱民の炎が燃え上がる!

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 佐渡の自然を愛し、文化を大切にする方々の案内でナラ枯れ調査は終わりました。昨日の天気は晴れ時々曇りでした。絶好の調査日和の中、午前中はブナ林の調査、午後は小佐渡の植生を観察しました。
 ブナ林の調査は、大佐渡スカイライン沿いのブナ林、乙和池のブナ林で行いました。ブナは幹の周囲が250㌢程、樹高は20㍍程ありました。多くのブナが沢山の実を付けていました。「今年はブナの実が豊作だなあー!」と話し合いながら、りっぱなブナ林の植生を調査しました。昔の佐渡島民はブナを「ヤマンバノキ(山姥)」と呼び、その意味は「美しい女神」ということでした。確かに、この意味が分かるような気がしたブナ林でした。
 ところが樹高20㍍程の頭付近を双眼鏡や望遠レンズで観てみると、葉が付いていない梢、葉が付いていてもその密度が薄い、ということに気づきました。上の写真のように左側のブナの葉の密度が濃く、右側が薄くなっています。このようなブナは幹に小枝を伸ばししていました。この小枝は、ドイツ人が言う「恐怖の芽」(宮下理事の言)ですが、地上から2㍍程から上に小枝を付けていました。
 モリアマガエル、アカショウビンの鳴き声を聴きながら、土壌の採取をしました。午後は、小佐渡に足を伸ばし、カシワ、シロダモ、タブノキ、アカガシ等を中心に、その生態を観察しました。夜は19時から、「トキどき応援団」(NPO法人)主催の学習会に出席し、宮下正次理事が講演をしました。22時半頃からは、佐渡のナラ枯れ防止策の話に熱中しました。
 今日、両津発9時30分のジェットフォイルで帰路につきました。牧さん、中川先生そして専門学校の学生のみなさん、「桃華園」のみなさん、こころ温まる案内をしていただきありがとうございました。

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2009年6月12日 (金)

ナラ枯れの原因は土壌に隠されている?

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 おはようございます。今日は晴れのようです。朝陽が眩しく感じます。昨日の調査は古澤諭吉さんの案内で、古澤さん所有のタンデラ地区のコナラ山の枯木でした。
 古澤さんは農・漁業を営んでいる方です。コナラの原木でマイタケ、ナメコ栽培、椎茸栽培などを行い、今頃からはサザエ、アワビそして夏になると牆を捕っています。案内されたタンデラ地区の山ではナラ枯れがひどく、古澤さんは「この山のコナラは今から15年~17年前からおかしくなっていた」と言っていました。続いて、白瀬地区の山も案内してもらいました。
 両地区の枯れたコナラを伐った木の年輪を調べてみると、今から15年~17年前から1年で2㍉程度の生長でした。殆どの伐り株の年輪を調べてみると、5㍉程度の生長をしていたものが急に生長が鈍っていたことが分かりました。
 午後には、専門学校の学生達と白瀬地区の自習調査を行いました。白瀬地区の調査ではっきりしたことは、コナラ、ミズナラの枯木、80%の死にかけている木、50%死にかけている木を数十本はカシナガの被害に遭っていないことでした。枯木の原因は「カシナガが運ぶ病原菌」と言われていますが、タンデラと白瀬地区の枯木にはカシナガがナラの木に浸入した形跡はありませんでした。
 私たちは枯木の周辺の土を採取してました。ナラ枯れの原因は土壌に隠されているのではないかと思っています。そこで私たちは、必死になって生きようとしているコナラ、ミズナラの周辺に持参した炭粉50㎏を散布しました。元気になってくれよ!、と言葉をかけて炭粉を蒔きました。
 夜は、佐渡の自然を愛し、文化を大切にしている皆さんと交流会を行いました。

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2009年6月11日 (木)

日本の山をはげ山にするな

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 おはようございます。昨日から新潟県佐渡を訪れています。目的はナラ枯れ調査です。1980年代から日本海沿岸を中心に発生しているナラ枯れが、今や22府県に拡大しいる現状を把握するためです。特に、その原因は何か、を突き止めたく当委員会内に設置した日本の森を守るための「提言作成委員会」のメンバー2名とカメラマン1人が佐渡に入っています。
 昨日は佐渡で植物調査をしていた牧さん、現在も植物調査・研究を続けて中川清太郎さんの案内で大佐渡の梅津川上流周辺を観て回りました。独立行政法人・森林総合研究所等によれば、ナラ枯れはカシノナガキクイムシ(以下、カシナガと言います)が運ぶ病原菌(ラファエレア・クエルキボーラという糸状菌)が原因と言われています。
 1980年以前も散発的にナラ枯れの被害がありましたが、その後、カシナガはどうしてミズナラやコナラ等に飛来し、その被害が拡大しているのか、を突き止めたいと願っています。木は根、根は土といわれてますが、ミズナラやコナラが何かの原因で弱わり、この弱った木にカシナガが飛来し、菌を運んでいるのではないか、と私たちは思っています。つまり弱りかけている原因を突き止めることができれば、と願っています。
 現在は小雨ですが、8時30分から調査開始です。
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2009年6月 9日 (火)

温室効果ガス削減を政争の具にするな!

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 「私の趣味の一つは車です。普段は環境を破壊する側にいるように感じていたので今回の森づくりに参加した。これからも環境問題を実感しながら車と関わっていきたい。」、「過去にこんなにも自然が破壊されたことに驚くとともに、関係する企業の責任も感じる。少しでも役に立てば今後も参加して生きたい。」、「大変な場所での植樹なのでびっくりした。しかし、多くの人たちが一生懸命に森づくりをしていることに感激した。これからも身近なところから環境について考えていきたい」、という感想が本日、事務所に届けられました。届けてくれたのは、東京からパスを貸し切って参加してくれた労働組合の皆さんでした。ありがとうございました。
 ところで麻生首相は明日、温室効果ガス削減目標を発表するらしいが、それに先だって労働組合幹部からも意見を聞いた、と新聞報道されていました。報道によると、連合高木会長は「雇用の問題にも十分配慮してほしい」、基幹労連や電力総連は「05年比4%減(90年比4%増)」という考えを麻生首相に示したと言います。この記事を読んで、私は耳を疑ってしまいました。
 現場の組合員の皆さんは森づくの現場に立って、環境意識を改めているのに、政治の場では温室効果ガス削減問題が衆議院選挙戦術に利用されてしまうのか、と思いました。(写真は東京都の皆さんです)

2009年5月26日 (火)

松木の杜にニラを植えました

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 アジアの孤児になる事態が発生しました。北朝鮮が2回目の核実験を行った、と報道されました。どんな理由を言っても許されるものではありません。世界の心が北朝鮮から離れるばかりです。本日は、軽トラックのラジオからそんな報道を耳にしながら黒土を運びました。
 一昨日は、臼沢の森づくり会場の環境を整え、山と心に木を植える参加者の皆さんを待つばかりにしました。松木の杜では、小さな畑にニラを植えました。このニラは先週、事務局スタッフの松村さんが持ってきてくれました。「鹿はニラを食べないから」と、言っていたので一晩外に置いてみました。今日、ニラを見てみると、言われたようにニラは鹿に食べられていませんでした。そんなわけでニラを松木の杜内の畑に植え替えしました。
 10数年前に北朝鮮を訪れた時、農民が大切そうにニラを握りしめていた場面に遭いました。豪雨による川の氾濫、農作物は流され、また流されて食糧危機に追い込まれた農民にとって一握りのニラは大切な野菜です。
 豪雨で川が氾濫しないように、水の調整機能ができる森づくりは急務です。

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2009年5月21日 (木)

本物の森づくりファンクラブが神奈川県で発足

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 昨日は五月晴れで日差しが痛いと感じる日でした。昼の気温は26,5度でした。昨日の作業は朝から1,000袋の腐葉土運搬と10㌧ダンプ2台の黒土の運搬準備でした。その後は、松木の杜周囲のネット張り準備をしました。また、「森びと広場」入り口では森びと強者4名が看板支柱を建ててくれました。黒土は群馬県桐生市のあかぎ園芸さんが私たちの森づくりに無料で提供してくれました。あかぎ園芸さん、ありがとうございました。
 夜、7時からは横浜市で「森びと神奈川県ファンクラブ」が発足しました。森びとインストラクターが中心となって、19名が会員となって足尾と神奈川県内で、“山と心に木を植える”運動を広げていく仲間の絆が形になりました。代表に就いた田岡耕司森びとインストラクターは、「私たちは森づくりを通じて、木に生かされいることに感謝し、その自然に謙虚になっていく人と人との結び付きを大切にしよう」、と訴えていました。
 宮脇昭最高顧問の地元で森びとファンクラブが結成されました。神奈川県のみなさんありがとうございました。

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2009年5月17日 (日)

研究者を癒やす「鉄研の森」(仮称)を散策

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 樹齢200年はあると思われる巨木を観てきました。場所は国立市にある鉄道総合研究所内にある森です。クヌギ、イイギリ、ケヤキ、クスノキ、ヤマクワ、エノキ、エゴノキ、サクラ、シラカシ等…が、天高く伸びていました。クスノキやケヤキ等は5階建ての建物よりも高く幹が伸び、横には約10㍍も枝を広げていました。また、幹の周囲が2,3㍍もあるクヌギも生えていました。針葉樹はアカマツ、ヒマラヤスギ、サワラが生えていました。特に鮮やかであったのは白い花をびっしり着けていたエゴノキでした。(下の写真)
 案内してくれた方の話によると、夏にはカブトムシがクヌギに群がっているそうです。エノキが多かったのでオオムラサキは飛んできますか、と尋ねてみると、「気にしていないので分からない」と言っていました。散策を終えて、200年前はどんな森だったのか、とイメージを膨らませてみました。しかし、そのイメージは現実味が薄いので、研究所の前の民家にもこの森に生きている木々と同等の木々がそびえ立っているので、このお宅で話を伺ってみることにしました。
 とにかく素晴らしい森でした。今度はビルの屋上から木を観たいと思いました。また、育樹の歴史や担当者の話も伺えると、人と森との繋がりが見えてくるようです。案内をしてくれました皆さんありがとうございました。

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2009年5月13日 (水)

松木村が蘇りました

P5130982  100年以上も前の松木村が描かれました。初夏を迎える松木村ののどかな雰囲気が漂う絵です。村の通りには馬を引いて歩く村人の様子を観ていると、ゆっくりと時間が過ぎていく感じです。手前の畑には桑の木の若葉が輝き、中間の畑では小麦や野菜の葉が揺れている感じもします。遙か遠方の皇海山からは爽やかな風が吹き、松木川には美味しい水が注がれているようです。
 この絵は30日に開催する第9回「足尾・ふるさとの森づくり」に公開したい、とお願いし描いて頂いていました。作者の加藤善昭さんは、栃木県立博物館での調査、足尾地元の川田勉さんからの聞き取り等を繰り返し、集落の様子は色々な画集からイメージを膨らましてきました。絵の大きさはM100号(約162㌢×97㌢)です。
 この絵は、今年から始める「松木の杜」づくりのイメージ画として描いてもらいました。そして、杜づくりではこの絵に描かれている村人の生活から、互いの境遇を分かち合い、支え合って生きていくことの大切さを育んでいけたらと願っています。この絵は、間もなく設置する看板に掲出していきます。写真は杜びとインストラクター・田岡耕司さんの作品です。加藤さん素晴らしい絵を描いていただき感謝します。

2009年5月12日 (火)

ほのぼの手紙に激励されました

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 昨日、事務所に手紙が届きました。差出人は「夢屋」さん。夢屋さんは「森びとタオル」を作っている地域作業所です。手紙には、「ご注文ありがとうございました。おかげさまで仕事の少ない時期に、とても助かりました。“森びとタオルだわ!”といいながら、ミシンかけやラッピングに、皆、張り切っておりました。本当にいつもありがとうございます。新聞に紹介された記事を同封させていただきます。よろしければお時間のある時にお読みいただければ幸いです」、と書いてありました。
 夢屋さんでは、養護学校を卒業した人たちが働いています。新聞によると、作業所の開所年は当委員会活動開始年と同じ2005年です。現在、男女13人は絞り染めの手縫いから藍染めを行ったり、ミシンでタオルに刺繍したりしています。皆さんは記事の写真のように仕事を楽しく、そして真剣にやっています。昨年秋に会った時も、写真のようでした。
 夢屋のみなさん、心あたたまる手紙を送っていただきありがとうございました。

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2009年5月11日 (月)

五月晴れの下で心の花見

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 あと25分で11日ですが、少しだけ報告します。何故なら、24年間も桜の木を植え続けてきた旭川MS会のメンバーがブログを読む、と言ってくたからです。
 今日は旭川市の江丹別町で桜の木を植えました。写真のように24年前から植えた桜は市の牧場跡地に根を張り、多くの市民に自然の素晴らしさの感動を発信しています。今日はこの植樹の手伝いをしてきました。
 旭川MS会の皆さんは足尾・ふるさとの森づくりに2回参加してくれています。その上、旭川市内の山崎さんからは桜の苗木を頂戴しています。この桜の苗木は大きくなり、先月の23日に開花しました。そのお礼と報告を兼ねて桜の植樹に参加しました。MS会の皆さん、お疲れ様でした。来年は植樹25年ですので、楽しく意義のある集いを創りあげましょう。二日間ありがとうございました。
 深夜になってしまったのは自然の恵みを大切にし、生きていくための本物を生活の中で追求している佐々木さんの話を伺っていたからです。この話は後日、報告します。

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2009年5月 9日 (土)

自然の術は動植物に声をかけて学ぶ

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 今日は朝一番の飛行機で旭川に着きました。明日、江丹別で行われる桜の植樹際に参加するために、早めに現地を訪れました。それは以前から伺ってみたい高橋武市さんが園主の「陽殖園」に行くためでした。
 この「陽殖園」は、旭川空港から車で約2時間程走った所の紋別郡滝上町にありました。道路の左右は牧場がつづき、その奥は残雪が残る山並みが連なり北海道らしい真っ直ぐな道路を友人の運転で走りました。「陽殖園」には昼頃に到着しました。園の入り口を入ると高橋武市さんが椅子に座って、「いらっしゃい。どこから来たの。たばことライターはここに置いてください。このベルト(鈴の付いた)を締めてゆっくり見て下さい」、と言って園内の案内図を渡してくれました。
 この園は、武市さんが中学2年生の時から作り始め、今でも作り続けている自然を再生する花園です。武市さんは鹿、タヌキ、ウサギ、鳥たちと生活をしています。春になるとカケスが武市さんの話し言葉を真似して鳴く、ということでした。こんな話を聞いていると、私たちの近くにタヌキが現れ、武市さんは「これ、ポンキチ」と呼び止めましたが、タヌキは振り向きもせずに、武市さん宅の方へ歩いていきました。突然、武市さんは昆虫採集用の網を取り出し、私たちの頭上に飛んできた大きな蜂を捕ろうとしましした。蜂は逃げましたが、「この女王蜂を捕まえると蜂の巣をゲットしたのと同じなんだ」と残念そうな顔をしていた武市さん。このように武市さんは常に、動植物に声をかけている、と言っていました。
 武市さんは、人間に自然を合わせるのではなく、自然に人間が合わせて生きる、だから植物も自然界で選ばれたものを大切にしている、といいます。そのせいかサクラソウ、スイセン等の花の色は鮮やかでしたし、エリカ(上の写真)もしっかり地に根を張って花を咲かせていました。
 自然の術を熟知している高橋武市さんに会うことができ感謝しています。話を聞ける時間が少なかったことが心残りでした。武市さんありがとうございました。
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2009年5月 5日 (火)

集落民の心と自然を守り、育てる皆さんに感動

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 今日はこどもの日です。昨日は、千曲川を悠々と泳いでいる鯉のぼりを見ました。新緑が重なり合った千曲川の両岸に映えている鯉のぼりの姿は、車を運転している私の心を和ましてくれました。
 昨日は、車を運転して新潟県十日町から六日町へ向かった山村・枯木又地区集落を訪れました。目的は、この集落の「自然や文化・歴史・産業に根ざしたエコ・ミュージアムを創造し、守り育てていく」ことを目的にしている「枯木又エコ・ミュージアムの会」の皆さんとの交流でした。会の皆さんは昨日、2009年度総会を開催していました。総会後に森づくりの話をしてほしい、と会の大塚忠孝(森びとインストラクター)さんから当委員会に依頼されたので、高橋佳夫副理事長が枯木又地区を訪れました。話は「人は森と生きる」と題して、当委員会の森づくりの話をしてきました。
 講演の後は懇親会です。懇親会には地元会員、各地から集まった一般会員の皆さん50名程が出席していました。料理は地元の女性たちの手作りです。山菜料理に有機栽培の赤米ごはん、そば団子など美味しいご馳走を頂いた会の皆さんは、この地の文化の話に花を咲かせていました。30分も経った頃、会の事務局長・山田栄さんが「天神ばやし」を歌い始めましたら、会の皆さんも声を出して調子を合わせていました。尋ねてみると、この歌が終わるとそれぞが席を立って更に懇親を深めるていいのだ、ということです。
 枯木又集落の皆さんと各地の皆さんが自然の中で、生活の中で解け合っていく過程では“支え合う、分かち合う”心が育まれていくようでした。春川修会長、会の皆さんありがとうございました。また、合いましょう。

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2009年5月 3日 (日)

幸せは歩いてこない

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 “体験コーナーその3”は「熱帯雨林」を知ることです。地球地表の約6%しかない熱帯雨林は、現在、秒速で0.5㌶~0.8㌶が減少・劣化しているそうです。この熱帯雨林の役割は人間が生きていくうえで大切なことをしている、ということをこのコーナーでは実感してもらいます。
 地球上で吐き出される二酸化炭素を吸収し、そして酸素を生産・供給している熱帯雨林、その他にも私たちが生きていく過程で必要な様々なものを提供してくれている熱帯雨林を知ってもらい、反面、この大切な熱帯雨林を破壊しているのが一部の人たちであることも実感してもらいます。
 今日は憲法記念日です。地球温暖化問題が全世界の問題になっていますが、この問題解決には人間中心の考え方を根本的に変えなければならない、とサルは人間を諭しています(当委員会出版の『サルと人と森』)。梅原猛さんもそのようなことを述べています(『人類哲学の想像』・小学館)。現代においては一部強者中心の考え方と、それを支えている社会の仕組みが問われています。                                 
 宮脇昭先生も常に述べていますが、自然の一員でありながら自分を特別な存在と思いこみ、やがて自分を世界の中心に据え、自然と人間を支配できるとして戦争や生産活動によって自然環境を破壊し、現代ではそのしっぺ返しに遭い、自分が生きていく世界を失おうとしています。環境問題は極めて政治課題であることを昨年のフォーラムで学びました。生きていることの幸せを追求していくには、憲法9条を守り抜かなければならないことを強く感じている朝です。

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2009年4月30日 (木)

どうしてそんなに木は長生きできるのか

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 “体験コーナーその2”は「丸太切り」です。左右に取っ手が付いたノコギリを二人で使い、丸太を切ってもらいます。そして切った面の年輪を算えて、丸太の年齢を計ってもらいます。そこで“なぁーんでか?”がはじまります。Q1、「木はどうしてこんなに長生きできるのか」、と。
 日本の森には、幹周りが40㍍以上・樹齢1千年以上のイチイ、根回り16㍍、樹高34㍍のカツラ、沖縄では400年以上生きているサキシマスオウノキ、屋久島では1千以上生きている屋久杉等が生きつづけています。環境省によると巨木の基準は、幹周り3㍍以上、太さ1㍍以上となっており、全国に約5万6千本生えているそうです。
 丸太切りでは、年輪を算えることから樹木の逞しさ、その逞しさは太陽と微生物から栄養を得て、そして脇役が主役を支えている、という生物社会を考えてもらいます。それを私たちが自然の恵みとして得られていることを実感していただきます。森に入ると山桜の花の可憐さ、ブナの逞しさ等を感じますが、事務局は“なぁーんでか?”に挑戦してもらいたい願っています。
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2009年4月29日 (水)

0157菌を破壊する青森ヒバの役割

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 5月30日(土)に開催する第9回「足尾・ふるさとの森づくり」では、体験コーナーを用意します。この目的は、人間は森に生かされていることを参加した方々に実感してもらうためです。
 その一つが、青森ヒバの効能体験です。以前紹介しました宮大工・加藤吉男さんは300年~400年間生きてきた青森ヒバを使って神社やお寺の新築、修理・復元をしています。ヒバを伐って、自然乾燥させてから人間のために役立てようと、宮大工の技能によって命を吹き込まれさらに何百年以上も生きつづけます。
 体験コーナーでは、加藤さんから提供されたこの青森ヒバを鉋で削ってもらい、削ったヒバを持ち帰っていただきます。青森ヒバは、抗菌力、防虫、防臭効果を発揮します。弘前大学教授・佐々木甚一さんチームの実験によると、青森ヒバに含まれているヒノキチオールは0157菌等の増殖を完全に抑え、抑制する、と述べています(先生のホームページより)。また、α‐ビネンという成分は私たちのストレスを和らげる、と言われています。
 体験コーナーでは森に入ると清々しい、気持ちが良い、ということだけで満足するのでなく、“なぁーんでか?”ということを解ったうえで森の素晴らしさを、実感して頂きたいと願っています。
 石川啄木も渋民村の生活から森に生かされていることを体験し、それを科学的に修得したのでしょうか。啄木がサルに扮して人間を諭している絵本・『サルと人と森』が本日の『上毛新聞』に紹介されました。上毛新聞社のみなさんありがとうございました。
P4160823 下の写真はカタクリです。この可憐な花や根にも私たちはお世話になっています。

2009年4月25日 (土)

鹿の贈り物に感謝!

