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2019年5月29日 (水)

未来を生きる若者たちへ伝えたい集落の知恵

 25日の作業後は、四季の郷・湯ら里で汗を流しました。夕食・交流会では、地元の美味しい山菜尽くしの料理と酒を堪能しながら、「木地師と農家の暮らし、先人の智慧」、「幸せは金で買えない」、「地域を思う心が大事」など話で懇親は盛り上がりました。

 地元の刈屋さんからは、「高齢化50%以上になるとアクセルを踏んでも前に進まない。今、山村は自信を失っている。アイデアを持っている森びとの皆さんとは、ものの見方考え方を共有し、できることを一緒にやり、心を動かさなければ集落は変わらない」などと、集落に生まれて75年の人生の思いをうかがうことが出来ました。

Photo  その後、高橋副理事長からの提案で、うす紙と竹ひごで作られ、5cm四方の燃料が糸で結ばれている“スカイランタン”が飛ぶかを試験的にやってみました。それは私たちの予想を裏切り暗闇の中を見事に舞い上がって、集落に赤々と”希望の松明”を灯した瞬間でした。庭にいたみんなから「感動」の歓声が上がり、改