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 今日は一日中雨が降っています。森びと広場の気温は9度(9時)でした。昼頃になっても気温は変わりませんでした。若葉の黄緑色が鮮やかなので、午前中は森びと広場周辺を散策しました。
 カッパに雨が当たる音だけを耳にしながら、松木渓流の対岸と広場周辺を2時間ほどかけて、下草の生え具合、動物たちの生活状況、木々の種などを見て回りました。ヤシャブシの幹から雨が流されて、根元には白い泡がつくられていました。沢の支流の崖ではキセキレイが巣づくりをしていました。草原を歩いていると鹿の贈り物が落ちていました。この時季、雄鹿の頭から角が落ちます。その角が贈り物です。この贈り物は、来月30日の森づくりに参加する皆さんに見せてあげようと思いました。今月上旬、事務局は「絆の森」の食害防止の網に鹿の角が絡まっている場面に遭いました。即、網を切って網から角を解いて、雄鹿を解放してあげました。贈り物はこの雄鹿からのものなのか、と思いました。
 今日は、107名もの命を奪い、多くの怪我人を出したJR福知山脱線事故から4年目です。当時のことを思い出すと、事故原因の背後には、社員の良心を奪う経営者の社員管理の行き過ぎがありました。ここ数年、消費者の命を粗末にする一部経営者の犯罪、社員をゴミ同然に掃き溜めに掃き捨てる経営者の傲慢さが目立っています。経営陣の皆さんは、社員から贈り物が届く経営者哲学を忘れてしまったようですね。
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2009年4月21日 (火)

集落人の心は森からつくられる

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 今日は十日町から枯木又という集落に行ってきました。訪問の目的は、来月のGW期間中にこの地を訪れ、この地で「豪雪山間地集落の価値を守り、育て、伝える」活動をしている皆さんと会えるからです。
 この地とこの地の価値を守り、育て、伝えている「枯木又エコミュージアムの会」を紹介してくれたのは第3期森びとインストラクターの大塚さんです。彼はこの地で、是非、いのちの森づくりをしたいと願い、この素晴らしい集落の文化を14年間も守り続けている皆さんと森びととの交流をつくりました。
 田圃では三色米(緑米、黒米、赤米)を作り、それは上流のブナ林が貯えたミネラル分の多い水によって身体に良い美味しい米と言われています。現場を見ると、風雪に耐えて100年以上も生きているブナが頑と地に根を張り、ブナと共にホオノキ、カエデもしっかりと根を張っていました。その主木を支えているのが低木のユキツバキ、アオキたちでした。感動したのはユキツバキの群生でした。雪の重さで幹は斜めになっていますが、その幹には小さく可憐な赤い花を付けて、群れをなして主木を支えていました。
 現地を見て感じたことは、集落の生活と文化を支えている森の価値を評価したミュージアムになってほしい、と思いました。それにしても森と生きる集落の文化は現代に生きる私たちが忘れている大切な心かもしれません。
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2009年4月20日 (月)

ひとつの流れになりつつある?環境問題

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 代々木公園周辺の木々や明治神宮の森を歩くと初夏を思わせます。この時季、クスノキは古い葉を落として新芽をだしています。神宮の森の中を歩くと爽やかな気分になります。
 昨日は「2009東京アースデー」を見てきました。最寄り駅の原宿駅ホームから改札まで辿り着くのに普通なら2~3分で行けるのに、昨日は15分もかかりました。会場を歩くと環境グッズの販売、健康食品の販売そしてエココンサート等が殆どでした。訪れている方の殆どが若者達でした。 色々な視点から環境問題に関心をもっている方々が、缶ビールを片手に訴え、商売していました。また、労働組合の方もブースで環境問題を訴えていました。環境問題の関心度は高いなあー、と思いました。また、この関心が人の心を動かし、実行力に転化されればいいなあー、とも思いました。
 アースデーには日本の若者達が多く集まっていましたが、神宮の森を散策している方々の多くは外国人でした。こんな様子を見て、外国人の方々は生活の中に森が入っているのかなあー、と感じました。アイヌ古布絵作家・宇梶静恵さんの話が頭をかすめました。
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2009年4月19日 (日)

森びとの心に木を植えています

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 昨日はみちのく「森びと塾」の第1回目でした。塾は、爽やかな雪解けの風を身体に感じながら受けることができました。カリキュラムは、①松尾鉱山の歴史②食害調査③育樹調査④“山と心に木を植える”森づくりの復習⑤今年の森づくり事業に向けて、でした。塾にはインストラクター16名が出席し、改めて森づくりの重要性を意思統一しました。
 東京「森びと塾」に参加した宮原哲也さんから感想文が届きましたので文の一部を紹介します。「森びとプロジェクト委員会の考え方、思想というのが十分でていて、とてもよかった。“山と心に木を植える”この思想がでていたと思います。場所も、笹森寺という鎮守の森を選んだこと、本物の森とそうでない森が比較できたこと。そして、午後の宇梶さんの実体験から、大地とともに生きる大切さを実感できる話を聞けたこと。学問的に何の植生か、植物か、とそれを学ぶのは大切だけれど、やはりその大元の基本である自然に生かされている、という謙虚な姿勢が必要で、それを今回の森びと塾で再認識できました。次回以降も、同様の気持ちにさせてくれるのを期待し、楽しみにしています」。
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2009年4月17日 (金)

自然の力に感謝を込めて

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 みちのくも「北国の春」になりました。先週はじめから温かさが続き、春が一気にきました。2~3年前のような季節感です。12日には岩手公園の桜も開花しました。みちのく事務所前のコブシも咲きはじめました。
 16日、春を感じたので昨年ドングリを蒔いた県民の森を訪ねました。少し残雪はありましたが、苗床を見た瞬間、苗床はモグラの運動会が終わった跡のようでした。多くのトチノミが何者かによって食べられていました。初めての食害に遭いました。この運動会の様子を見た私たちはがっくりきました。
 植樹会場の苗木たちには木酢液をかけて、昆虫の害に遭わないようにしました。大自然の中で生きていこうとする木々には試練かもしれませんが、未来の地球を守っていく願いを込めて木酢液を撒水しました。

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2009年4月16日 (木)

下で騒いでいても上(政治)を変えなくては駄目だ

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 昨日は山形県山形市で宮大工棟梁の加藤吉男さんにお会いしました。11月開催予定の「森と生きようキャンパスフォーラム2009」への協力をお願いしました。
 フォーラムの考え方をお話しすると、加藤さんからは「皆さんが国産材を使おうと言っても、外材が安ければハウスメーカーは国産材を使わない。国内に木はあっても使える木は少ない。また、現在の建築現場は大工(職人)を必要としない。今の建築法がある限り、国産材も職人も使わなくて済むようになっている」、と言われました。つまり、国産材を使うための法改正をしなくてはならない、という事が言われました。極めて政治課題であることが分かりました。
 また、加藤さんは「木造建築は柱が動かなくては駄目だ。建築に金属を使ってガッチリ動かなくしていれば木は金属に負ける。見てくれの建築では家は長持ちしない」、とも言ってくれました。私たちの建築に関する常識が非常識であることに気づかされました。その他にも加藤さんは、建築現場での話や木の話を私たちにしてくれました。フォーラムへの出席については後日、日程調整をすることになりました。昼には、山形そばをご馳走になりました。加藤吉男さんありがとうございました。
 午後には、間もなく満開を向かえる長井市のサクラを見ました。約800年も生きている「釜ノ越ザクラ」という、見事なヒガンザクラでした。(写真・左が加藤吉男棟梁、右は妹の陽子さん)

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2009年4月13日 (月)

本物の“森びと”を目指して「塾」オープン

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 足尾で315段の階段を、1日に2往復して三日間の作業をするとさすがに疲れが溜まります。そんなわけで、昨日は第1回の「森びと塾」がありましたがブログを更新できませんでした。しかし、夏日がこんなにも続くと内心は、雨乞いをしたい心境です。
 昨日の第1回「森びと塾」には30数名のインストラクターが受講してくれました。午前中は曇りがちであった天気は、昼頃からは晴れました。午前中は「笠森寺」の自然林(鎮守の森)を千葉県森林インストラクターの皆さんの案内で散策しました。午後は、アイヌ古布絵作家・宇梶静江さんの講演を拝聴しました。
 宇梶さんが講演のなかで語っていたのは、動植物はアイヌが生活の中に生きかすためのもの。それは食量となり、衣類や薬となったり、自然からの情報発信となる、と言います。ゆえに、人は森に生かされていることに感謝し、森(自然)を破壊しない、と言う。物事は「大地」という視点から考えるていると人間社会の偽りが透けて見えるようだ、ということを言っているようでした。
 いのちの森づくりは森を破壊するものたちの本音を見抜き、その行為を許してはならないことだ、と思いました。宇梶さんはそんな祖先(森びと)の生き方を私たちへ訴えているようでした。

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2009年4月 5日 (日)

樹に宿る日本人の文化を心に植えよう

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 今日は「『樹に宿る』上梓を祝う会」という出版パーティーに出席してきました。著者は、私たちが3月21日に足尾町阿蘇沢奥で遭うことができた江戸時代から生きているミズナラを紹介してくれた影山さんです。祝う会には250名程の関係者が出席していました。私は、写真を添えて阿蘇沢奥のミズナラに遭えたことを報告してきました。また、大人の絵本・『サルと人と森』の論評をお願いしてきました。
 昨日は事務局会議を開きました。今年度の事務局メンバーは若返りをしました。新事務局メンバーは、4年間の森づくりで森びとの基盤を確立してくれた旧事務局メンバーからバトンタッチされて初めての仕事をしました。4時間に亘る会議では、5月と6月に開催される足尾と八幡平の森づくりの基本的な内容を確定し、事務局の作業分担を決めました。
 その後、17時から旧事務局メンバーの慰労と激励会を行いました。激励会では、先輩たちから、森づくりにかけた生き方を語って頂きました。そこでは、森づくりは人間の都合に合わせるな、手を抜くな等の檄を受けました。事務局の先輩の皆さんありがとうございました。新事務局メンバーの皆さん、山と心にたくさんの木を植えていきましょう。

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2009年3月31日 (火)

人類の進路は命の森へと舵をとろう

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 29日は第4回通常総会が開かれ、昨年度の事業報告、決算報告そして2009年度の事業計画と予算が審議され、議決されました。総会を招集した岸井成格理事長は、近代・現代文明が行きづまり、あらゆる分野で矛盾やホコロビが噴出しています。その最先端の問題が、地球温暖化と環境破壊です。そのことに対する危機感から、人類の意識も大きく転換を迫られています。どうしたら迷路を脱することができるのか、手探りが始まりました。その解答のひとつは、「人は豊かさ、便利さを求めて、どんどん退化してしまった。怠けてしまったからだ」と、石川啄木の「林中の譚」を挨拶の中で紹介しました。
 総会には古河機械金属株式会社から幸崎雅弥さんが出席してくれました。幸崎さんからは、旧足尾銅山公害の反省に踏まえた会社がすすめている環境保護事業と今年からはじめた社員の植樹活動が報告されました。続いて議事に入り、質疑では、12名の正会員から発言があり、森びとインストラクターの各地での森づくり活動報告と新年度の豊富が述べられました。
 14時から始まった総会は17時に終了しました。その後は、会費制の懇親会がはじまり、毎日新聞社・水と緑の地球環境本部の川口裕之部長から連帯のあいさつを頂戴しました。懇親会のテーブルでは、和やかに本物の森づくりに向けた豊富が語られていました。
 明日から新年度です。私たちは一段上のステージに立って、近代・現代文明の行きづまりの迷路を脱するには、“人間は森の寄生者、多彩な生物社会の一員としてしか、持続的に生きていけない”、という当たり前なことを堅持し、NPO法人の役割を果たしていきます。第4回通常総会を成功裡につくりだしてくれました正会員のみなさん、ありがとうございました。
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2009年3月27日 (金)

心に木を植える議論を創りだそう!

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 今日の毎日新聞に宮脇昭先生と山田英生さんの対談記事が載っていました。訴えは未来の子どもたちへのメッセージでした。そこで宮脇先生は、「地球上では、森をはじめとした緑の植物が、太陽の光のエネルギーによって二酸化炭素を吸収し、酸素を放出する唯一の生産者であり、人間も微生物と同様に植物によって生かされている一存在にすぎません。今、世界的な経済危機がいわれているが、我々の本質である生命の次元から見れば、株券や札束という紙切れの問題です。大事なことは、今の大人社会の影響により、バーチャルな世界に生かされている子供たちに、紙切れの尊さを教えることではなく、生の命の尊さ、はかなさ、厳しさ、素晴らしさを教えること。」と言っていました。
 今日は、明後日に開かれる第4回通常総会の資料づくり・準備を行い、準備はほぼ終わることができました。総会では、宮脇先生が新聞紙上で訴えていることを、森づくり運動を通じてどのように創りだしていくのか、そのために会員は何をなすべきなのか、という議論を創りだしてほしいと願っています。
 通常総会の運営をめぐって打ち合わせをしていると、大人の絵本『サルと人と森』が事務所に納品されました。一同、その梱包を開けて絵本を見て、「素晴らしい絵本ができた。この絵本を多くの皆さんに読んでもらって、宮脇先生の訴えに応え、一本でも多くの木を植えてほしいなあー!」、と感じたようでした。

2009年3月21日 (土)

江戸時代?に生まれたミズナラに遭うことができました

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 ポカポカとした快晴の中を、100年以上前の亜硫酸ガスに耐えながら生きつづけたミズナラに遭いに行きました。
 今年1月の調査では、そのミズナラに遭えなかったために、東京新聞社のHさんのアドバイスをうけ、今日は再チャレンジしました。ダムゲートから阿蘇沢の上流をめがけて進み、約4㎞程行くと林道が行き止まり、そこから更に急斜面を登りました。その瞬間、「遭えたぞ!」という声が谷間を駆けめぐりました。仲間達の声が下から、上から聞こえてきました。「すごいぞー!」、「でかいぞー!」、とその声は少し興奮気味でした。
 興奮のあまり巻き尺が切れてしまい、身長167センチの小林君の腕で幹の周りを測ってみると、彼の腕では測れきれませんでした。周囲のミズナラの幹を測ってみると、幹の太さは最大で約5㍍あるようです。ミズナラの他には、シラカンバ、ダケカンバ、ウダイカンバ、カエデ類、リョウブ、ヤマハンノキ、ツツジ類そして下草には笹の葉が目立っていました。
 100年前には、周り一体の山々の木々は亜硫酸ガスによって枯れ、山々は岩山となってしまいました。しかし、この地には幹の周囲が5㍍もあるミズナラが生きていました。一年に3㍉生長したとして推察すると、このミズナラは250年も生きていることになるのでしょうか。そうだとすると、今日の出会いはまさに江戸時代に生まれたミズナラに遭ったことになるのでしょう。この一体の谷底には滝があり、美味しい水を下流に流していました。250年以上も生きている木々たちがつくっている森が、美味しい水を貯め、私たち生物の命を育んでいることに感謝しました。
 調査後、私たちは改めて自然の力強さを実感し、自然からの恵みに感謝しました。今日の「どくだみ荘」の宴は、美味しい酒が飲めそうです。
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2009年3月18日 (水)

 100年以上前の松木村を再現したい!

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 事務局は、今年から始まる「松木の杜」(仮称)づくりに向けて様々な準備をすすめています。そのひとつに、「足尾いのちの森づくり看板」(仮称)の準備です。すでに看板の主柱は製材され、設置するまでになりました。看板に貼る絵と文章の制作は現在進行中ですが、昨日は、足尾在住の川田勉さんにお会いし、当時の松木村の話を聞きました。私たちは川田さんから約60分間の話を聞き、その後、川田さんの案内で当時の松木村の現地を再認識しました。
 川田さんは、松木村で最後の最後まで生活していた星野金治郎さんの息子・星野金平さんから聞いていた話などを私たちに語ってくれました。川田さん、ありがとうございました。
 110年以上前の松木村の絵を描いている方は、JREU・絵画クラブの加藤さんと益子さんです。彼らは真剣なまなざしで加藤さんの話に聞き入っていました。この二人は現在、当時の様子をM100号のキャンバスに描こうとしています。加藤さん、益子さんよろしくお願いします。
 川田さんの話によると、家の屋根は木っ端屋根で、庭先にはシャクナゲが咲き、もみの木が防風林になっていたようです。私たちは、松木沢を訪れるハイカー、釣り人、ロッククライミングに挑戦する皆さんに当時の松木村人が、森と共に生きていた様子を感じてもらい、森(自然)の大切さを訴えていければ、と願っています。
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2009年3月17日 (火)

森と生きる啄木に学ぶ

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 13日、福岡市でソメイヨシノの開花宣言があり、昨日は宮崎県と高知県でも開花しました。福岡市の開花は平年よりも13日に早い、という報道でした。今日の朝のNHKラジオニュースでは、甲府市ではタンポポの花が咲いた、前橋市ではヒバリが初鳴きした、と報道されました。昨日の朝のラジオニュースでは、昨年12月から今年2月までの平均気温が松本市では2度、軽井沢では0,8度高くなっていて、これは100年前からの観測以来はじめてのことだ、と報道していました。
 2013年以降の温暖化対策の国際的な枠組みは年末に開かれるCOP15にかかっています。IPCCは「温暖化の影響を最小限に抑えるには先進国で25%~40%の削減が必要」と指摘しています。政府は6月までに目標を決めると言っていますが、太陽パネルを家庭に設置させるとか、電気自動車などの次世代自動車の普及率が拡大すればとか、という経済的なことが中心となって議論されているニュースを聞くと、その目標達成は働く者からの「エコ収奪に頼るのか」、と疑ってしまいます。
 石川啄木は102年前に、サルに扮して「人間はなんてかわいそうな生き物なんだろう。人間はすでに過去を忘れてしまったのだな。今ここにこうして生きているのは、おれたちと同じ祖先がいたからではないか。過去を忘れた者には未来はないだろう。今がいちばん素晴らしく、人間がいちばん賢いと思い上がっていると、これからの人間には進歩も、幸せもないだろう。かわいそうな人間達だ。人間滅亡のときが近いうちにやって来るだろう。」、と人間に言っています。これは今月下旬、当委員会が自費出版する『サルと人と森』という絵本の一節です。
 石川啄木の「林中の譚」を啄木記念館学芸員・山本玲子さんが訳し、絵は、森づくりをご一緒した多摩美卒の鷲見春佳さんが描いてくれました。山本さん、鷲見さんありがとうございました。絵本希望者は当委員会まで問い合わせください。

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2009年3月 5日 (木)

子は親のしぐさを見て育つ!

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 今日の森びと広場には8時30分に着きました。車から出るとチュウヒ、チュチウという音が聞こえてきました。音の発生源をよーく見てみると、それは霜柱が太陽の恵みで、霜柱が溶けている音でした。朝の気温は、1度で無風の快晴でした。
 今日は稲葉理事が作業を手伝ってくれました。重機はJR東労組の大宮の方が操縦し、開墾と道づくりをおこなってくれました。今日の重機操縦も職人肌の腕を発揮してくれました。昼食時に、その方と話をしてみると、お父さんが造園業でしたので重機に触っていた、と言っていました。さすが子どもの時から父親の手足を見ていたことが、現代に活かされているなあー、とおもいました。子は親の背を見て育っていると思いました。
 天気予報では足尾の明日は、雨が降るということなので、重機の出入りする道に砂利をまくことができましたので、明日からの作業通路には十分活用できるようになりました。
開墾作業は間もなく終了できます。作業は当初計画より早めに終了できそうです。JR職人の皆さん、職人の皆さんのご支援頂きありがとうございました。

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2009年3月 4日 (水)

新鮮な空気を入れて元気をだそう!

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 今日の足尾は天気予報通りに昨夜から雪が降り、積雪は12㌢程でした。今日のボランティアの方々は福島県白河市から車で来てくれました。来てくれたのはJR関東バスの運転手3名と常磐線の駅に働いている方1名でした。4名とも足尾は初めてということで、はげ山に木を植えている現場を見て驚いている様子でした。
 いざ作業に入ると、昨日までの森びと強者どもの職人肌どころではなく、バス運転手2名の方は重機を扱う職人そのものでした。今日の開墾作業はこの職人2名とスコップ・オペレーター2名、そして事務局5名で行いました。下の写真のように、今日の職人は、私たちが2日間かかって開墾した分を1日で開墾してくれました。感謝、感謝です。
 赤土と砂が混じった表土を掘り返して耕す作業は、土に空気(酸素)を入れる作業です。虫たちにとっては明日の啓蟄前に土を掘り返して申し訳ない気持ちですが、未来の杜を想像すると我慢してくれるだろう、と勝手に思ってしまいました。虫たちも酸素を吸って元気を出し、草の葉や枯れた小枝、鹿の糞等を分解して苗木の栄養分を作ってほしいものです。今日はバスの職人から元気を頂きました。
 近頃、元気がないという方は足尾の開墾作業で汗を流し、身体に新鮮な空気をいれみてはいかがですか。

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2009年3月 3日 (火)

仕事にこだわることは生きるためだ

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 今日もたんたんと開墾作業をしました。開墾している周りには20~30頭の鹿が餌を食べていました。朝の気温は0度、曇り、昼頃には雪が降りそうな天気でした。9時から植樹会場の入り口と重機用の道を作り、他のメンバーは植樹用の開墾をしました。2日目になると重機の操縦も慣れたもので、開墾作業は順調に進めることができました。午後3時には雪が降ってきましたので、作業を止めて作業小屋に戻り、今日の作業を振り返りながら明日の予定を確かめて帰路につきました。
 昨夜、「職人とは仕事にこだわって仕事に責任をもち、そうして仕事に誇りをもつのだ。会社のマニアル通りに間違いなく仕事をこなしているのは“なんとかプロ”だ。職人は毎日が勉強だ。職人は自然から学び、それを仕事に活かす。ハドソン川に不時着した機長の判断は職人気質があったからできたのではないか」、と言っていたボランティァの方も、寒風と小雪降る中で重機を操縦していました。
 今日はそんなこだわりをもって杜づくりを進めている現場を訪れ、共に作業を手伝ってくれたIさんありがとうございました。

2009年3月 2日 (月)

後生に残そう!人は一人では生きていけないということを

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 さすが森びとの強者達でした。今日の作業は重機操縦の実習でしたが、身体に染みこんだ腕が発揮されて作業がはかどりました。集まってくれた方々はJR東労組のOBと現役の皆さんで、「重機の免許は持っているけどペーパーだから」、と遠慮していましたが、いざ実習に入ると10分も経たないうちに重機をおもうように操っていました。
 作業は防寒具を着て行っていますが、今日の天気は快晴でしたが猛烈な強風が吹き、鼻ミズを流しながらの作業でした。昼食時にKさんが作ってくれた豆腐とネギのみそ汁が冷えた身体を温めてくれました。
 1万㎡の植樹会場は110年程前に廃村となった松木村跡地です。そこを開墾していますので、当時の村民の生活の様子が僅かにうかがえます。開墾した土を見ると、昔は畑であったのではないか、とおもうところがあります。亜硫酸ガスで黒くなっている石垣も残っています。こんな村の様子を見て、森びとの強者達は当時の村民の協働、結果の分かち合いをした生活などに思いを馳せているようでした。松木の杜づくりが始まりました。

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2009年3月 1日 (日)

越冬には渋み、えぐみを我慢する動物たち?

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 3月に入りました。冬ごもりしている虫たちが地中から這い出る季節に入りました。20日頃には、昼と夜の長さがほぼ同じになります。太陽の恵みを受ける時間が長くなり、全ての生物たちが蠢きはじめます。森びとスタッフも明日から動き始めます。今月中は、広さ1万㎡の植樹会場作りを行います。明日は、森びとの強者たちが重機操縦の練習です。
 ところで冬眠している動物たちも啓蟄の時季に動き出すのかと心配です。そんな心配はしなくともよいのかもしれません。ツキノワグマをはじめ冬眠に入る動物たちは、ドングリ等の木の実を腹一杯食べて冬眠に入りますから。人間は灰汁(アク)抜きをしてトチノキの実等のドングリを食べましたが、動物たちは灰汁抜きはしません。味には鈍感なのかもしれませんが、人間が嫌う渋み、えぐみの成分には計り知れない栄養分が含まれていることを動物たちは知っているかもしれません。越冬するには少しの渋み、えぐみを我慢することを自然から教えられているのでしょう。
 昨夜は、知人のシェフが作ってくれた「縄文パン」をご馳走になりました。このパンは雑穀とドングリの粉で作られていますが、とても香ばしく、美味しいパンでした。シェフは3年前、ドングリクッキーを作って、足尾ふるさとの森づくりに参加した皆さんに提供した方です。食したい方は、「TABLE」・℡03-5454-3777まで。1個・50円です。

2009年2月27日 (金)

自然(森)から学ぶことはいっぱいある

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 事務所がある東京都北区田端では雪が降っています。2月下旬になってからの天気は、日本各地で雨や雪が連日のように降っています。沖縄では気温25度以上の日が3日以上あったという報道がされ、これは気象観測初めてであると言っていました。
 この時季、都内の公園内を散策するとタンポポ、ギシギシ等のロゼットが観察できます。ロゼットは地べたに這いつくばって寒い冬を越していますが、このような姿は草花が気象の変化に敏感に反応した生存戦術なのだろうか、と思ってしまいます。しかし、その戦術は人間の傲慢な自然破壊には植物の想定外ではないのか、と心配になってしまいます。ところが草木の世界は支え合い・分かち合いがあるから心配ないかもしれません。
 草木の種や花粉は鳥や風が運び、支え合いながら草木を助け合っています。昨夜、「ヤノマミ(人間という意味)」というTV番組を観ました。番組は、アマゾン奥地に生きる原住民の生活を150日間追った内容でした。人間の原初の生活を映し出していたのは、森との共存でした。木を切り倒して蜂の巣を採る、蜂蜜を食べ終わった原住民は女王バチを巣に帰していました。女王蜂は絶対に殺さない、ということが後生に伝えられていました。生物との共存、人間は森に寄生しないと生きていけないということがきちんと後世に伝えられているヤノマミ達でした。
 現代人が失いかけている、“支え合う・分かち合う”ということの大切さを感じました。事務局は、来月招集される第4回通常総会ではこのような心を共有できればと思いつつ、総会資料作りをしています。

2009年2月24日 (火)

農業も生物多様性だ!問われている食と農

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 1月27日から始めた米の実験から約一ヶ月経ちます。本日の朝、私が食べている米をコップに入れ、同量の水で浸していた米の色を観て、臭いを嗅ぎました。色は写真のとおりですが、臭いは酒粕の臭いがしました。当初は、黒いカビが被って、耐えられない異臭が出るのかと思っていましたが、木村秋則さんが話していたように、ハンカチや手ぬぐいを用意しなくともよかったです。この状況を木村さんに報告し、コメントを頂戴したいと思っています。この米は実家の弟が生産してる米ですので、弟にも話を聞いてみようと思います。
 ところで昨夜は、19時からある環境ゼミで講義を受けました。講義は、「生物多様性と新しい農業政策の方向」というテーマで、山田優(日本農業新聞編集委員)さんが講演してくれました。
 私の感想は、食も極めて政治の問題であって、農家の皆さんも「減反・補助金漬け」から脱する決意が求められているし、消費者も単なる「有機栽培・安全」だけを求めるのでなく、生産者も消費者も植物から生かされていることを改めて認識し、これをベースにした政策を政治に求めていくことが大切である、ということでした。政治を動かすには、意思した民衆の力を大きくしていかなくてはいけない、と感じました。(下の写真は、1ヶ月前の米です)
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2009年2月21日 (土)

森の効用は生態学的に学び、森びとの心を広めよう

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 今日の足尾は青空でしたが西風が強い日でした。気温は-2度でしたが、臼沢植樹会場は強風のために-10度を感じました。こんな中で、今日は第4期「森びと教室」の補習授業を行いました。受講者は朝6時に大阪を出発した金さんです。
 補習授業は昨年12月に終了していましたが、自己都合で補習授業を受けられなかった金さんの理事会への受講直訴に応えて開かれました。そんな金さんの受講を歓迎したのは青空と雪景色そして足尾の強風でした。昨年12月の補習授業も雪の歓迎を受けましたが、今回も雪でした。暖冬によって雪が少ない冬季にあって、雪が補習授業者を歓迎している意味は、足尾の木々たちが本物の森びとをめざして欲しいというメッセージかもしれません。瞬間的に吹き荒れる猛吹雪を見ながら、こんな会話をしつつ授業は始まりました。
 前半は、命の森づくりの基本姿勢(多層群落の森とは)を改めて学習し、森びとはその姿勢を貫き通す努力をしていこう、と意思を固めました。後半は雪と強風に耐えて生きている植樹会場に立って、食害の現状と植物の生き様という自然の厳しさを身体にすり込みました。授業最後には、高橋理事から「森びとインストラクターの認定証」が金さんに授与されました。金敬順さんおめでとうございました。
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2009年2月18日 (水)

現場のボス達が植樹準備作業をチェック

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 5月30日に予定している第9回足尾ふるさとの森づくりの準備体制が進んでいます。16日は埼玉県さいたま市で、事務局スタッフの拡大会議を開きました。会議の目的は、来月から本格的にはじまる植樹と育樹・育苗に向けた準備作業の内容と責任体制等の意思統一でした。会議では、白井スタッフが自ら経験した緊急救命の重要性と落石防止の安全対策が訴えられ、事務局は万全を期すことにしました。早速、事務局は足尾消防署に相談をし、4月に「普通救命講習」を実施していただくことにしました。
 昨日(17日)は、植樹会場に使用する予定の土を調査しました。土は砂防ダム建設で出る土砂ですが、この土はクヌギやコナラが生えてところのものです。地元造林土木会社の方の案内で現地を見させていただきました。ありがとうございました。
 14日は、臼沢の森と絆の森をチェックしました。臼沢の森では落石があり、その影響でスチール製の階段が壊れました。原因は地震ではないかとおもい、鹿沼在住の森戸インストラクターに聞いてみると、今月に入って2回ほど地震があったと言っていました。
 早すぎる早春を感じる足尾では、木々や虫たちとともに“山と心に木を植える”活動がはじまっています。
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2009年2月15日 (日)

目に見えない森の効用に着目

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 本日は千葉県の和田浦町にあるスダジイとマテバシイの森を散策しました。昨日は、、千葉県長生郡にある笠森寺の鎮守の森を散策しました。散策の目的のひとつは、千葉県在住インストラクターの活動の方向を見いだすことでした。集まってくれたのは千葉県の森びとインストラクター6名とその仲間たちの16名でした。
 散策は、花嫁街道ハイキングコース途中にあるマテバシイの森は毎年拡大して、この地の種木であるスダジイの森がマテバシイに占拠されてしまう、という危機感をもっている相川インストラクターの呼びかけに応えたものでした。マテバシイは海苔のヒビに使われていましたが、海苔はマテバシイのヒビに替わって網で作るようになってからはマテバシイは伐採されませんでした。それで生長の早いマテバシイは次第にスダジイの森に侵入し、占拠する勢いになっているのが現在の姿でした。
 マテバシイが森を占拠してしまうと低木や草が生えません。こんな状態の森は多層群落という形が崩れ、本物の森では無くなってしまいます。反面、スダジイの森には、幹の周囲が3~4㍍もある巨木が生きていますし、亜高木、低木そして草が茂っています。
 散策を通じて、千葉県のインストラクターはこのマテバシイの森を課題にして、間伐や植樹に関して検討していく方向になっていくようです。私たちはお花畑の花の香りも楽しんで、最後には800年間は生きて続けているクスノキに感謝して帰路につきました。千葉のみなさん、お世話になりました。(写真はマテバシイの森と巨木のスダジイ)

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2009年2月14日 (土)

”助け合い”の心には勇気と覚悟がありました

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 昨日、川俣事件の現場に立ちました。群馬県明和町川俣の現場には、当時の農民たちの運動とそれを支援した川俣村民の心が碑に刻まれていました。
 午前中は谷中村跡地を踏査しました。遊水池反対運動によって少しばかりの村跡が残っていますが、私たちはその地に立って当時の生活と鉱毒反対運動に決起した農民の心を振り返りました。当時の生活を振り返ると、家は高台に建てられ、この高台はケヤキ、クワ、クヌギ、オニグルミ等の木によって守られ、大雨で田圃や畑が雨で水没しても村民はあわてず、むしろ山から運ばれるくる栄養豊富な自然の恵みに感謝していました。その間の交通手段は和船を使って、村人は行き来していたといいます。
 午後は、農民たちが集結した雲竜寺から官憲の弾圧と弾圧に抗して戦った農民を支えた川俣現場に立ちました。明和町川俣に建立されていた碑には、「当時の佐貫村長や村民は、負傷した農民を真如院にて手厚く介護した」と刻まれていました。
 当時の川俣村民は鉱毒に苦しむという状況ではなかったようですが、請願行動に決起した農民が官憲に弾圧されているのを見て見ぬふりをしませんでした。当時ですから、官憲や天長さまに逆らうことは相当な覚悟と勇気が必要でした。しかし、川俣村長と村民は人間の生きる権利を堂々と主張し、権利を行使したことがこの碑には明確に刻まれていました。
 この碑を読み、「真の文明は、山を荒さらず、川を荒さらず、村を破らず、人を殺さざるべし」という田中正造の精神が、現代にも脈々と流れていることを実感しました。

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2009年2月12日 (木)

“助け合い”の心は共に歩むことによって育まれる

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 “夕川に葦は枯れたり血にまどふ民の叫びのなど悲しきや”。この歌は、石川啄木が盛岡中学三年(明治34年)にうたったものです。足尾鉱毒事件で明治政府や当時の古河鉱業と戦っている農民たちの苦しみをうたいました。
 そして啄木は、翌年の35年には当時の岩手日報の号外を売って得た益金を、鉱毒に苦しむ農民たちへ贈りました。これは遙か遠くの渋民に生きる啄木が、友人とともに起こした連帯行動でした。この歌碑は栃木県佐野市内にある惣宗寺境内に建立されています。
 109年前の明日(13日)はこの農民たちが官憲に弾圧された日です。この川俣事件では多くの農民たちが起訴されましたが、田中正造を先頭にした裁判闘争は多くの支援者に支えられて無罪を勝ち取ることができました。
 明日の川俣事件踏査は、100年以上も前の啄木の想い、農民を支援した人たちの心、そして鉱毒被害と戦った農民たちの心に少しでも近づければ、と思っています。(写真は蔵王観音です)

2009年2月 9日 (月)

雲上の森の楽園を目指して、森づくりがスタート

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 みちのくの森づくりがスタートしました。7日午後、みちのく事務所は2009年森びらきを開催しました。会場には、森づくりを一緒に進めているNPO団体、平舘小学校、盛岡農業高校、JR東労組、JR貨物労組、そして森づくりにご協力くだっさている企業の皆さん、八幡平市の方々が参集してくれました。
 オープニングは2008年の森づくり活動がパワーポイントで紹介されました。その後、主催者を代表して角岸所長から今年の抱負が述べられました。所長は「森づくりは連帯をつくり、連帯が森づくりを支えている。生命の危機という時代にある今年は、森づくりを通して“助け合い、分かち合い”の心を育んでいくことに力点をおいて活動を進めていきたい。そのひとつとして、啄木の生命(いのち)の森を発信していくことにします。」、と述べました。
 記念講演は、「啄木と生命の森」と題した石川啄木記念館の学芸員・山本玲子さんの講演でした。
その後は2009年事業計画案を受けて、懇親を深めてきました。みちのく事務所の森づくりは、21世紀の雲上の森の楽園を目指してスタートすることができました。

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2009年2月 6日 (金)

棟梁の技と心は毎日の修行で磨かれる

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 本日、棟梁の加藤吉男さんに会いました。加藤さんは山形県白鷹町生まれ、16歳から父親の下で宮大工の技術と心を学んできた方です。加藤さんは日本各地で社寺の解体、修理復元、新築、改修工事に携わってきました。1970年からは山形市を拠点にして、山形県と宮城県の社寺や文化財の修復・新築の棟梁として現在も修行を積み重ねています。
 加藤さんからは様々な話を聞かせていただきましたが、加藤さんは地震や豪雨で家が流されたり、壊れたりすると、即、現場に立って調査・研究を続けている方です。勿論、木の選定は森に入って土壌、地質、日射条件等の木の生育環境を徹底的に調べています。その上、新築・修復工事着工前にも工事現場の気象条件等を現場に立って徹底的に身体にすり込み、原寸に活かしています。
 棟梁の技と心は常に現場に立って磨かれ、そして絶対に手を抜かない、常にチャレンジ精神をもって修行をしている方、という印象をもちました。はじめてお会いしたのですが、加藤さんは快く話してくれました。加藤吉男さん、事務所の皆さんありがとうございました。

2009年2月 3日 (火)

会社組織を築いているのは株主でなく社員です

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 先週、東京都内の外資系一流ホテルの副総支配人からの指示による電話が事務所にありました。用件は森づくりの話を聞きたい、ということでした。昨日は、その副支配人とお会いしてきました。待ち合わせ時間前に、都内の公園をぶらっと歩いてきましたら、公園内に春の草花を植えていました。東京は春間近を感じさせていました。
 ホテルでの話は、宿泊者が宿泊して排出する二酸化炭素量を、その量を吸収する木を植えていきたい、木を植えるにはどうしたらよいか、ということでした。植樹はホテルの従業員、役員が行いたい、ということでした。
 企業の社会貢献が後退する経済状況の中でのこの話は、とても人間的で、企業の暖かさを感じました。森づくりのコスト面までホテル側から質問されましたが、ホテルは二酸化炭素削減策を社会的にまもなく打ち出したい、と述べていました。副総支配人は小さい時から環境教育がなされている国の出身のため、企業としての地球環境保護活動は責務だ、という強い意思をもっているようでした。どんな組織でもトップの意思と実行力が現場を支え、現場(会社)の力になっているのだなあー、と感じました。

2009年2月 1日 (日)

農漁民の心に近づきませんか

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 今日は旧暦の1月7日だそうです。七草粥を食べて無病息災を願う日と言われています。この時期に、足尾では七草は見あたりません。しかし、早春を感じさせる暖かい日に草刈りをしていると、枯れ草の根元には春と勘違いをした草が黄緑色の芽を出そうとしています。
 ところで、100年以上も前の松木村の村人達は、どのようにして無病息災を願っていたのだろうか。ところが1884年頃の松木村には、「ギラ」(ギラギラと光るもの、と当時の村人が言っていたとのこと)が草や桑の葉に付着して、この草や桑の葉を食べた馬や蚕は死んでいった、と言われています。当時の村人達の今日は、無病息災の願いどころではない状態に追い詰められていました。
 渡良瀬川下流の農漁民達も鉱毒で身体が冒され、洪水にも襲われ、死活問題に追い込まれていました。農漁民は田中正造と共に、国と古河鉱業に対して鉱業停止を求めて運動を起こしました。しかし、鉱毒は垂れ流されつづけ、怒った被害農民たちは国会へ向けて請願行動を起こしました。ところが官憲はこの請願行動を認めず、群馬県川俣村で農漁民達を弾圧し、逮捕、起訴しました。田中正造は大弁護団を組織し、多くの支援者とともに裁判闘争を勝ち抜きました。この川俣事件は1900年前の2月13日に起こりました。30数年前に作られた映画・「襤褸の旗」はこの川俣事件から始まっています。
 事務局は2月13日、この地を訪れ、農漁民達の心に近づきたいと願っています。散策希望する方は、JR宇都宮線古河駅東口・10時に集合してください。ご案内します。(無料・人数が多いと車に乗れませんので、希望者は事前に事務局へ電話ください。電話・03-5692-4900)

2009年1月27日 (火)

人の話を自分の話にしよう

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 森びらきに参加されました皆さん、木村さんの講演や奥平さんの演奏を聞き、多くの皆さんは何かを感じ取ったのではないかと思います。その後、何かを感じ取った皆さんは、何かを試している方はいますか。
 木村さんは30数年間の苦闘のなかで、多くの失敗をしました。その度に彼は、失敗の原因であった自分の固定観念をひとつ一つ捨ててきたと言っています。それを聞いた時、私は木村さんはその上に存在しているから、説得力も自信もあるのだと感じています。何かを試してみないと失敗も成功もありません。それは「フツーの常識」、間違った「固定観念」に騙されたままの自分になってしまいます。
 私は本日の朝から実験をしています。自分の主食である米がどんな米なのか、を試しています。木村さんが話しをしてくれたように、一握りの米をコップに入れ、約同量の水をコップに入れてラップする。ラップには2、3個の穴を開けて、暖かいところに約一ヶ月置いておく。一ヶ月後にそのラップを開けて、臭いと色などを見るという実験です。木村さん曰く、その米を食べていると人間の身体はどうなっていくのかを想像してみてください、と。
 人間の根は食、その根がどんな食を食べているのか、食は誰が生産しているのか、農薬漬けの食を自分で試して、何かを感じっことを自分のものにすることが木村さんの講演ではないでしょうか。

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2009年1月26日 (月)

ドングリから助けられ、自然から学びました

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 昨日は旧暦の大晦日、森びと仲間たちは「森びらき」に集い、2009年の森づくりに向けて煩悩から別離できた日になりました。
 「森びらき」開会前には第3回理事会が開かれ、2009年の事業計画の基本的な考え方を審議しました。森づくり事業に関しては、5年目を迎えることができ森づくりの基盤のうえで、今年からは“心に木を植える“ことに力点を置くことにしました。私たちが森と生きていくための心を育んでいくことにしまた。
 理事会の審議・決定した考え方を基に、「森びらき」は15時30分開会しました。今年のゲストは木村秋則さんと奥平哲也さんでした。木村さんは無農薬・無肥料による農作物生産の重要性、農業は森づくりが大切である、そして農薬漬けの作物は命を縮める等の講演をしてくれました。森びと仲間との懇親を深めた後は、マリンバ奏者の奥平哲也さんから日本人の心をマリンバで表現していただきました。また、森びとインストラクターの及川さん、富岳さんからは森づくりの豊富が語られ、110名の仲間たちは“山と心に木を植えよう”を合い言葉にして、ふるさとの木による命の森づくりを日本各地で進めていく決意が固まられました。木村秋則さん、奥平哲也さんそしてご来賓の皆様、森びと仲間の皆さんありがとうございました。(写真上は、木村秋則さん、下は奥平哲也さん)

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2009年1月24日 (土)

森とともに生きていくために、今年も楽しい汗をかきましょう

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 明日は「森びらき」です。東京港区の会場には110名の森びとが集まってくれます。今年も“山と心に木を植える”を合い言葉にして、いよいよ明日はふるさとの木によるいのちの森づくりがスタートします。
 経済不況の波は世界を呑み込み、この波は働く者、農民、市民そして子どもたちを窮境に追い込んでいます。このような社会では、心も荒んで、「分かち合う、支え合う、助け合う」という心も見失っています。
 このような荒んだ社会ですが、私たちは改めて日本人の文化とその心を、人間の良心を森づくりから育んでいきたいと願っています。是非、明日の「森びらき」で講演してくれる木村秋則さんの生き様を、その糧にしてください。「いつかわかってくれる日が来ることを信じ、名利も見返りも求めずに、自分のなすべきことをただ黙々と続けている。」木村さんです。(『奇跡のリンゴ』より)
 今年も、宮脇昭最高顧問、岸井成格理事長を先頭にして、一歩前の森づくりにステップを踏み出していきましょう。

2009年1月17日 (土)

人と生きる鎌倉の森を歩きました

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 快晴の昨日、東京事務所のメンバーは神奈川県鎌倉市で雑木林を守っている森びとインストラクターのフィールドを散策してきました。森びとインストラクターは田岡さん、フィールドは鎌倉中央公園、案内人は久保さんでした。田岡さんは「NPO法人 山崎・谷戸の会」の会員となり雑木林管理班で活動し、案内してくれた久保さんは長年、鎌倉の雑木林を調査し、宅地開発等に反対して雑木林を保存している方です。
 現場に入ってみると、人間は森(自然)から生かされていることが実感できる大切な三浦丘陵地の一角でした。散策の目的はこの地に100年以上は生きているアカガシを見ることでした。このアカガシは江戸時代からの鎮守の森に生きていました。幹の直径は1㍍を超え、樹高は20㍍もあるようでした。鎮守の森にはカシ類を守っている低木で珍しい、通称・アリトオシが生えていました。
 海抜50㍍程の丘陵地帯の森の中では、森が水を蓄え、土壌を守り、田圃では稲作、段々畑では野菜を作り、人間が森と生活している様子が解ります。他に、ミズキ、ヤマグワ、マユミ、ヤマザクラ等の巨木、そして珍しいカゴノキが生えており、4時間ほどの散策では素通りしている感じでした。何度も訪れたい森でした。
 帰路の途中、この雑木林を守っている「山崎・谷戸の会」の皆さんの活動に感謝しました。案内をしてくれました久保さん、田岡さんありがとうございました。「森びと神奈川ファンクラブ」の活動に期待します。(写真は、ウンナンオウバイとアカガシです)

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2009年1月15日 (木)

若者の息吹が届きました

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 昨日の午後、宇都宮大学農学部の学生・市島さんが東京事務所を訪れてくれました。用件は、足尾の森づくりに関する調査活動の一環として、取材したいということでした。大学3年生の彼は森林科学の学習をして、将来は土木技術を身につけたい、と言っていました。どうして土木技術を学ぶのに森づくりが関係するのですか、と尋ねたところ、彼は、自然相手の土木ですから樹木の役割や生態系の大切さが分からないと、習得した土木技術は自然破壊に結びついてしまうから、という主旨を話してくれました。話をして感じたことは、自然環境と調和した人間の知恵(土木技術)を目指しているのかなあー、と若者の前向きな姿勢でした。
 現在は就職活動で忙しい、とも言っていました。その顔には、内定取り消しをしている日本の経営者の非人間的な姿勢に怒りをもっていることが見え隠れしていました。反面、もっと若者たちは社会の出来事に怒りを表し、討ってでなければ社会は変わらない、と嘆いているようでした。しかし、彼は後ろ向きではなく、若者らしくチャレンジ精神をもってアタックしているようでした。市島さん、元気な若者の息吹を事務所に届けていただきありがとうございました。(写真は、足尾植樹会場に刺してある親子の想いです)

2009年1月14日 (水)

足尾の歴史を樹に刻んだミズナラは簡単に会ってくれない

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 松木村の歴史を語るミズナラの木は発見できませんでした。12日、松木沢で100年以上も生き続けているミズナラを探しに行ってきました。20㌢程積もった松木沢渓谷添いの雪道を歩きましたが、足尾銅山の歴史を樹に刻んだミズナラには会えませんでした。
 当日は、車両進入禁止ゲートから松木沢渓谷の上流へ向けて、時間では1時間半、砂防ダム位置では松木沢第4号ダム(昭和54年建造)の先まで歩きました。4号ダム付近では、ヤシャブシ、リョウブの他にウダイカンバ、シラカンバ、ヤマナラシが多く生えていました。ちなみに幹の周囲が136㌢もあるシラカンバが道の側に生えていました。もっと上流の山肌を見ると、人間の欲の暴走に遭わなかったふるさとの森がうっすらと見えていました。
 翌日、なんとしても足尾銅山の歴史を刻んだミズナラを探し当てたいと思い、『樹に宿る』で紹介してくれた影山さんに電話をしてミズナラの場所を聞いてみました。影山さんからは思っていたとおりのことが返ってきました。場所は山の頂上で、松木沢側から隠れている、ということでした。100年以上も生き抜いているミズナラは、人間がそう簡単に会えない場所で生きている、ということでした。
 人間の欲の暴走が森を破壊し、村人を廃村に追い込んだ歴史を樹に刻んだミズナラを、なんとしても探し当てたい。そんな気持ちを駆りたてられて、小雪降る中を帰ってきました。再チャレンジしますので期待していてください。

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2009年1月 9日 (金)

お年玉(寄付)をいただきました

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 東京事務所は昨日から仕事をはじめました。今年もよろしくお願いします。
仕事始めに飛び込んできたのは、嬉しいお年玉(寄付)でした。振り込んでくれた方は、歌手のChojiさんです。彼は当委員会のイメージソングを創ってくれた“森びと”です。イメージソングは皆さんご存知の「心の森」です。試聴はホーページでどうぞ。聴いていない方は一度聴いてください。彼は森びととして、足尾で、八幡平で、日光・中禅寺湖のキャンプでそして各地で、森づくりの大切さを訴えています。その彼がCD(自費出版)の売り上げの一部を森づくりに役立ててくださいと、年2回寄付をしてくれることになりました。「想像できないような100年後の未来も 今この瞬間から始まっている 僕らが植える小さな苗たちは 共に命をかけて未来をつくる・・・」と、Chojiさんは歌っています。Chojiさん、マネージャーの中村さん心温まるお年玉を贈っていただいてありがとうございました。お年玉)(寄付)は大切に使います。
 写真は「親子自然教室」(昨年夏)で開催した「森のミニ・コンサート」です。親と子どもたちが「心の森」をかみしめて、一生懸命歌いました。

2009年1月 7日 (水)

人(生命)への情熱は森づくりへ

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 みちのく事務所から、新年あけましておめでとうございます。昨年は旧松尾鉱山跡地に始めて植樹を行いました。それに伴い多くの方々から色々な形でご協力・ご支援を頂きました。特に、強酸性の土壌改良に欠かせない黒土、灰、バーク肥料の提供はこのうえない支援でありました。
 早速、理事会は一団体(葛巻高原牧場)、一個人(前沢養護学校・中村英治校長)に感謝状の贈呈を決定しました。葛巻高原牧場には12月13日、岸井理事長が直接贈呈しましたが、中村校長は当日の都合がつかず、贈呈は12月27日になりました。中村先生には年末のご多忙のところ、わざわざみちのく事務所までおいで頂き、角岸副理事長から感謝状を贈呈しました。
 ダンプ54台分の黒土は、私たちのホームページを見た中村先生が私たちの呼びかけに応えてくれたものです。中村先生からは2009年も使ってください、とのことでしたので大変感謝しております。中村先生とお会いして、先生の養護学校への情熱は森づくりへの情熱でもあることを知りました。みちのく事務所一同は、先生の情熱を深く学びたいと思っています。中村英治校長先生ありがとうございました。

2009年1月 6日 (火)

本物(常識)は森から育まれる

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 冬の夜8時過ぎ、ライト灯りひとつで森を歩くと緊張の連続です。熊は冬眠しているので心配はないのですが、小さな風の音にも神経が凍るよな場面があります。しかし、何度となく夜の森を散策すると緊張は緩み、人間は自然の一部だ、ということが実感できます。
 「身体は自然だといわれたって、なにを変なこという、とふつうは思うに違いないのである。環境とはあっちの話だと思っている。そういう人が多いはずである。あっちではない。じつはこっちなのである。」、と養老孟司さんは述べています。
 私たちは森に生かされている、人間は自然の中にすっぽり埋まっている、という常識は、「フツーの常識」ではないのです。この非常識である「フツーの常識」で私たちは生きてきましたが、この常識で地球を駄目にしてしまいました。「あまりにも目に見えるもの、計量化できるもの、既存のデータのみに重点を置き、その延長線上に未来を予測したのがすべての間違いだった」(宮脇昭最高顧問)、と述べているように、駄目になりつつある地球環境問題の処方箋は、「フツーの常識」では効き目がなく、50年後の地球が心配です。
 以前の日本人は、木を伐った後には森に感謝し、木を植えました。現在、ドイツ国民は1本の木を伐ったら3本の木を植える、という精神を、大人が子どもたちの心へ育んでいます。それは森の中で行われています。
   

2009年1月 5日 (月)

地球を駄目にしている「常識」は非常識?

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 今年は一歩前にステップを踏み出したい、と願っています。どんな意味なのか、といえばそれは難しいことではありません。私たちの「フツーの常識」が環境問題を引き起こし、地球を駄目にしているこの「常識」は非常識であるという常識に変えていく、という努力をすることです。この非常識は、森の中をしっかり観察するだけで解ります。ですから机上では解らない、ということでもあります。
 冬山を散策すると、木々の冬芽が目につきます。ヤナギ、コブシ、オオカメノキ、ミズキ、トチノキ等の芽は、毛糸のような帽子をかぶっている、コーデュロイ地の布を身につけている、そしてベトベトしたヤニを塗っています。また、木々の枝には虫の卵が産み付けられていますし、幹を住み処にして越冬している昆虫がいます。
 見るだけでは観察になりませんから、どうして冬芽は色々なもので身を覆っているのか、何故、昆虫は寒いのに木の枝で、幹で越冬するのか。どうしして温かい土中で越冬しないのか、と「見えないものを見ようとする努力」(宮脇昭最高顧問)をしてみることです。「土に触れ、葉の臭いを嗅ぎ、時には実を口に入れて、植物が発するわずかな情報を逃さずに読み取る」(宮脇昭最高顧問)、ということを実行してみることです。地球を駄目にしている「フツーの常識」が非常識である、ということをつかみ取っていく努力がステップのひとつです。
 

2009年1月 3日 (土)

日本の森が危ない?

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 今日は初詣をしてきました。賽銭をあげて、山と心に木を植える運動が世界に拡がり、世界の人々が平和な社会で生きていけるようにと、手を合わせてきました。
 現実は、手を合わせているだけでは森づくり運動は拡大しませんし、平和な社会も訪れません。そこで今年は、昨年よりも一歩前にステップしよう、と願っています。
 私たちは自分の時間とお金を拠出して森づくりを行っていますが、反面、日本の国有林は分割・売却・証券化されようとしています。小泉改革で「行政改革推進法」が制定され、森林事業の一部が独立行政法人化されようとしています。この結論は2010年までに行われようとしています。
 しかし、私たちの多くは、日本の森がどのようになってしまうのか、ということが分かりません。日本の二酸化炭素削減目標は6%ですが、そのうち3.8%を森林吸収で確保していくことになっています。これらがどうなってしまうのか、はっきりしません。環境問題は政治課題だ、と言われていますので、まずは国有林を守っている現場の声を伺い、私たちの課題を明確にしなければなりません。「2009年森びらき」には、全国林野関連労働組合中央本部役員の皆さんがお見えになります。日本の森の危機?を掴んでください。

2009年1月 2日 (金)

木村秋則さんに、早く会いたい!

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 今月25日は「2009年森びらき」です。今年のゲストは木村秋則さんです。秋田県の正会員・柴田さんから紹介を受け、当日は、柴田さんと一緒に木村さんが弘前から上京してくれます。
 早くお会いしたいと、木村さんの関係する著書を何度も読み直している正月です。是非、木村さんの志に触れ、私の糧にできればと願っています。
 木村さんは、「文明があまりにも進歩して、人間は自分たちの根っこがどうなっているのかを忘れてしまった。・・・毎日何かを食べなければ人は生きていけない。生態学者に言わせれば、人間は植物の寄生虫ということになる。農業は人の命を支える根っこなのだ。その根っこが枯れてしまったら、人は生きていけない。そんなことは誰だってわかっているはずなのに、根をこんなにも痩せ細らせてしまって平気な顔をしているのが、現代人の偽らざる姿なのだ。木村はそのことをあまり言わない。いつかわかってくれる日が来ると信じ、名利も見返りも求めずに、自分のなすべきことをただ黙々と続けている。」、と書かれています。(『奇跡のリンゴ』幻冬舎・石川拓治著より)

2009年1月 1日 (木)

スクラム組んで、森へ、社会へステップを踏み出そう

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 新年あけましておめでとうございます。2009年は当委員会が森づくりを始めて5年目の年です。今年は、“山と心に木を植える”を合い言葉にして、多くの皆さんと創りだしてきました5年間の森づくり事業を振り返り、今までよりも一歩前にステップを踏み出していきたいと願っています。
 多くの皆さんと楽しく、元気に、木を植えながら、自然環境と人間の命を大切にする心を育んでいきたいと思います。今年もよろしくお願いします。

2008年12月31日 (水)

森をつくって、もっと逞しくなろう

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 2009年の幕開けまで2時間を切りました。私は今、森の中にいます。気温はマイナス14度、風はありません。耳をすますと梟の鳴き声が聞こえます。その他の音は残雪を踏みつけたギュー、という音しか聞こえません。夜空を見上げると、数え切れない星が輝いています。自然界に生かされていることに感謝です。
 今年は、「森と生きるキャンパスフォーラム2008年」を開催(7月)しました。次世代を生きる若者たちと大人たちが、森と生きる社会へ舵をきっていくきっかけを探るためにフォーラムを開いてきました。よって、その運営の中心は森びとインストラクターのミドルクラス、連携してくれたのは高等学校の教諭と生徒達などでした。
 フォーラムでは、環境問題は極めて政治課題であることが分かりました。そして、50年後のこの地球で私たち人間が生きていけるのかという課題は、政治の主人公たる私たち市民・学生たちの実行力と大きなパワーにかかっていることが突きつけられました。それには山と心に木を植える事業の継続と運動の輪の拡大であることも提起されました。
 2009年はそんな年になれるように、もう一歩前にステップしたいと思います。良いお年をお迎えください。

2008年12月30日 (火)

森づくり舞台監督が各地でプロデュース

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 「生きていることが最高の幸福だ」と、宮脇昭先生は講演で述べています。しかし、幸福はひとりで歩いてきてくれません。幸福を掴み取るためには自分ができることに誰もが汗し、自分とすべての方のために我慢もしながら、場合によっては悪と戦わなければなりません。その方法は地域毎に色々あって当然ですが、それを実行しなければ単なる評論家でしかありません。
 今年は、森びとインストラクターが各地で森づくりをプロデュースした年でした。また、埼玉県、栃木県在住の森びとインストラクターは「森びとファンクラブ」を結成し、来年から地域での森づくりをプロデュースする動きがでています。市の森づくりの舞台監督に汗した宇都宮市のKさん、奥州市のOさん、青森市の森づくりに積極参加している「みちのく事務所」のインストラクターの皆さん、今市市では植物保護や自然破壊のダム建設反対運動に奮闘しているTさん、鎌倉市では森を守る仲間たちとのボランティァ活動に汗しているTさん、千葉県ではマテバシイの森を活性化させようと現場で考えているAさん等、多くの森びとインストラクターが各地で舞台監督となって、生きていることの幸福を掴むために汗している年が2008年でした。
 下の写真は鎌倉市のTさんが撮ったコチドリです。コチドリの親が幸福を掴む瞬間をカメラに収めました。このコチドリは日本野鳥の会の雑誌に掲載されました。
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2008年12月29日 (月)

今年も森から、人から、生きていることの幸せを学びました

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 今年も残すところあと2日となりました。今年、足尾と八幡平で植樹した苗木たちと蒔いたドングリたちは、風雪に耐えながら遅い春を待っています。一年間ご支援、ご協力くださった全国の心ある皆様に心から感謝申し上げます。
 来年は私たちが森づくりを始めて5年目に入りますが、世間的には私たちの森づくりが、本物か偽物なのかを試される年であると覚悟しています。よって来年は5年間の森づくり事業を振り返えり、結果に対するご指摘を頂戴し、地道に、元気よく森づくりを進めていきます。
 今年は育苗・育樹活動に関して、素人ながらの調査と研究そして人間の都合に合わせて手を抜かない作業を行ってきました。常に、足尾と八幡平の自然(森)から学んだことを基礎にして、苗木たちと会話をしながら活動に汗してきました。成長の早い草の根にポット苗木の根が締めつれられている苗木の息づかいをかすかに聴き、草取りを行いました。また、植樹会場では、草に覆われた08年と07年の若木が蒸し暑さでぐったりしている様子を見て、猛暑の中で草刈りを行いました。作業の終わった後では、「人間の社会でも現場で働く方々や生活している方々の息づかいや健康状態を見て、何かを感じたら、即、実行に移すことが大切ですね」、等とボランティァの皆さんたちと話し合ってきました。
 この地道な作業は多くのボランティァの方々の参加によって行うことができました。そして、この森づくり事業は、イオン環境財団様からの助成金、心ある団体と個人のご寄付、行政のご指導によって支えられています。ありがとうございました。

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2008年12月25日 (木)

こんな時代だから、どんな理想郷を描きますか

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 昨夜、組曲「道」(全4曲)をマリンバ演奏で聴くことができました。作曲及び演奏者は奥平哲也さん。この演奏を聴いていると、私の頭の中では理想郷がグルグルとめぐってしまいました。
 この組曲は、奥平さんから是非、聴いてほしいと言われていた曲です。一章:連山、二章:蛍船、三章:神楽、四章:懐郷によって組み立てられ、日本の山・海・里・心を演奏した、と奥平さんは聴衆者に紹介していました。
 この曲を聴いていると、地球の自然環境、社会環境が病んでいる現代に生きている私たちに対して、険しい道を避けて歩くのですか、と問いかけられている気がしました。日本の森には、海には、里には、助け合う心が宿っているのではないですか、と。そして、“分かち合う”という素晴らしい心が通い合うことができる故郷を求めて、険しい道を堂々と歩んでいこうと、と訴えている曲に聞こえました。奥平哲也さんは、来年1月25日に開催する「2009年森びらき」(当委員会主催)に友情出演してくれます。お楽しみに。なお、奥平さんは来年1月7日と22日(両日とも13時30分開演)、会場はJR川崎駅西口の「ミューザ川崎」(市民交流室)で、新春コンサートを開きます。問い合わせ・044-533-5389。
 また、「2009年森びらき」の記念講演は、リンゴ農園家・木村秋則さんにお願いしています。弘前市から参加してくれますので、ご期待ください。

2008年12月24日 (水)

歴史を語る樹に遭いたい

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 ジャーナリストの影山槫三雄(ふみお)さんから、『樹に宿る』(制作:東京新聞出版局)という著書が贈られてきました。影山さんは私と同郷の栃木県出身。東京新聞社記者時代からご指導いただいている方です。定年退職後に帰郷し、その後、影山さんは栃木県内の樹木に会いに各地をまわり、、樹の霊を求めてきました。その一冊がこの本でした。
 この本は年末年始にじっくり読む一冊となりました。目次を見ると廃村となった谷中村のクワの木、松木沢渓谷で100年間も生き続けているミズナラのことが書かれています。このミズナラは私達が森づくりを行ってる上流に、大地にしっかり根を張っている、と書いてあります。影山さんから贈られたこの著書は、“山と心に木を植える”運動を進めている私達に対して、100年以上も生き続けているミズナラに遭いに行きなさい、というメッセージでした。
 新年早々、仲間達に呼びかけてこのミズナラに遭いにいきます。影山さん、貴重な著書を贈っていただきありがとうございました。
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2008年12月19日 (金)

支えられていることを忘れずに、地道に森づくりを進めます

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 あと12日もすると年が明けます。今年も様々な方々に支えられながら、“山と心に木を植える”ことができました。ご支援に感謝する気持ちをお伝えするために、昨日は東京で、本日は日光市内で年末のご挨拶をしてきました。事務局は今日、林野庁、栃木県、日光市そして古河機械金属㈱の事務所を訪れ、今年1年間のご支援に感謝の気持ちを伝えてきました。
 そして有り難いことに、訪れた皆さんからは温かいアドバイスや来年の支援策を頂戴することができました。古河機械金属㈱様からは、来年も子どもたちやお年寄りが森づくりに参加しやすいようにと、新しい植樹会場(写真・「森びと広場」の左側)の提供がありました。また、木は根、根は土というように森づくりには良い土が大切ですが、この土については県からの有り難いアドバイスがありました。温かいご支援に感謝です。
 このような有り難いご支援は、日常的なボランティア活動と様々な方々の森づくり支援が基盤となっています。私たち理事会と事務局はこの支えを忘れないように、今後も心がけていきます。明日は、鹿やウサギによる食害対策(柵の補強)を行います。

2008年12月18日 (木)

「千年の森」に畏敬の念

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 今日は奥日光の巨木トチノキを調査しました。場所は中禅寺湖湖畔で、菖蒲が浜から千手が浜へ向けて約2㎞のところです。私たち3人は厚さ30センチ以上ある落ち葉を踏んで、シュジュウカラ、ゴジュウカラの声に耳を傾けながら、厳冬を迎える森を歩きました。この地には巨木トチノキ、ミズナラ、ハリキリ等が生えています。調査は、巨木のトチノキ、ミズナラの幹の周囲などを測り、樹齢を割り出していこうというものです。
 今日の湖畔は風もなく穏やかでしたので、調査はスムースにできました。トチノキの幹の周囲は最大で6㍍53㌢ありました。ミズナラの巨木は5㍍60㌢の太さでした。土質は湖畔なので砂地で、水分が多く含んでいます。
 足尾の長屋に戻って測ったトチノキとミズナラの樹齢を推定しましたら、なんと1千年以上である、という結論になりました。奥日光には「千年の森」がありました。

2008年12月16日 (火)

皆さんの励ましに感謝します

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 朝早く、東京事務所にクリスマスプレゼントが届きました。それは大切な活動実績を保管する書棚でした。贈ってくださったのはJR東労組東京地方本部の組合員の皆さんです。組合員の皆さんありがとうございました。
 年末を迎え、八幡平と足尾は本格的な冬に入りました。11月下旬には、八幡平の木々たちは長い冬眠に入りました。足尾は今月14日、朝から雪が降りましたので、事務局は苗床の遮光ネットの雪払いを行いました。植樹会場の木々たちも雪を被りましたが、本格的な冬の風雪に耐えていく元気が見えました。
 昨日は、千葉県と神奈川県から来客があり、来年の森づくりへ元気をいただきました。千葉の斎藤さんは、「来年は千葉でも森づくりをやっぺよ!」と言われ、神奈川の平賀さんからは、「足尾の松木村跡に桑の木を植えましょう」、と言われました。また、ある会社の社長さんからはハガキをいただき、「純粋に、まっ直ぐに進んでください」、と励ましをもらいました。“ふるさとの木によるいのちの森づくり”運動は来年で5年目です。来年も私達は皆さんからの元気をいただき、“山と心に木を植える”精神を堅持し、いのちの森づくりを進めていきます。師走の励ましに感謝します。

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2008年12月15日 (月)

風雪に負けるな若木たち!補習授業が終了

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 第4期「森びと教室」受講生5名は、13日と14日に足尾現地を訪れ、補習授業を受けました。
この授業は、仕事等の都合で受講できなかった講義と実習を補い、森びとインストラクターとして認定さける最終の授業です。
 授業では、①苗木づくりの基礎と森づくりインストラクターの役割、②育樹活動の重要性を現場に立って学びました。特に、“人間のわがままな都合で森づくりは行わない。木も命を懸けて生きようとしている。その木に生かされていることを忘れない。育樹・育苗活動では手を抜かない”、ということをリーダーは堅持する。そして、人の心に木を植えていかなければ森づくりは長続きしない、という意識を強く持って、職場や地域そして家庭の中で森づくりを進めていくことを学び合いました。
 二日目は朝から雪になりました。雪の中の階段を登ったある受講者は、今年5月の森づくりで担当した場所に植えた若木を見て、草と雪に覆われていた若木に「頑張れよ!」を声をかけていました。
 初日はJR貨物労組の皆さんも森づくりを学びました。

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2008年12月12日 (金)

虫の目線で社会が見える

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 今日は足尾での作業でした。乾燥する季節なのでコンテナのペンキ塗りをしました。今日は少し風がありましので、錆止め用のペンキを塗っているうちにペンキは乾燥してくれました。自然の力に感謝です。
 新宿から日光に来る場合、私はJRから東武電車に乗り換えて来ています。所要時間は2時間ちょっとかかります。今日は以前紹介した『明日なき森』(後藤伸講演録)を読んできました。この著の中で後藤さんは虫の代弁をしていました。そして彼は「人間ほど勝手な生きものはないな」と感じ、「人間本位にものを考えていったら、こりゃ、どうもこうもならんようになるということを、最近、非常に強く感じている」とも言っていました。70歳になって、虫の言うことを分かるようになった、と言っていました。そうしていると、自然に、人間社会のことも分かるようになった、とも言っていました。
 昨夜は、埼玉県に住んでいる森びとインストラクターが集まり、「森びと埼玉ファンクラブ」(仮称)の準備会議(呑み会)を行ったそうです。栃木県ファンクラブに続いてのクラブ結成となり、埼玉地域での“山と心に木を植える”運動を進めていく豊富が語られた会合になったようです。
 明日からの二日間は、第4期インストラクターの補習授業です。先輩インストラクターに続いて、自主的に地域から森づくりを進めていくリーダーが巣立っていきます。

2008年12月10日 (水)

生きることは戦うことだ!

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 1901年の今日、田中正造さんは明治天皇に直訴しました。衆議院議員を辞して、農漁民のために戦う決意をした日が今日でした。この1年前の2月13日の朝、鉱毒で苦しめられていた農民たちは渡良瀬川とともに生きていこうと、大挙誓願のために雲竜寺を出発しまし。しかし、農民たちは待ちかまえていた憲兵と警察官に襲われました(「川俣事件」)。官憲は無抵抗の農民を殴る蹴るの暴行を行い、多数の農民が負傷しました。
 田中正造さんは、議会でこれまで以上に足尾鉱毒事件で政府を追及してきましたが、この川俣事件をきっかけにして農民と共に戦う覚悟を決めたと言われています。直訴から3年後、正造さんは谷中村に入り、鉱毒被害農民ととも戦いの現地に起ちました。63歳にして現地に起った正造さんは、72歳まで戦い続けました。
 世界の金融不安下では、企業や労組そして多くの方々の社会貢献意識は内向きになりがちです。大企業でも、これまで積極的に進めてきた森づくりを中止する、という気配が巷では耳にします。私達が地球とともに生きていくためには、やはり戦う覚悟を固めなければならないようです。
(『田中正造の生涯』林竹二著参照)

2008年12月 8日 (月)

環境問題の解決の糸口は虫から学べ

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 昨日の午後、テレビを観ました。伊勢神宮の森が紹介され、番組には養老孟司さんと宮脇昭先生が出演していました。養老さんは虫から森を観察していました。養老さんは昆虫採集家でもあり、とくにゾウムシを研究しています。虫と言えば、本日、東京事務所に「いちいがしの会」様から封書が送られてきたので、開封してみると『明日なき森 カメムシ先生が熊野で語る』という著の案内でした。
 カメムシ先生とは、和歌山県生まれの生態学者・昆虫学者である後藤伸さんです。同封されてきた書評を読むと、虫から生物社会を観察している方は、社会環境も良く観察できているのだなあー、と思いました。産経新聞(10月8日付け)の書評でカメムシ先生は、「植林や殺虫剤、農薬の使用など人と自然のかかわりにいて考察している。また、紀伊半島独特の自然相や照葉樹林に覆われた日置川流域の変遷にふれ、ダムによって失われた照葉樹林文化や人口植林の危険性を詳述。20世紀を過去数千年にわたって受け継がれた自然の智恵が失われた世紀と位置づけ、自然修復の21世紀することに期待をつないでいる。」と書かれています。
 養老さんは環境問題こそ真の政治問題だとして、「フツーの常識」が環境問題を引き起こしたのだから、この「フツーの常識」を変えなくては環境問題は解決しない、ということ等を述べてます(『いちばん大事なこと』集英社新書)。「フツーの常識」は人間社会の常識ですから、私達が変わらないと環境問題は解決しない、ということでしょう。このお二人は、その糸口は虫(自然環境)から教えられる、と言っているようです。
 早速、カメムシ先生の本を予約しました。「いちいがしの会」の皆さん、編集お疲れ様でした。

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2008年12月 6日 (土)

柚子のトゲに刺されて、森の心にかえる

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 今日は柚子を採りました。昨年いただいた柚子で作った柚子酒が無くなったので、柚子酒を作るために後輩の家を訪れました。家はJR安中榛名駅から数分の所なので、途中、宮脇昭先生指導のもとでつくられたJR東日本の森に寄ってみました。住宅造成地の斜面にはカシ類の木々が元気に育っていました。
 ところで2週間後には冬至を迎えます。ご存じのように、この日を境に昼の時間が長くなります。と言っても寒さは厳しくなり、植物も人間もこの厳冬を元気に乗り越えていかなくてはならない時季です。冬至には、夏に収穫したカボチャを食べ、風邪の予防や疲労回復のために柚子湯に入る、と言われています。農薬も肥料も使わない柚子の香りだけでも、今日は元気をもらったようでした。
 柚子の木には鋭いトゲがあり、簡単に実を採ることができません。トゲに刺されましたので、全部の実を採らずに、何個か残しておきました。「柚子の大馬鹿16年」等の諺があるように、自然の恵みを得るには手間と我慢がともないます。そんなことを考えながら、今夜は香り高い柚子の実を風呂に浮かべて、私たちが自然(森)に生かされていることに感謝しました。明日は、柚子酒を作ります。

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2008年12月 5日 (金)

森の叫び、“分かち合いの心を時代に活かそう”!

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 森に入ると色々なことが学べます。今、主要国の自動車産業に働く労働者の多くは首切りを強いられています。日本でもその嵐が吹き、学生達は内定取り消しを強いられています。企業経営者はなんと勝手な事をやっているのかと怒りが爆発しそうです。TVニュースで、労働組合に加入して一緒に闘おう!、と訴えていた労組の委員長にエールを送ります。
 木の実や山菜、そしてキノコや魚などは年によって採れる量が異なります。量が少ないからといって取り尽くすことはできません。森(自然)と共生していくためには、不猟(漁)の時は山の神に、森の恵みに感謝し、少し我慢をします。そして、少しばかりの森の恵みを分け合って、命を守ります。森と共に生きてきた日本人は、“分かち合う”という考え方を森から学んできました。不作や不猟があっても、猟(漁)をできない年寄りや子どもたちに平等に分け合う、という生き方がありました。
それは人は森に生かされているから、ということを十分に分かっているからです。
 主要国の一部の企業経営者の行為を見ていると、そんな人間性はひとかけらも見えません。企業経営者は社員から生かされている、ということを無視しているようです。ゆえに、“シェアリングする”という考えも見えません。むしろ被害者面して、公的支援が得られれば「年俸は1ドルにする」(アメリカ)とか、企業が正社員化すれば一人100万円を支援する(政府与党)、という小手先で世界の金融不安を乗り越えていこう、としていますが、私達は小手先に目を奪われてはならないと思いました。

宮脇昭先生がテレビ出演します。7日(日)、16時5分~17時20分。フジテレビ系で「森といのちの響き」です。

2008年12月 2日 (火)

やはり現場の笑顔がすばらしい

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 アジア・アフリカの公務員一行は、日光市内のホテルを8時30分に出発、車内ではエコクイズにチャレンジしていただき、足尾に向かいました。30数分で足尾に到着、早速、苗床で苗木づくりの話に一行は耳を傾け、今秋に蒔いたドングリから根が出ているものを見せられると、「ホォー」という声をだして目を丸くしていました。
 その後は、軍手をはめて、ヘルメットをかぶり、背負子に腐葉土を載せ、スコップと苗木を持って階段を登りました。植樹方法のアドバイスを受けて、穴を掘って植樹しました。スコップで穴を掘っている様子を見ていると、スコップを使ったことのない方もいるようでした。
 記念植樹後には、全員の写真を撮って下山しました。作業小屋では質疑討論を行い、ボランティアは年に何人くらい参加するのか、人はどのようにして集まってくるのか、土壌づくり等の質問を受けました。30分程の質疑でしたが、当委員会からは「皆さんが植えた木の生長は、来春、ホームページで紹介します。各国の荒廃地の植生回復に少しでも役立ていただければ幸いです」と、お礼を述べました。11時30分、一行はバスに乗って、次の会場へ出発して行きました。
 ちょっとした時間の森づくり交流でしたが、日本の一部公務員のような不真面目さは感じられませんでした。

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2008年12月 1日 (月)

命を大切にする糸は紡げたかなー

 足尾の朝は氷が張りました。本日は8時30分に「森びと広場」に到着。空は雲ひとつない快晴で、気温は零度でした。本日は鹿の食害に遭わないように、絆の森の柵を直しました。絆の森は、白い花をつけるコブシの森をめざしています。植えたコブシはその期待に応えてくれていました。植えた当時は40㌢程のコブシでしたが、1年半で樹高140㌢程に、幹も2㌢~3㌢に生長しています。小さくても可憐な花を来年は見たいなー、と話しながら作業をしました。昼食は、男料理のチャーPc010506ハンと大根の煮付けを食べました。後午は2時まで、来年の植樹会場の整理をしました。
 15時には、日光市内へ移動。アジア・アフリカの皆さんと荒廃地の植生回復の講義です。12名の皆さんには、私たちがあえて旧足尾銅山跡地と旧松尾鉱山跡地で森づくりをしているのかを報告しました。皆さんは国家公務員や大学教授、研究員ですので、民間人がどうしてボランティァで植樹をするのか、という質問が相次ぎました。1時間もの討論を行って、自然と人間の命を大切にする私たちの心が伝わったような気がしています。明日は、足尾現地で、背負子を背負って階段を登り、一人三本の記念植樹を行います。

2008年11月30日 (日)

森づくり仲間の絆を世界へ

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 明日はアジア・アフリカの皆さんと荒廃地の植生回復をめぐって議論します。本日はそのための準備をしました。午後の足尾現地の気温は4度、対岸の山にはうっすらと雪が積もっています。雪景色を見ていると、昨年同様、アジア・アフリカの皆さんには初めての雪に彼らの喚声が松木沢に響くだろう、と思いました。
 JICA横浜が研修している「アジア・アフリカ地域荒廃地の植生回復研修」の一部が、明日、日光市で行われます。7ケ国12名の森林関係公務員、大学の講師や研究者が、足尾でのふるさとの木によるいのちの森づくりを視察、各国での森づくりに活かしていく、といいます。
 それぞれの方々は自国では専門家なので、私たちは彼らに何を報告するのか、と緊張します。しかし、所詮は人間の傲慢な生き方が根本的な原因でありますので、あえて私たちが旧足尾銅山跡地で森づくりを行っているのか、を伝えられればと思っています。
 スコップや苗木、腐葉土を植樹会場まで運び、視察及び植樹が安全にできるように足下を整理しました。下山途中、小さないのちの森は紅葉を終えた葉が落ち、その木々の間からはカシ類の緑色した葉が目立っていました。試験的に植えているカシ類は冷たい風に震えながら背筋を伸ばしていました。明日、4回目の冬に向かって生きているカシ類をアジア・アフリカの皆さんに見てもらって、森づくり仲間の絆を太くしたい。

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2008年11月28日 (金)

安全に妥協は許されない

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 昨日は古河機械金属㈱足尾事業所の案内で、廃坑後の施設を見学しました。備前楯山の周囲の山々は江戸時代から掘られ、その坑道は延べ1000㎞を超えると言われています。この坑道には湧き水が流れ、水には様々な鉱物が含有され、化学変化を起こしながら水は流れています。この水は害にならないように中和され、川に流されます。しかし、水に流されてきた様々な含有物は専用のたい積場に溜め、川に流れないように管理しています。
 これらの施設は各箇所で毎日点検されています。大雨や地震などが起こったときには、徹夜で監視している、といいます。安全が確保されている影には安全を守る人がいました。見学した施設は50年間以上も人の目と手で監視されていました。
 ところで、本日は日光中禅寺湖周辺の「千年の森」(私達が言っている森)を、東京農大の学生さんと一緒に調査する予定でした。本日の天気予報は雨ですので、標高1500㍍付近は雪です。足尾から中禅寺湖へ車で向かうには、雪用タイヤもしくはチェーンが必需品です。ところが足尾事業所で森びと号タイヤをチェックすると、雪用タイヤに交換してあるはずの森びと号はノーマルタイヤでした。急遽、日光市内でチェーンを買い求めようとしましたが、店には売っていませんてした。
 雪の「千年の森」調査は断念し、東京へ引き返しました。何事も安全が第一ですが、それを確立させていくためには基本的な点検(チェック)と判断(断念)の大切さを痛感しました。

2008年11月26日 (水)

強者どもの森づくり

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 足尾の森づくりは強者シニアで支えられている、と言っても過言ではありません。春の草刈り、春と秋の階段づくり、そして辛いけれど重要な苗木分け作業を、平日に手伝ってくれています。若者たちが作業に来ると、スコップやチェーンソー、そしてカケヤ等の道具の使い方を真剣に教え、また、協働作業のイロハを教えています。家では奥さんの介護もしながら、その奥さんの理解を得て、手弁当で支えてくれています。
 そんな強者シニアの慰労会の2日目は、「浜離宮恩賜庭園」を散策しました。やっと紅葉らしくなってきた木々を見ながら、庭園内に生えている木を調べてきました。公園の一角に、冬だというのに花を咲かせている木がありました。「何だ!」、「これは見たことある。赤い実を付けるやつだ」などと、言っていましたが、公園の掃除をしていた方に聞いてみると、「バットを作る木だ」と言われました。誰かが「それはアオダモだ!」と言ったので、それで一行は納得したようです。
 私は奥日光の西湖周辺に生きている巨木のアオダモを思いだし、アオダモは落葉樹なのだがなあー、と思い、調べてみるとそれはシロダモでした。後日、シニアの皆さんにそのことを連絡しました。強者シニアの皆さん、来年も頑張りましょう。

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2008年11月23日 (日)

未来のために厳しい目を光らせよう!

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 本日は第2回理事会が開かれました。新事務所での会議でした。理事会では、後期事業の経過を振り返り、新年度の事業に向けた基本的な事柄を審議しました。理事会後は、一年間ボランティア作業に協力してくれた方々の慰労会を開きました。
 理事会では、来年の「森と生きるキャンパスフォーラム2009」の開催をめぐって審議し、来年3月に開催される通常総会までに、フォーラムの企画案を創りだしていくことにしました。その内容は、今後は外材は輸入できない日本、反面、日本の森には間伐しなくてはならない森が多い、親子の住宅ローンに悩む日本人、住宅事情が悪い日本、しかし日本文化の良さや政府や企業の住宅政策の本物がつかめない日本人が多い等の社会事情を分析することにし、そのうえで森の大切さを日本人に発信していくことにしました。
 また、慰労会では草刈り、苗分け、撒水作業、階段づくりを積極的に手伝ってくれたシニアの皆さんの作業報告を理事会と支援団体は聞きました。
 昨日は、川崎市の「わっくら」という会の皆さんの月例会に招待され、髙橋理事はふるさとの森づくりの話をしてきました。倶楽部の皆さんは強者ばかりで、川崎市民の厳しい目をもっていました。倶楽部の皆さんは市民の神経として存在し、その責任を果たしているようでした。
 理事会にしても、倶楽部にしても単なる仲良し倶楽部が集まっているのでなく、社会の出来事に機敏に反応し、できることを具体的に実施していくことが大切であり、それが市民に理解され、この輪が拡大していくことが私達の課題であることを再認識しました。

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2008年11月21日 (金)

人間は、大自然のもとで生かしてもらっている動物にすぎない

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 「芸術の秋」という言葉を実感できる朝が19日でした。私達人間は、自然(=秋)の素晴らしさを絵や写真、俳句等に創作して楽しんでいます。その対象物は人間が創りだしているのでなく、主に森林が創りだしてくれています。同じ対象物を作品にしても、その魅力は創作者の人間性にあるようです。19日の旧足尾銅山跡地はそんな気持ちにさせてくれました。
 私の好きな画家の1人に田崎廣助氏がいます。田崎氏は、阿蘇山や浅間山の風景を描いていますが、創作する前にはその山を360度から見て回り、山にも登ったりします。そこには「浅間山とそこに生きているもののすべてが手を取り合って生きている。人間もこの大自然のもとで生かしてもらっている動物にすぎず、その知恵と学問を利用して自然を破壊してはいけない」(田崎廣助画伯)、という考え方があるようです。
 ところで安田喜憲先生から「自然と生きる環境生命文明」と題した、「第9回国境を越えて野鳥の保護を」というシンポジウムの案内が事務所に届きました。今月24日(月)・13時から17時まで、場所は「砂防会館」、参加費は1人1000円です。基調講演は柳生 博(日本野鳥の会会長)シンポジウムのパネリストは、ライ・ヤマモリ(エコロジスト)、中貝宗治(豊岡市長)、安田喜徳(国際日本文化研究センター)です。(問い合わせ先:日吉神社:052-400-2402、花園神社:03-3209-5265まで)
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2008年11月14日 (金)

旧松木村の村民の心に近づきたい

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 昨日は、きもの教室の講師をしている方と話す機会を得ました。足尾の森づくりをしている旧松木村の話になると、その方から、「来年はそこで桑の木を植えさせてください」、と言われました。さらにその方は、「絹は100年間も生きつづけ、日本人にとって欠かすことのできない品物です。これは蚕が生産してくれる繭を原料にして織られ、蚕の餌は桑の木の葉です。旧松木村の村民は養蚕で現金収入を得たという話を聞いて、是非、桑の木を植えたい」と言ってくれました。
 私たちが森づくり運動している場所は旧松木村の跡地です。亜硫酸ガスの煙害で桑の葉やアワ、ヒエ等が全滅となって、村民はこの村を去らざるをえなくなりました。当時は、養蚕が行われていた、といわれています。この話を講師にお聞かせしたところ、前述した話になりました。是非、来年は桑の木を植えてみよう、と思いました。
 この時季、黄緑色した蚕のようなものが葉を落とした木々の枝から下がっていることを見かけます。昭和20年代の子どもの頃は「ヤマカイコ」と言っていた記憶があります。今はあまり見かけませんが、それはウスタビガという蛾の繭です。とても美しく、自然な黄緑色しています。絹の着物を羽織って生活するという余裕はありませんが、何故か、日本人は誰でも着物を着てみたい、という気持ちがあるのではないでしょうか。そんな気持ちにさせてくれているのが、蛾であることを改めて考えさせられた一時でした。
 来年の森づくりは、少しでも旧松木村の村民の心に近づければ、と思いました。写真はインターネット上の写真です。

2008年11月12日 (水)

新事務所に胡蝶蘭が届きました

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 昨日は新事務所への引越をしました。このブログは新事務所で更新しています。事務所はJR田端駅から東へ歩いて5分程のところにあります。ご近所の皆さまよろしくお願いします。
 朝から引越作業をしましたが、大変苦労したのがリースのコピー機運びでした。200㎏以上あるコピー機を降ろし、新事務所の狭い階段から上げました。そこで思い出したのが、築城で堀の巨大石を運搬した方法でした。当時、氷の上を利用して運搬したと言う話からヒントを得て、コピー機をコンパネに載せて移動・運搬しました。改めて人の力を発揮することに、運搬に協力してくれた皆さんは感心していました。この大変な作業に心を和ませてくれたのが、胡蝶蘭の贈り物でした。昼頃、花屋のお嬢さんが大きな胡蝶蘭を抱えてきましたので、作業をしている皆さんは驚きましたが、部屋は明るくなりました。花を贈ってくれた方は、日本貨物鉄道労働組合・中央執行委員長の伊藤憲治様でした。貨物労組の皆さまありがとうございました。
 貨物労組の皆さんは、今年から全国各地で森づくりを始めています。全国の森びとインストラクタへの皆さん、貨物労組の皆さんと共に“ふるさとの木によるいのちの森づくり”をすすめてください。私たち事務局も、貨物労組の皆さんと連携して「いのちの森づくり」を進めています。
 新事務所の呼び名を「東京事務所」とします。これからもよろしくお願いします。引越作業を手伝ってくれたインストラクターとJREUサポーターの皆さんありがとうございました。

2008年11月10日 (月)

自然といのちを破壊する悪に起ち向かおう

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 森びとインストラクター17名が誕生しました。最終講義の昨日、第4期「森びと教室」受講者17名は、宮脇昭先生から森びとインストラクターの認定を受けました。病気や怪我、仕事の都合で全講義を受けられなかった皆さんは、年内に実施される講義・実習をクリアーして認定される予定です。インストラクターの皆さん、お疲れ様でした。そして、おめでとうございました。
 昨日は、朝8時30分から宮脇昭先生の講義がはじまりました。先生からは、オバマ氏が大統領に当選した当日のアメリカマスメディアの情報が報告され、世界中が閉塞感になっている時には、悲観するのではなく未来へ向かってプラス思考でいかなくてはならない、と檄がとばされました。また、先生は、人間の感性を磨き、知恵を出し合って前向きな人たちがひとつになれば、環境も戦争も良くなる、と延べ、トータル的な視点から現場に立つと本質が見える、本質を見極める森びとインストラクターたれ、と講義されました。そして具体的には、今だからこそこの瞬間に、出し惜しみするのでなく、手抜きせず、自分の力の全てを発揮してほしい、という受講者に期待を寄せられました。
 12時までの講義の後は、受講者各自の豊富を全員の前で述べていただき、討論を積み重ね、本物の森づくりを目指すリーダーへ決意を固めました。講義が修了した後、髙橋常務理事から受講者へお礼の言葉が贈られ、受講者を代表して國分さんと関根さんが宮脇昭先生と事務局へ感謝の言葉をおくりました。
最後に、宮脇昭先生から受講者へ認定証と修了証が授与され、半年間の講義・実習は終了しました。「森びと教室」を見守ってくれた皆さん、ありがとうございました。

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2008年11月 9日 (日)

生きていられることは最高に幸福だ

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 更新作業が深夜になってしまいました。明日(9日)の講師・宮脇昭先生が飛行機のフライトが大幅に遅れて、足尾到着が零時を過ぎました。先生はアメリカ帰りの直後に四国へ飛び、四国での森づくり後、直行で足尾へ向かってくれています。先生の到着を待っている途中で、更新作業をしています。
 昨日(8日)の最終講義は、青木淳一先生から「分解動物の役割」の講義・実習でした。受講生は講習室周辺の枯葉などをビニール袋に集めて、枯葉などを分解している土壌動物を発見しました。分解動物の数と種類を調べ、その役割を学びました。結論は、植物(生産者)と分解動物が存在して、はじめて私たち消費者が生かされていることを学びました。明日(9)は、8時30分から宮脇昭先生の厳しい講義です。私たちは評論家でなく、山と心に木を植える運動家として、各地でふるさとの木による生命の森づくりをすすめるリーダーになるための大切な日です。
 露天風呂から輝いている満月を観ていると、人間は平和で生きていられることが幸福である、ということが実感できました。12時55分、宮脇昭先生が到着しました。

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2008年11月 7日 (金)

本物の“森びと”になってほしい

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 明日は第4期「森びと教室」の最終講義です。その準備を兼ねて事務局は、「森びと広場」の環境整備をしました。天気は晴れ、気温12度で、何もせずに立っていると肌寒く感じます。「作業ノート」を見ると、昨日は霜が降った、と書いてありました。
 臼沢の植樹会場に入ってみると、植樹した木々の葉は写真のように鮮やかな秋色になっていました。広場に戻って環境整備をしていると、苗木がポットから数本抜かれているものを発見しました。人間のイタズラなのか、と思いましたが、ポットに付いている傷を見て、猿の仕業と感じました。苗をポットら抜くと、土の中にはドングリが埋まっていることを猿は学習しているのかと、思いました。
 苗木分けを終え、遮光ネットを覆い、その後、撒水をしました。本日で、苗木分けが終了しました。分けた苗木はトータルで18350本程になりました。作業を終えて、帰り支度をする16時過ぎには気温が8度になっていました。明日、この木々の葉は一段と鮮やかな色に変化して、輝かしい紅葉が見られるのか、と考えると嬉しくなりました。4年前に植えた木々の持つ「力」に感謝です。
 ブログをアップしていると、窓ガラスを通して北風が吹いていることに気づきます。風が吹く度に、寒風に晒される木々は歯を食い縛って堪えていることを思うと、身が締まります。明日、森びとインストラクターに認定される予定の皆さんには、本物の森びとになってほしい。寒風にもめげず、森のなかで五感を磨き、知恵を豊かにして森の破壊者に起ち向かってほしい。

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2008年11月 6日 (木)

旧友と歩いたブナの森

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 今年の紅葉時季は昨年と比べて2週間程度遅い、と言われています。11月2日、JR日光駅のタクシー運転手がそう言っていました。そんなことを思い出して歩いたのが、本日歩いた越後湯沢のスキー場内のある散策コースでした。標高約1200㍍のブナ林の葉は落ち、枝だけとなっていましたが、約1000㍍のブナは黄色に輝いていました。
 私たちをはじめ当地を訪れた皆さんは、黄色く色づいた木々に癒やされていたようです。このコースを散策した私たちは元会社の旧友ですが、昨夜は大いに語り、本日は、改めて自然環境のありがたさを実感しました。
 道の両枠には、サワグルミの大木、ホオノキの巨木とブナが主役となっており、木々はまもなく冬支度を終え、ブナたちは冬眠に入っているようでした。次世代を担う若者たちへ、大切な緑がいきいきと生きている森を観て、私たちは改めて自然環境の力に感謝しました。
 帰りは、駅前のそば屋で秋の新そばを食べながら、来年の豊富を語り合いました。若者たちと私たちが地球とともに生きていくためには何をしていくのか、と。それには森の中で学ぶ他ない、ということでした。

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2008年11月 1日 (土)

国滅びても山河は残せ!

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 昨日は、久しぶりに国会周辺を歩きました。民主党の参議院議員に会う用事があって、松井事務局長と議員会館に行ってきました。その訳は、日本の森を守るプロが育たなくなってしまうのではないか、という危機感があったからです。どこにどんな木が生えているのかなど、森林を知り尽くしている林野庁が二分され、森林事業の一部が独立行政法人化されてしまうからです。
 7月に開催しました「森と生きるキャンパスフォーラム2008」では、生徒達は森林を学んでもそれを活かして働く場所がなくなっている、ということが農業高校の先生から報告されました。
 地球規模では温暖化問題が叫ばれ、森林の役割を益々充実させなければならない時代を迎えているにもかかわらず、森林を守るプロを育てようとしない政治はおかしい、という問題意識がフォーラムで突きつけられました。そこで、政治はどうなっているのか、を自分の目で確かめるために議員会館を訪れました。アドバイスしてくれました参議院議員は、今の与党では国も山河も滅びてしまう、と言っていました。また、議員は国は滅びでも、山河が残れば国は再生できます、と自信をもって話してくれました。
 私たちは森に生かされている以上、とにかく森を守っていかなくてはなりません。私たちは森を守るプロが育つように、その運動を模索していかなくてはならないと感じています。黙っていては森林は滅びてしまいます。政治に無関心ではいられないようです。

2008年10月30日 (木)

生命(いのち)を守る、まずは自分の健康を第一に

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 今日は2千㍍以上の山では初冠雪でした。関東では那須の茶臼岳、浅間山の頂上にはうっすらと雪が降りました。昼頃、事務局員は訪れた大田原市野崎地区に住んでいる第1期インストラクター・星野恵司さん会うと、今日の朝は寒かったそうです。星野宅の軒先には、真っ赤な唐辛子が干してあり、庭には小さな柚の木に大きな柚の実がぶら下がり、霜月を醸し出していました。
 星野さんは奥様とともに「森びと那須クラブ」の活動を盛り上げています。本日は、那須クラブの皆さんが進めている苗づくり作業所を訪問しました。那須クラブの皆さんは、「足尾広場」の作業小屋、森づくりの看板そして植樹会場のベンチ等を造ってくれました。そして、昨年秋からは、命の森づくりのための苗づくりをはじめています。
 会社をリタイヤした先輩方が中心となって、未来の子どもたちが平和な社会と豊かな森の中で生きてほしいと、会社員時代よりも忙しく、しかし、楽しく笑顔を絶やさず、森づくりを進めています。
何が一番良いですか、と訪ねると、「ストレスが溜まらないことだ!」と、言われました。幼い木に向かって、水を与え、草を取り、太陽の光を与え、日毎に伸びる木々が巨木となっていくことを願うと、無心になれる。その後、一杯呑みながら、笑ったり、怒ったりして話しこむことが楽しい、と言ってくれました。
 「森びと那須クラブ」の植樹際は11月3日に行われます。また、クラブの皆さんが作った餅米が収穫されました。餅米(こがねもち)は、湧き水、無農薬、天日干しで作られ、欲しい方にはお分けしたいと、と言っていました。市価の半額で(送料着払い)でどうですか、と言っていました。問い合わせは、大野さん(電話:0287-63-4373)に電話してください。世界各国の一部企業による食の犯罪が暗躍しているなかで、シニアの皆さんのチャレンジには脱帽でした。

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2008年10月23日 (木)

背に北風を受けました。間もなく足尾は冬です。

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 今日の朝はご覧の通り、足尾町の赤倉地区は雨雲が覆われていました。天気予報通りに雨の一日かと思いましたが、雨は小雨で降ったり止んだりでした。風が吹くと北風で、これがじっとしている苗木分け作業には堪えました。
 昨夜は、千葉の会員から送られた里芋とゴボウ等を切って、中鍋一杯のけんちん汁を作りました。一晩寝ねかしたけんちん汁を鍋に入れ、森びと広場に持って行き、昼食に、皆さんに食べてもらいました。味はみそ味にして、群馬のこんにゃく、椎茸、油揚げ等で整えました。あるインストラクターは3杯もお代わりするほどの美味しさ?、でした。
 本日は、昨日も来てくれた森戸さん、事務局スタッフの小川さん、神田さん達によって、苗木分け作業がはじまり、午後3時頃には、43トレイ・860本の苗木分けができました。また、小川さんは、来月にはじまる階段造り(11月15日から18日まで)の下見をしました。
 この頃は、足尾町内には大型バスが所狭しと走る時が見えますが、本日は足尾ダム付近でスケッチをしている皆さんを拝見しました。是非、足尾町の歴史をも思い浮かべながら絵を完成してほしい、と、思いました。足尾ダムには様々な歴史が折り重なって現代があります。

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2008年10月21日 (火)

 国境を越えた本物の森づくりをめざした看板づくり

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 本日は、事務局員の松村さんが2箇所の苗床に撒水しました。群馬県のスタッフ2名(小井土さん、柳沢さん)は、足尾森びと広場に設置する大看板用の間伐材を運搬しました。
 足尾ふるさとの森づくり以降、一週間も秋晴れが続いています。その上、乾燥も続いていますのでポットの中は水不足です。苗分けした若木や命を吹き込まれたドングリは、雪が降る前に少しでも毛根に元気を与えようとしていることでしょう。そんなことを考えながら、色づいた葉をつけている若木、そして遮光ネットと藁のマルチングの下で根を出そうとしているドングリに水を与えました。
 来年は、足尾で森づくりをはじめて5年目を迎えます。5年前に植えた樹木は3㍍以上の樹高になっています。足尾・旧松木村の跡地には着実に生命(いのち)の森が大地に根を張っています。100年先のこの森は、自然環境と人間の命を大切にする方々の熱意と継続によってつくられています。
 5年を記念にして、「森びと広場」入り口に大看板を設置します。古河機械金属㈱足尾事業所の許可を得て設置する看板は、足尾の生態系と松木村の歴史そして私たちの森づくり活動を紹介していこうと考えています。180㌢四方の看板を支える支柱の大きさは、直径40㌢×長さ3㍍もあるアカマツです。このアカマツを足尾まで運搬しました。
 この看板は、松木沢を散策するハイカー、春から夏に多い釣りファン、緑化作業をしている皆さんへの案内と訴えです。皆様のアイデアをお待ちしています。

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2008年10月20日 (月)

「森と生きるキャンパスフォーラム」・・・その⑦

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 第3部はシンポジウムでした。パネラーは、安田善憲さん(国際日本文化研究センター教授)、宮脇昭さん(横浜国立大学名誉教授)、岸井成格さん(ジャーナリスト)、コーディネイターは村田久美さん(当委員会理事)でした。
 テーマは、「命の森へ進路をとれ!」と題して、90分間の討論をしました。シンポの流れは、安田先生には「環境問題への指摘」 → 宮脇先生には「今、世界では何が起きているのか」 → 岸井さんには「本物の森がなかなかつくれないということは、行政、政治のどういう仕組みからきているのか」 → 安田先生には「歴史上で社会が滅びなかったのは森との共存という文明ですし、これが持続可能な時代ではなかったか。今、「持続可能な社会を」、と言われますが良く理解できません。この持続可能な社会ということに関して」 → 宮脇先生には「カーボンオフセットに関して」→ 安田先生には「急激に進んでいる温暖化の地球の未来をどのように推測するか」 → 参加者との質疑・討論 → 最後に、「地球を救うためにはどのような生き方をすればよいのか」、という事に関してでした。この点に関して、安田先生は森を植える者の心は、「地球上の命あるものに囲まれて人間が地上に生を受けたその命を大事にして、しっかり生きるということ」、宮脇先生は、「人事でなく、自分が、あなたが、あなたの愛する人とともに木を植えること。せっかく植えるのだから、やっぱり本物の木を植えてほしい。本物は長持ちするもの、三役、五役を中心にしながら木を植えてほしい」と、岸井さんは、「行政や政治への働きかけをもっと強めていかなくてはならない。それも国境を越えてどこまで広げていけるかです。」、と話してくれました。
 シンポジウムでは全ての生物が100年先、200年先の地球とともに生きていくための、私たちの課題が具体的に分かりました。まずは今すぐ、人ごとでなく、自分が本物のを木を植えて、植えながら命を大切にする心を育んでいく。そのためには、それぞれの場で汗を流し、努力していかなければならないということが分かりました。そして環境問題は極めて政治課題であることも明確になりました。
(訂正)
 昨日の第4回「八幡平・ふるさとの森づくり」のデータは間違っていましたので訂正します。蒔いた数は、ミズナラ、コナラ、カシワを5775ポット・17325個、トチノキ、クリは1539ポット3078個で、合計20403個を蒔きました。また、参加者は総勢106名でした。訂正してお詫び申し上げます。

2008年10月18日 (土)

「森と生きるキャンパスフォーラム」・・・その⑥

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 第2部・「若者たちの挑戦」の最後は、当委員会のインストラクター水落一郎さんの報告です。彼は、栃木県日光市足尾町のはげ山に何故、私達は植樹をしているのか、を報告しました。鉱石採掘のための伐採、山火事そして煙害によってはげ山となった足尾の歴史。50年以上の緑化事業でやっと木が生えてきた足尾の山々。この山々にふるさとの木によるふるさとの森づくりは、宮脇昭先生の厳しい指導のもとで行っている様子。3年前に植えた木々は2㍍を超え、根もしっかりと大地に張っていることが報告されました。そして、なによりも小学校児童から生徒と学生等、多くの皆さんと一つの目標に向かっていることの力強さと、嬉しさを毎年大きな輪につくりだしていることが報告されました。
 何を伝えたかったのかと尋ねてみたら、彼は、森づくり運動を通じて「植物も私も一つの命、国籍が違うとか、人種がどうだとか、ということは関係なく、ひとつの地球上の大切な命として、全ての命が支えあえる社会をみんなで実現していきたい」、ということでした。
 北極海では今年の海氷面積が小さくなって、「小ささは過去2番目になった」、と新聞報道されました(米・雪氷データセンターの発表)。北極は地球温暖化の影響がさらにでやすくなってきているようです。地球とともに生きていこうとする私達は、声を大にして、経済成長のための「持続可能な社会」の実現を見直していかなければと感じます。

2008年10月15日 (水)

地球と生きるということは、具体的でなければなりません

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 13日は、第1期インストラクターの塚崎さんとお会いしました。目的は新種シモツケコウホネの棲息地を観るためです。コウホネは水草の一種ですが、新種のシモツケコウホネは地元(旧今市市小代)では「カワワカメ」と呼ばれていたように、葉がワカメのような形をしています。普通、コウホネの葉は丸い形になっていますが、この新種の葉はワカメのようになっています。
 このコウホネが棲息している小川は延長50㍍ほどしかありません。この短い小川には、ホトケドジョウ、カワニナ、マツカサガイ等の水中昆虫をはじめ、ベニシジミ、オオアオイトトンボ等の昆虫たちが生きています。塚崎さんはこの小さな生物の世界を保存する活動に参加しています。彼女は、「この周辺の田圃は区画整理と護岸工事が予定されているので、この小川の上流がU字溝になってしまうことが心配です」と、言っていました。この生物たちの世界は行川から流れてくる清らかな水と、水中昆虫による水の浄化によってつくられているようです。
 その後、塚崎さんはヤマナシが棲息している場所に案内してくれました。サルナシでなく、今では極めて珍しいヤマナシの巨木を観ることができました。幹の太さは周囲60㌢程で、樹高は20㍍はありました。落ちている実を食べてみると、梨の味がしました。塚崎さんは種を蒔くと芽が出る、というので種を持ち帰えりました。
 「この地はダム建設が計画されているから、反対運動をつくっています」、と塚崎さん。食の安全が危ぶまれている今日、ミネナルが豊富な時季の野菜や 果物の本物の味をしらない私たちにとって、本物の野菜や果物を知ることが私たちに求められています。地球とともに生きていく、ということは具体的な出来事に自分の価値観を明確にし、できることを実践していくことだと思いました。塚崎さんの目は、透き通って生き生きとしていました。塚崎さんありがとうございました。

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2008年10月11日 (土)

森びとインストラクターの皆さん、本物を見抜け!

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 第4期「森びと教室」の5回目講義が始まりました。講義内容は、1時間目は宮下正次さん(当委員会理事)の「森も人も病んでいる」と題した講義、2時間目は辻岡幹夫さん(栃木県環境森林部森林整備課長)の「足尾の自然と鹿の特性」と題した講義でした。
 宮下さんは、森林の立ち枯れと人間にガンが多発している日本の現状(原因)を、ミネラル不足・微生物が生きられないところから解明されて報告し、この状況を救うのは炭しかない、と炭の効用に関して提起されました。続いて、辻岡さんは、7年間も日光の自然界で調査してきた鹿の特性と、この鹿の自然界への害などを報告してくれました。
 鹿が増えた原因(繁殖が旺盛な鹿の特性と温暖化などによって降雪が少ない関連など)は結局、人間がつくりだしていること(辻岡さん)、また、ミネラル不足・微生物が生きていけない原因は、人間の豊かさだけを求めた結果によるもの(宮下さん)、というように、人間の生き方・考え方が原因であることが二人の先生から私たちへ訴えかけかけられました。
 自然と人間社会の本物を見抜かねばならない、ということをインストラクタへの皆さんは突きつけられたようです。明日は、100年先の命の森を形成するドングリに命を吹き込むアドバイスをするインストラクターの皆さんです。

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2008年10月 7日 (火)

 「森びとファンクラブ栃木」を設立

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 第4期インストラクター28名は現在、後期の講座で学んでいます。11月は、青木淳一先生の講義と宮脇昭先生の最終講義を受け、認定される予定です。森びとインストラクターは“山と心に木を植える”の精神をもって、各地で命の森づくりを行っています。しかし、森づくり運動の現実はマスコミで地球温暖化問題が騒がれているほど活発でなく、同時に、森をつくることは難しい問題です。 そんな中、栃木県在住の森びとインストラクターの皆さんは、4日、「森びとファンクラブ栃木」を起ち上げました。クラブは、阿部昌行会長を先頭にして、「山と心に木を植える」ことをしっかり実践していくために設立しました。当日は、日光・菖蒲が浜でドングリ収集を行い、拾った3千個を越すドングリは、12日に開催する第8回「足尾・ふるさとの森づくり」で命が吹き込まれます。
 クラブは、11月中旬の階段造り等の作業を手伝い、来年の3月に総会を開くことしています。テレビ等の広告では、二酸化炭素削減・地球温暖化防止は「エコ商品」に買い替えることだ、とキャンペーンされています。この企業のキャンペーンに流されがちな私たちが多い中、「森びとファンクラブ栃木」の設立は、栃木県に新しい森づくりの第一歩を踏み出したのではないでしょうか。

2008年10月 6日 (月)

 知識を現場で解剖し、森と生きる武器を身体にすり込む若者たち

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 若者研修の2回目の朝は雨でした。7時30分に現場に到着した私たち事務局は、カッパと長靴そしてゴム手袋を整え、秋雨がトタン屋根に当たる音に混じって聞こえるシカの鳴き声に耳を傾け、インスタントコーヒーを飲みながら若者達を待ちました。
 秋雨の中での穴掘りは大変です。雨で地面の草は濡れ、濡れた長靴と手袋を使って、彼らはスコップで穴を掘りますが、そもそもスコップはあまり使ったことがありません。それでも彼らは50㎝立方体の穴を掘り、黒土・腐葉土・枯れ草・掘った土を混ぜ合わせ、丁寧に苗木を植えてくれました。 研修には山口委員長も出席され、委員長は、足尾銅山での労働組合結成と待遇改善・労働環境改善運動の歴史を若者たちへ訴えていました。巷では『蟹工船』が若者たちに読まれていた、という新聞記事などを見ますが、JREUの若者たちが足尾の歴史の現場に起って、先達の労働運動と人間性、煙害で松木村人が村を追い出された歴史、そして鉱毒によって生活といのちが蝕まれた農民達の生き様などを、しっかり身体に染みこませている自然な姿を私たちは見せていただきました。
 彼らが現場を去った後はスコップ等の道具を洗い、3回目の受け入れの準備をしました。午後1時30分過ぎにはガスが晴れあがり、森びと広場周辺は一週間前と比べると赤や黄色に染まる葉が一段と鮮やかになっていました。

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2008年10月 1日 (水)

秋雨、こころに染みる森の宝物

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 足尾は本日、台風15号の影響はありませんでした。小雨はありましたが、15時過ぎには秋の青空が松木沢に現れました。そんな景色を背後に語ってくれた苗木分け作業に参加してくれた15名の皆さんは、厳冬を迎える一年生の苗木に元気を与えられたことに感動しているようでした。
  本日から始まった秋の苗木分け作業は、980トレイ・約1960本に元気を与えました。作業は単純ですが、ボランティァは一本一本の根を見て、ポットに入れる土や腐葉土の割合を判断します。これは結果的に、若木の生長を左右する判断ですから、ボランティァの皆さんも緊張します。
 単純な1日中ですが、作業中はラジオを聴いています。本日は、国会中継がラジオ放送で流されましたが、地球温暖化防止の質疑はありませんでした。こんな国会状況を聞いていると、私たち労働者・市民の生命(いのち)を第一としてまったく考えていないことがはっきりしました。
 植樹会場にはコスモスがきれいな花びらをなびかせ、足尾会場は旧松木村の森を再生しているかのようでした。来週末には、第8回「足尾・ふるさとの森づくり」(苗木づくり)が行われます。ドングリに生命(いのち)を吹き込んでくれた皆さんありがとうございました。

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2008年9月29日 (月)

「いのちの森」は渋民村にありました

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 「林中の鳥なり 風に従い樹梢を渡る 私はコスモポリタン」、と謳ったのは石川啄木です。また、啄木は、猿に扮して人間に警告しています。猿は、「権力で自然破壊をすることが可能だと考える人間に、これは人間最悪の思想だ」と。
 昨日(28日)、盛岡市内で「石川啄木記念館」学芸員・山本玲子さんと会いました。話は、石川啄木著『一握の砂』・「林中の譚」を絵本にしよう、というものでした。今年1月に開いた「森びらき」で山本玲子さんの講演を聞いて、是非、大人の絵本にして森づくりに活かしたいと、事務局は検討してきました。雑誌社とも相談してきましたが、利益第一の会社にはこの社会的使命が失われているようです。よって、山本さんと自費出版する話をしてきました。
 「・・ああ、お前はとうとう人間の最悪の思想を吐き出した。お前らはいたるところで悪いことを考えて、自然を殺そうとする。そうして自然に逆らうことは、この世の本当に正しいこと、本当に美しいものを殺してしまうことなのだ。お前らはいつの時代も木を倒し、山を削り、川を埋めて、お前たちのための平らな道路を作ろうとしてきた。だが、その道は真と美との境、すなわちお前たちにとって、天国に通ずる道ではなくて、地獄の門に行く道であることを知らないのか。お前たちはすでに先祖を忘れ、自然にそむいている。ああ、人間ほどこの世にのろわれるものはないだろう。・・」と、人間に警告してきた猿(啄木)。
 「生命(いのち)の森」は石川啄木が命名した森です。この世に生きるあらゆる生命がこの森に集まるのだということで「生命の森」となづけていたのが、啄木でした。啄木記念館近くには愛宕神社があり、啄木が子どもたちと過ごした「いのちの森」が今でも残っています。
 来年2月20日の啄木生誕123年に向けて、大人の絵本作りは始まりました。

2008年9月26日 (金)

「森と生きるキャンパスフォーラム2008」・・・その⑤

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 フォーラム第2部、4番目の報告者は出縄貴央(㈱研進)さんでした。会社は「福祉施設の営業窓口会社です」、と出縄さんは言っていました。この施設は、ハンディキャップのある方々400名が所属する大きな施設(今年で設立50周年、厚労省登録・在宅就業支援団体)です。この施設でハンディキャップのある方々が就労できる環境をつくっているのが㈱研進です。彼らの仕事のメインは、ホンダから発注されている仕事です。
 しかし、福祉をとりまく環境は毎年厳しくなり、福祉施設の補助もどんどんカットされ、その上、財政難の中で一人ひとりの負担が増えています。それゆえに仕事の確保が大変重要になり、「命の森づくり」をはじめました。栽培した苗木を行政、企業、学校や地域の森林再生に使っていただき、広く森の大切さを知っていただくことを目指しています。すでに25種類・約8万本の苗木を育てています。植樹も二年前に行い、元気に育っている樹木が写真で紹介されました。出縄さんは、「宮脇昭先生の植樹方式は、ただ単に木を植えるのでなく、人の心に木を植えること。人の輪を広げて交流を深める、不思議な力を持っている」、と述べていました。森づくりは施設の彼らにとってセラピー効果が生まれ、生き甲斐にもつながっているようです。現在、出縄さん達は国や県の植樹祭、企業や大学そして小学校等との連携をめざしています。
 23日の夜、養護学園を舞台にしたテレビ映画を観ました。映画のストーリーは、生徒が学園に無断で外出し、夜のコンサートを鑑賞した後、養護学園の先輩が働くホテルの寮で外泊。その生徒を担任の先生が探し出す過程では、先生たちの苦悩、生徒間の人間関係づくり、そして社会で働くことの難しさが描かれていました。舞台は冬の北海道でした。
 翌日、北海道大雪山系で初冠雪があったというニュースを聞いて、旭川の友人たちを思いだし『お母さんのハートを打ったJRのレールマンたち』(高橋利明著・日本評論社)という本を読みました。この本には心身にハンディキャップがある方達とJRマンたちが、10年間過ごした北海道の旅での物語が書いてありました。
 フォーラムはイベントとして終わらせてはならないと、改めてNPO法人の存在を振り返りました。

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2008年9月24日 (水)

人と自然を愛するメッセージに感謝します

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 久しぶりに千葉県の森びとインストラターの皆さんと懇親を深めました。会ったのは21日の夕方、JR千葉駅付近の会場では皆さんから激励をいただき、また、話の中では世界の人々が初めて経験している地球温暖化防止に向けて、誰かに任せるのでなく私たちができることをやっていこう!、と志を固めました?。
 高梨インストラクターからは娘さんからのプレゼントだ、と言ってシラカシとコナラの苗木を頂きました。話を聞いてみると、本日の懇親の場が筆者の還暦祝いと勘違いしていた、と高梨さんは言っていました。娘さんからのメッセージは、「還暦おめでとうございます。これからもバリバリ頑張って、無理はせず、メタボリックシンドローブには気をつけて暮らして、毎日、健康でいてください。」というものでした。
 小学生の彼女は自然を愛し、自然を勉強している娘さんです。筆者は、何度か「親子自然教室」でキャンプ生活を共にしています。今年夏の「親子自然教室」で彼女は、日頃、学んでいる生物や土壌の話を低学年の子どもたちに聞かせていました。人をおもう温かいメッセージと苗木をありがとうございました。
 世の中では、世界各国の一部経営者の犯罪が横行し、その背後には一部政治家や官僚が絡み合い、多くの子どもたちや大人達の健康と生命を奪っています。このような社会の中で、娘さんから頂いた一通のメッセージに、人と自然を愛する心を感じました。千葉のインストラクターの皆さんに感謝しています。

2008年9月19日 (金)

NPO法人の存在が問われる社会で会員は何をなすべきなのか?

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 写真の仲間達が2千通もの『森びと通信』(NO5)を封筒に入れ、全国の会員の皆さんに通信を送りました。通信は年2回の発行ですが、スタッフ一同は“森と心に木を植える”合い言葉の、この心を伝えるために通信を編集しました。発送作業は午後1時から5時までの間、休む暇もなくもくもくと続けられました。間もなく会員の皆さん宅には届きますので、スタッフ一同、会員皆さんの感想やご意見をお待ちしています。
 5号では、地球温暖化防止に向けてNPO法人はどうあるべきか、を問うています。この問題は私たちひとり一人の問題でもありますが、極めて政治課題であるために、政府や行政に対してNPO法人はどうあるべきか、を会員の皆さんに考えていただこうと編集しました。
 本日、農水大臣が辞任しました。選挙向けの辞任である、と新聞では報道されていますが、私もそうのように感じました。このような事が与党の票に結びつくと思っているらしいのが国会議員らしいのです。このように私たちが見られているのか、と思うと情けなくなり、怒りが湧いてきます。私たちNPO法人の存在が一段と問われている感じをもちました。問われたら、できることをやるのが本物の人間だ、と宮脇先生等から言われてきました。私は、森で武器をさらに磨いて、街で元気をだしていくことが、地球と共に生きていく「戦略・戦術」が導き出せるのだと思いました。
 なお、『森びと通信』(NO5)は、20日付でホームページにアップされます。発送作業に協力してれました皆さんありがとうございました。

2008年9月16日 (火)

操車場跡地で育まれた森のこころ

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 川崎市内の新鶴見操車場跡地で「森の宝物探し」を行いました。子どもたちは透明なビニール袋に手を入れ、袋に入れてあった木の葉の中から分解動物数匹を探し当て、この動物が枯れ枝や落ち葉を分解して木の栄養を作っていることを楽しく学びました。子どもたちの人気の的は、JRマンが作ってくれた0.2㍉程のダニを拡大した「ヨコエビ」でした。
 14日は、川崎市で開かれた「第5回ネイチャーフェスティバル」でした。私たちもこの祭りに出展し、人は森に生かされていることを訴えてきました。13時からはポット苗木づくりタイム。当委員会事務局は川崎市近郊に住むインストラクターに協力を呼びかけ、この苗木作りのアドバイスを引き受けてきました。募集人員は100名でしたが、結果は定員を超える程の人気でした。
 このポット苗木づくりは、桂川や相模川の水源の森を育てよう、と呼びかけ、自宅で育てた苗木を3年後には植えていこう、という目的ではじまりました。今回使用したポットは間伐材(杉)から作った試作品でした。参加した親子は最後の土が無くなるまでドングリを蒔き、約3000個のドングリに命を吹き込むことができました。会場に残ったドングリ(ポット)は、新鶴見機関区で働くJR貨物労組の皆さんが育てていくことになっているそうです。
 もう一つのコーナーでは、JREUの若者たちの協力で竹細工(ランタン作り)が行われました。日本的情緒を醸し出す竹ランタン作りには十数家族がチャレンジしてくれました。
 午後になると残暑を感じました。数人の方から、「このような広場には木陰が必要ですよね」という声がありました。声を耳にして私は、森づくりの大切さが広がっている声であってほしい、と願いました。また、苗木づくりでは自宅で育てる2ポットだけ作って帰ったしまった家族もいましたが、土が無くなるまで子どもたちとドングリを蒔いていたお母さんの「最後までやりなさい!」、という声が印象的でした。

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2008年9月10日 (水)

人は森から文化を創造する・・・ドイツの旅最終回

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 3年ぶりにドイツの森の中に入ることができました。心を込めて、そして真剣に案内をしてくれたリチャード・ポット教授と宮脇昭先生。ドイツの森では人間が森とともに生きていくための哲学を学ぶことができました。
 木を切るとタタリがあるとか、山神様から怒られるから木を切っては駄目だ、ということに留まっていないドイツ人。人間の傲慢さによって人間を殺してしまった歴史を繰り返さないために、ドイツ人は法や条例で人の欲に縛りをかけ、森とともに生きていくことの大切さをドイツの文化として築いたドイツ市民の歴史を学びました。
 訪問中に福田さんが辞任しました。ロシアの大統領はグルジアに侵攻し、アメリカ大統領はグルジアを支えています。こんなことだから「洞爺湖サミット」では、温暖化防止の目標も決まりませんでした。
 これからの自然環境NPO法人は、世界の森林を破壊する者との戦いが課題です。樹木も地球で生きていくために我慢・共生しています。共生している私たちNPO法人は、勇気とヤル気そして根気をもって行政や政治に意見を言っていかなければなりません。その武器は森の中で磨いて、街でその武器を活かし、元気に楽しくアクションしなければなりません。
 一週間、事故や怪我もなく旅ができたことに感謝しますP9010041

2008年9月 5日 (金)

ドイツ直送便~その6

本日は帰国です。
心の森探訪では本物の森づくりの今後の課題が見つかりました。
運動が根付く人間の生き方を確立すること、
二つ目は行政と政治を動かすこと、
三つ目は私達がそのために汗を流すことです。
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2008年9月 4日 (木)

ドイツ直送便~その5

天気は晴れです。 最終日はゲッチンゲンの街。  学生街です。 真実を伝えることが大切な事であることを、子供たちに語り伝える街です。 いつでもどこでも真実を伝える勇気が求められているようです。
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2008年9月 3日 (水)

ドイツ直送便~その4

天気は晴れ。世界遺産のゴスラーの町を訪れました。 中世のヨーロッパの中心都市です。 途中のバス内では、森と生きる日本人の哲学の貧困が、森づくりの限界であることに気づかされました。
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2008年9月 2日 (火)

ドイツ直送便~その3

 三日目はアーバンフォレストを探訪。 樹高40メートルのブナやミズナラが森を形成し、 都市に暮らす人の生命を守っていました。 この森は多層群落で形成されていました。

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2008年9月 1日 (月)

ドイツ直送便~その2

 天気は曇り。 本日はリュネブルグのハイデ国立公園を訪れ、 ゲルマン人以降の人間が森を破壊した現代の姿を見ました。 紫色したカルーナの花が咲いた草原には、人が犯した歴史は見えないようでした。
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2008年8月31日 (日)

ドイツ直送便~その1

 ドイツ千年の森探訪がはじまりまた。  今日はハンブルグです。 森びとからは八人参加しています。 案内は全行程前ハノーバー副学長ポットさん。 港街ハンブルグでトーマス マンの人柄を訪ねました。 明日はハノーバーです。お楽しみに・・。
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2008年8月29日 (金)

「望星の森」は人を育てる・・・08キャンパスフォーラムその④

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 第2部の2番手は東京都渋谷区にある東海大学付属望星高等学校。宮村教諭から生徒達が紹介され、3名の生徒達はDVDで望星の森づくり活動を報告しました。間伐作業、植樹そして高い屋根に登っての除雪ボランティァをしている活動が報告されました。その後、高等学校の授業で得られている人づくりと森づくりについて、宮村先生は熱く語ってくれました。
 中学校を卒業した後、どこにも行けない子たちが望星高校に入学しました。この生徒達と森に通い、森に入って草を刈り、穴を掘って、木を植えました。下を向いてゲームをやっていた生徒が森に入ると大きな声を出し、汗を流すようになりました。生徒たちは明るくなりました。生徒たちは一回森に入ると、その三分の二はリピーターとなって森に通います。色々なハンデがあっても森に入るとみんな同じになってしまいます。これが望星の森です。高校を卒業した生徒の一部は東海大学に通えるようになっています。
 さらに先生は、“森は人を育てていることが明確です。私が自信をもって言えることは、森の価値は木を生産・販売すだけでなく、森には人を育てるエネルギーが宿り、人間は本能的にその力を身体に染み込ませていく、というすばらしい価値が孕んでいる”、と語ってくれました。
 26日、渋谷区内に本社がある㈱ingの竹永社長と山口社員が当委員会の事務所を訪ねてくれました。その目的は、19日に開いた若者たちのあるイベントで集めたカンパを、森づくりに活かしたいということでした。カンパは女子高校生が中心になって集めまた、と言っていました。
 環境(場)が変われば意識も変わり、ヤル気もでてきます。若者たちがヤル気を出せるのは、大人達の環境(場)づくりにかかっているような気がしました。

2008年8月24日 (日)

足尾ふるさとの木を調査しました

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 本日、事務局と森びとインストラクター4名は足尾で植樹している山の頂上から中禅寺湖側(北側)の樹木を調査しました。
7時20分、天候は雨、一行は「森びと広場」を出発。標高700㍍程の地点から植樹会場を一気に直登しました。植樹会場内は階段がありますが、その上は(来年以降の植樹会場)はカヤ、ススキ等の草が覆い茂って道はありません。雨で草が滑る中を5名の仲間達は傾斜30度ほどの道無き道を登っていきました。熊もしくはカモシカが通った跡(?)に沿って登り、45分程で1000㍍地点に到着しました。その後ももくもくと登り、山頂までの所要時間は90分、標高は約1170㍍でした。
 山頂から眺める松木沢側の山々はガスがかかって見えませんでした。集合写真を撮ってから、早速中禅寺湖側の樹木調査をしました。一言で言うと「ヤシャブシの森」と言えます。森を形成している樹木は殆どがヤシャブシでした。その他には、ウダイカンバ(写真・下)、アキグミ、リョウブ等でした。ウダイカンバの直径は約50数㌢でしたので、緑化事業が始まった50数年前頃に根付いた樹木であると推察しました。
 北東側には動物たちの「レストラン」が作られていました。このレストランは、熊やカモシカ、シカ達がご馳走になるアキグミが十数本生えているところです。実が熟すのを待ちきれずにいるのか、アキグミの木が折れていたり、周辺の草が根元から折れていました。
 下山は阿蘇沢を目指してヤシャブシとリョウブの森の稜線を下りました。シトシトと雨が降っていますが、雨水の勢いが土砂を流してしまう状況ではありませんでした。樹木や草がしっかりと土砂をガードしている様子を見ることができました。50年間以上の緑化事業に従事した皆さんの辛い作業に頭が下がる思いでした。
 下山した5名は「森びと広場」の小屋の中で昼食を食べながら会話で、今日、登った山の名前は地図に記載されていないので我々が命名しようとなりました。しかし、煙害で廃村に追い込まれていった旧松木村の村人の間では「○○山」と、名前があったのではないかとなり、調べてみることにしました。
 ふるさとの森の主木はどんな木であったのか、を調査するために登山しましたが、ひと山登ったぐらいでは解りませんでした。調査を終えて感じたことは、人間が犯してしまった自然破壊の傷跡は奥が深いこと、さらには、この傷跡に自分の力によって未来に向かって生長し続けている自然のエネルギーを、人間のものにすることはできないということでした。

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2008年8月20日 (水)

大人の責任で森のプロ育成を!・・・08キャンパスフォーラム~その③

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 地球の自然と社会環境が病んでいる現状が足立記者と藤原先生から訴えられた第1部。この否定的な現状に対して若者たちが挑戦している報告は第2部で行われました。
 一番バッターは岩手県から参加してくれた盛岡農業高等学校の4名の生徒達。生徒達からはチェンソーを使った間伐から製材そして椎茸作り等の実習、誰でも、どこでも簡単にできる森づくりを目指したペットボトルを使った苗木作り、強酸性土壌で木々の生長が厳しい広大な旧松尾鉱山跡地でのダケカンバ植樹の報告がされました。彼らは、近い将来は森の専門家を目指したい、と述べていました。
 近藤教諭からは、全国的に“森”と“林”がついた学科のある高校が減少の一途をたどっている現状、そのうえ森の専門家を目指している生徒達の進路選択の前には分厚く大きな壁が存在していることが訴えられました。「50年代には本校からも多くの先輩達が県内の林業関係、県庁などへ就職できましたが、ここ数年は3~4名程度でしかありません。行政も林業支援に手を打っていますが、林業の低迷で就職先がない、と言っても過言ではありません。また、就職できた本校のOB生徒の賃金は月14万円程度であり、そのうえ労働環境が厳しいという状況では森の専門家を育てられません。森林で働ける社会を切に願っています」と、先生は訴えていました。
 数年後、林野庁は法人化されようとしています。そこには地球の未来を守る若者たちの「森のプロ育成」が見えません。林業の衰退は政治の結果です。地球が病んでいることも政治の結果であり、それは大人の責任です。第2部では、生徒達から大人達へ政治課題が突きつけられました。100年後、若者たちが森とともに生きられる環境は、大人達のできることからはじめる「実践」にかかっているようです。

2008年8月17日 (日)

生きる武器は森の中から蓄えられる

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 14日、友人夫妻と黒斑山に登りました。この山は天然カラマツ群落が保護され、浅間山第一外輪山の最高峰(2404㍍)です。黒斑山から浅間山を遠望しようと登りました。
 浅間山は東西南北から見ると一本の木も生えていないように見えます。実際、低いすそ野部分に木が生えている程度ですが、今回、登ってみてすそ野部分ではあれ素晴らしい森のエネルギーを感じました。車坂峠かから黒斑山までの表コースには火砕流後の裸地から火山植生へと植物が定着している様子が分かります。観察をしながらの登山であったので、黒斑山頂上へは2時間程かかりました。頂上から見た活火山の浅間山は外輪山の植物群からしっかり支えられていると感じ、この植物群は下流の人々に豊かな水を蓄え、動物たちには餌や棲み家を与え、未来へ命をつないでいることが実感しました。そんな自然の教えを語り合いながらコーヒー、紅茶を美味しくいただきました。
 下山は中コースを歩きました。木々は針葉樹が多く、コメツガ、オオツガ、シャクナゲ、そして通称「天カラ」と言われている樹高20㍍以上の天然カラマツが目につきました。途中、倒木と化したカラマツの上から10本以上の若木が活き活きと根を張って生きていることに感動し、山道の周りにはオオツガダケというキノコも生えていることに自然の恵みを感じ、「自然は、自分の力で未来に向かって生長していくことができるエネルギーをもっている」というフォーラムでの訴えを実感しました。
 敗戦63年目の日は、『浅間山』(郷土出版社)をパラパラと乱読しました。敗戦日と言うこともあって浅間山を舞台にした歴史に目がいきました。現在の浅間山周辺はリゾート地、キャベツの生産地として知られていますが、戦時下では本土決戦に備えて陸軍の演習場等が設置され、兵隊の食糧供給のために朝鮮人を中心とした農耕隊が浅間山周辺を開墾しました。また、敗戦年の8月には、太平洋戦争時の特攻隊の西川中尉は、部下たちを南方へ送り、敗戦によって生き残った自分を責めて、戦闘機ともどもに故郷の浅間山で自爆しました。それから8年後には、浅間山での米軍用演習地化が政府によって検討されましたが、「郷土のシンボル浅間山をまもれ」を合い言葉にした県民、労働組合、学者達の反対運動によって演習場使用は取り消されました。
 これからも地球とともに生きていられることの幸せを享受していくためには、地球が病んでいる現実に対して、できることをやっていくという「実践」が改めて感じられた乱読でした。

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2008年8月15日 (金)

私たちは自然のエネルギーに感謝を・・・08キャンパスフォーラム~その②

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 フォーラム第一部の二人目の講師は藤原一繪先生(横浜国立大学教授)でした。藤原先生は講演の前段、地球で起こっている人間による森林破壊の現状報告、続いて、自然災害や人災から命を守る森林の役割を歴史的に実証しました。その上で藤原先生は、人間が生きていくうえで人間と森林とのつながりの重要性を提起しました。
 横浜市内の気温が33度であれば横国大キャンパスは30度、校内の森の中では29度です。これは30数年前にはじめた横国大の森の力です。この森は火事にも強く、避難場所でもあり、人間の命が救われる場所です。勿論、この森は炭酸ガスも吸収しています、と藤原先生は述べ、私たちにとって重要なことは、自然が素晴らしいと感じた時を忘れないことです、と訴えていました。さらに藤原先生は、自然は自分の力で未来に向かって生長していくことができるエネルギーをもっています。今、できることをからはじめていくことが大切です、と訴えていました。
 感じたことを実践していくこは簡単なようで難しいことです。実践するには時間とお金もかかります。しかし、地球が私たちに求めていることは、自分のできる範囲からはじめていかなくてはならない、ということではないでしょうか。
 千年の森のエネルギーを感じ取った「親子自然教室」の子どもたち。未来の子どもたちのために、千葉県一宮市から孫と孫の友達を連れて「親子自然教室」に参加した斉藤さんの心は、藤原先生の訴えに応えているようでした。

2008年8月11日 (月)

 森の友達は小さな虫たちだ!

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 自然教室最終日は森の友達を探しました。昨日(9日)、子どもたちは千年も生きているミズナラの落ち葉を紙袋一杯拾ってきました。これを白い紙の上でフルイにかけ、落ち葉の中にいる森の友達を探しました。
 「千年も生きているミズナラの落ち葉はどうして無くなってしまうのか」、と松井事務局長から問いかけられた子どもたち。「ヒントは落ち葉の中にあるよ」と言われた子どもたちは、ピンセットを持って目を落ち葉に集中、その瞬間、「いたいた!」と声が出始めました。30分程で土壌分解動物の15種を採取、それをスケッチブックに拡大描写しました。千年以上も落ち葉を分解している動物たちを発見することができた子どもたちの顔は真剣そのものでした。
 続いて、子ともたちは顕微鏡を覗いて肉眼では見えないダニを見ました。「このダニが千年生きている木の栄養を作っているのですよ」と言われ、子どもたちはまたびっくりした様子。授業では、森は目に見えない分解動物たちによって生かされ、私たちはこの森に生かされていることを体感することができたようです。
 昼食はそうめん流しです。スタッフの皆さんが作ってくれた美味しいそうめんを竹のお椀に一杯入れ、食べ終わらないうちに箸でそうめんをつかもうとする子どもたち。大人たちも一緒になって美味しいそうめんをご馳走になりました。14時からは閉校式、友達と学んだ森の宝物と森の友達を振り返り、来年の再会を誓って08年「森びと親子自然教室」は修了しました。地球を危機に追い込んでいる責任は大人たちにあります。その原因は無責任な政治とこの政治を許している大人です。子ぢもたちの未来と地球を救うのも大人たちです。子どもたちと過ごした三日間を通じて、改めて森に生かされていることの大切さを身体にすり込みました。
 怪我も事故もなく学んだ三日間を運営してくれました看護師さん、美味しい料理を用意してくれたスタッフのみなさん、そしてクラスリーダーの高杉さん、サブの竹内さんありがとうございました。

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2008年8月10日 (日)

森は友達だ!スケッチブックに宝物を満載

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 天気は快晴、全員元気に千手ケ浜へ出発です。一行は900年間生きているミズナラの巨木が形成している「千年の森」(私たちが命名している森です)の中を、宮下先生と共に宝物を探しました。4㎞の道のりのなかでは沢山の宝物を発見し、スケッチブックに書きとどめました。「森は雨をつくり、雨が降らなくなると森は消えてしまう」という話を聞き、私たちにとって森は大切な宝物であることを学びました。約4時間の宝物探しは全員が完走しました。二歳の男の子もお母さんに抱っこされながらの完走でした。
 帰り道では男体山の上で鳴っている雷音に身体を震わせ、自然の恐ろしさを感じました。その後は、キャンプ場近くの温泉で疲れを流しました。夕食はバーベキュー、小口料理長とスタッフの皆さんが腕をふるって作ってくれた肉料理に子どもたちは満足顔でした。19時30分からは「森のミニコンサート」が始まり、Choji(チョージ)さんのライブを楽しみました。昨日はキャンプ場のテントサイトは満杯ですので、周りの皆さんにもコンサートの案内をし、私たち以外のキャンパーたちと「心の森」等の歌を唱いました。
 森に生かされていることを実感し、森の恵みを体感した後の「心の森」の合唱は、子どもたちの身体に“人は森とともに生きていかなければならない”、ということをすり込んでいました。
 最終日の朝、子どもたちは5時から行動を開始しています。本日の授業は森の友達(土壌動物探し)を探し当てます。(訂正:昨日のブログ内の長崎の原爆投下は9日でした)

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2008年8月 6日 (水)

自然環境と人間の命を大切にする心を磨く

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 「昨夜は雷様が怒って一晩眠れなかった」と、お世話になっている足尾の金物屋のおじいさんが言っていました。車で「森びと広場」へ向かっていると、話のとおり道の至る所に石ころと土が流された形跡が残っており、「雷様」の怒りの凄さが感じられました。
 広場に到着すると、事務局員の松村さんが遮光ネットを張っていました。今年発芽した若木たちが猛暑に負けないようにと、苗木分けしたトレイの列をネットで覆っていました。午後3時半頃にはネット張り作業は終わりました。西北の山並みには黒い積乱雲が現れ、雷の音がしていました。
 周囲を見わたすと松木沢の山々は積乱雲に覆われていました。積乱雲の中にはキノコ雲に似ものがありました。今日は、アメリカ軍によって広島に原爆が投下されて63年目の日です。高校野球放送の合間に流れていたラジオニュースでは、広島で平和を願う方々の様子が報道されていました。ここ松木沢は、戦争政策の勢いで銅の増産が行われ、製錬の過程で発生した亜硫酸ガスによって村人が被害を受け、廃村に追い込まれました。
 今、「低炭素社会をめざして」とか、「持続可能かな社会」として原子力発電所が各国で建設されています。「洞爺湖サミット」ではフランス大統領が中国での原子力発電所建設を約束した、という話があります。また、アメリカ国内ではその建設工事が盛んに行われ、その企業は日本の企業が中心と言われています。
 ここ松木沢に立って、核兵器の廃絶は勿論ですが、地球とともに生きていこうとする私たちは、「エコ」の名の下に進められている原発建設にも厳しい態度を堅持していかなくてはならないのではないでしょうか。キノコ雲ではなく、花火の文化に平和の心を見いだしたいものです。

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2008年8月 1日 (金)

 日光・「千年の森」を散策!

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 本日の朝はホウジロのさえずりで目が覚めました。天気は曇りです
。昨日(31日)は約6~7㎞歩きましたので、目覚めの時間は5時頃でした。
 昨日は、今月8日から10日に開催する「親子自然教室」の授業のひとつである、「森の宝物探し」コースの最終下見をしました。散策は宮下正次先生と料理長の小口さんです。コースは日光の菖蒲ケ浜キャンプ場(中禅寺湖畔)から千手ケ浜までの約4㎞、帰路の約2㎞です。
 千手ケ浜までのコースは、800年以上もこの地で生きている巨木が森を形成しているまさしく「千年の森」です。静かで、なだらかな道を歩くと、森の中には様々な宝物が発見できます。水と森とのつながり、森と動物とのつながりが確かに実感できる、まさしく「キングオブフォレスト」にふさわしい森です。
 クロブナ、イヌブナ、ミズナラそしてハルニレ、トチノキ等の巨木は、ゆうに800年以上生きていることが分かります。とくに、今となっては珍しいと言われているオノオレカンバ、泥の木の巨木に触れられます。とくに、オノオレカンバは名のごとく、斧が折れてしまうほど固い木である、言われているそうです(宮下先生と写っている木)。また、ミズナラの巨木は周囲4㍍もあり、その姿は森のキングです。当日は楽しい授業ができそうです。
 昨日(31日)の草刈り作業は06年に植樹した場所の草を刈りました。会場の三分の二の草を刈りました。ボランティアの皆さん、ありがとうございました。

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2008年7月29日 (火)

森と生きる人間の進路が見えてきた・・・その1

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 27日午後、横浜国大キャンパスには各地から180名の皆さんが集まってくれました。「本当に集まってくれるのか」、と心配していたスタッフたちは、11時から始まる「横国大の命の森散策」の参加者が50名程に達したことに驚き、その心配は吹っ飛んでしまいました。その後は、不安から緊張に変わったスタッフ達の運営で第1回「森と生きるキャンパスフォーラム2008」は時間通り始まりました。
 第1部は「森から学ぼう」と題して、足立旬子記者(毎日新聞社)と藤原一繪教授(横国大)からの講演です。

 環境馬鹿に流されないように!
 
 足立記者からは次のようなメッセージが参加者へ送られました。丹沢の森が異常だ。ブナ枯れ、笹は鹿が全て食べ尽くし、草は生えているが鹿の食べない草ばかりだ。その鹿の角も他地区で棲息している鹿の角と比較すると小さい。考えられる原因は大気汚染だ。この問題は神奈川だけの問題でなく、全国的な問題であり、場合によっては世界の問題である。
 ノーベル平和賞受賞のマータイさんを取材して感じ取ったのは、「森は人間の気持ちを変える力を持っている」ということだ。アフリカでは彼女のリードで女たちが森づくりをやっている。それを観ている村人、特に男たちの目が変化した。アフリカでは今も女性たちの発言権は弱いが、植樹をしている彼女たちと育っている木々を観ている男たちが彼女たちの発言権を認めている。反面、「神が宿るイチジク」の木は伐ってはならないとされてきたが、この木が「邪魔だからとして」伐られてしまっている。生活に使用する分の木だけを伐ってきた村人たちの気持ちが、取りすぎても仕方ない、という考え方に変わっている。
 自分も含めて環境馬鹿ですが、50年先までに温室効果ガスを半減しなければならない地球の危機なのに、洞爺湖サミットではそのための目標が決まらない。50年後には、ブッシュさんや福田さんがお元気なのか知りませんが、国の最高権力者たちは後生に責任をとっていない。こんな情勢を若者たちは許してはならない。私も含めて発信していかなければと思う。
 その後、参加者から足立さん達ジャーナリストの活躍を期待する発言がありました。

2008年7月26日 (土)

肩に力を入れず、大いに語り、舵をいのちの森へ!

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 本日も気温35度以上の猛暑になるようです。いよいよ明日は「第1回森と生きるキャンパスフォーラム2008」の開会です。運営スタッフたちの準備もほぼ終わりました。昨日(25日)はパンフレット、報告集や看板を作りました。
 フォーラムの準備と本番の運営は第2期のインストラクターが中心となっています。スタッフ達は平日は仕事、準備は毎週土日という中で準備を進めてきました。2012年までの5年間、このフォーラムを通じて大人たちが若者の目線で若者たちと語り合い、自然環境と人間の命を大切にする心を育んでいきたいと、スタッフたちは願っています。
 準備の過程では意見の対立は勿論、辛い作業を我慢し、作業が終わった後の苦労話と抱負を語り合った懇親の場、また、猛暑の中で育苗作業が続けられている足尾の話に耳を傾けるなど、準備作業の過程では、私たちの活動や社会は人から支えられ人が支えていることを、スタッフたちは教えられているようです。
 サミット後、一部報道機関では「持続可能な社会」とか、「低炭素社会の実現」等を報道しています。その主旨は、今後の社会は限りあるエネルギーに依存せず、身近なところから省エネ、節約を行い、企業が開発した新エコ商品を購入・消費していくことだ、ということです。ある学者は、「エネルギー効率の低い製品を長く使うことは地球に対する犯罪だ」として、「巨大な買い換え運動」を提案しているありさまです。
 エネルギー効率を良くしても生産量が増えれば温室効果ガスの排出量も増えます。しかし、この問題は排出量の売買で相殺する、というように温室効果ガス削減問題は、全生命体の命を優先するのではなく、経済優先となっているようです。
 新宿事務所には明日のフォーラム会場を癒やしてくれる苗木が届きました。これは足尾でボランティア作業を手伝ってくれている磯崎さんが、自宅のベランダで大切に育てている苗木です。明日は、若者たちが主役になる日です。

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2008年7月25日 (金)

鹿に笑われるぜ!

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 昨日(24日)14時、私は毎日新聞社内で27日開催するフォーラムの打ち合わせをしました。そこでは文字通りキャンパスフォーラムとして創りだすことが大切であり、討論を通じて世の中で踊っている「持続可能」とか、「低炭素社会」の欺瞞がなんであるかという疑問をもてるきっかけをつくっていこう。フォーラムの前提は、フォーラムに集まってくれた約200名の方々との共通認識を図っていくことであるので、大いに語れるフォーラムにしよう、と話し合いました。お楽しみに。
 その後、事務局では活動報告の準備やフォーラム会場設営の準備をしました。運営スタッフとしての基本は、参加してくれた皆さん同志が話し合えることで、そこから共通の認識が生まれる環境を創っていくことだ。その場合、理屈でなく、私たちが足尾や八幡平で学んだ経験を発信していこう、となりました。
 ところで足尾では鹿の食害に悩まされましたが、唯一、鹿が食べない植物はアセビです。どういう分けか、鹿は絶対と言って良いほどアセビを食べません。準備作業を終えて一杯呑んでワイワイ話していると、友人より鹿よりも人間が劣る話がでました。
 なんとニラと水仙の葉を間違えて、うどんの薬味にスイセンの葉を刻み、それを食べてしまった、という。食べてしまった方は下痢に追い込まれ、一日中ひとどい目に会ったという。
 本物のを見極める目は、失敗の積み重ねがそうさせる。フォーラムでは若者の目線からの発意・討論を深め、民衆の知識と行動力を発揮させよう。

2008年7月23日 (水)

本番間近!「森と生きるキャンパスフォーラム2008」

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 本日(23日)、猛暑の中、私は横国大キャンパスを訪れ、藤原一繪教授とフォーラムの打ち合わせを行ってきました。お忙しい中で時間を割いていただき、100年先も私たちが地球とともに生きていくために、現代に生きる若者たちへ問題提起をしていただくことになりました。題して「森は人類の未来を救う!」となりました。短い時間の講義ですがお楽しみに。横国大の掲示板には、フォーラムへの参加を呼びかけたポスターが貼ってありました。呼びかけていただいてありがとうございました。
 明日はノーベル平和賞を受賞したワンガリー・マータイさんの植林運動を取材してきた新聞記者の足立旬子さん、世界の人々を裏切った洞爺湖サミットに厳しいジャーナリストの岸井成格さんとの打ち合わせです。本番まであと中3日となって、スタッフは初めての「フォーラム」を、キャンパスらしいフォーラムにしようと汗しています。地球最大の危機に対して、若者たちのトークとアクションで、私たちの進路を“生命(いのち)の森へ”と舵をきっていきましょう。
 18日以降も足尾では苗木分け作業と遮光ネット張り作業が行われています。20日は、12日の苗木分け作業の感想をメールしてくれた坂野上さんが2回目のボランティア作業をしてくれました。暑い中、ありがとうございました。
 足尾は雷の本場ですが、梅雨明け後は雷も少なく、雨が降りません。猛暑の勢いで若木が負けないように、事務務局は遮光ネットを張っています。本日は3列のネットを張り、計7列張りました。本日は480本の若木に元気を与えました、と現地から報告がありました。
 

2008年7月18日 (金)

森と人のつながり、人と人とのつながりを求めて

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 「洞爺湖サミット」は何を決めたのか?「温室効果ガス削減目標を決めることは難しい、ということを意思統一しだけのサミットだ」等の意見。この意見は13日東京都新宿区内で開かれた、第1回理事会で出されました。会議の審議事項は、春の事業を振り返り、秋の事業に向けた内容でしたが、初めて開催する「森と生きるキャンパスフォーラム2008」を意義のあるものに創りだす審議に時間を割きました。
 主要国サミットの無様な現状は、自然を征服できるとした考えを基にした国益(経済優先)がぶつかり合って生み出されました。フォーラムでは、人間は森から生かされているとした考えの基に、森(自然環境)とともに生きていくために、人間の課題を探り、できることをやっていこう、ということを探求します。その中核は若者たちです。身近で起こっていることや活動していることを報告し合って、討論を深め、先輩諸氏からのアドバイスを受けて、100年先もこの地球(自然環境)ととも生きていく進路を探し求めます。
 フォーラムには13日現在、東京都内、埼玉県、千葉県、栃木県、岩手県の公・私立の8校、首都圏の大学生、NPO法人と若者たちが応募しています。応募者の中には熊本県からの参加者もおります。
 事務局は6月中旬、首都圏を中心に1500箇所の高校、大学、各種施設へ参加呼びかけを行ってきました。反応は鈍い状況ですが、私たち事務局スタッフはこれが首都圏の現状であることを認識し、森と人間のつながりと人間と人間のつながりを創りだしたいと最後の準備に汗しています。
 社会では「世の中を騒がせてやりたかった?」等と、若者が引き起こした悲惨な事件が起こっています。今、現代に求められていることは森と人とのつながり、人と人とのつながりから湧き出る人間の知恵ではないでしょか。フォーラムではこんなことも討論できればと、スタッフ一同は汗を流します。多くの若者の皆さん!、7月27日(日)・13時には横浜国大キャンパスで会いましょう。
 

2008年6月30日 (月)

自然を征服できる、とする考えは地球と人を破壊する

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 昨日(6/29)、第4期「森びと教室」(3回目)が日光市足尾町で開講しました。4名の欠席がありましたが、受講者24名は午前中の講義と午後の実習を受けました。
 講義は、「世界の異常気象」と「遺伝子組み換え食品」をテーマとして、その現状と原因を探るものでした。講師は、大石正道先生(理学博士)です。質疑を通じて、地球温暖化の原因は人間の影響であり、世界中の人々が知恵を出し合って国際的に協力していかない限り、この地球は救えないことを学びました。また、遺伝子組み換えでは、組み替え作物の作付け面積が年々拡大している中で、私たちは遺伝子組み換え食品の知識をどん欲に得ていく大切さを学びました。とくに、遺伝子組み換え技術を使わなくとも、品種改良によって良質の作物が生産できることも学びました。
 午後は、苗分け作業の実習です。昨年秋、どしゃ降りの雨の中でドングリ5万個以上を蒔きました。このドングリは6割から7割程度が発芽し、眩しいほどの若葉をつけています。赤ん坊の苗木の根をポットの中で充満させる環境づくりが苗分け作業です。受講者の皆さんはテントの中で、100年先を生きる人間のために生命(いのち)の森の主役になってほしい、と丁寧に苗分けを行いました。
 受講者のみなさんお疲れ様でした。大石先生ありがとうございました。

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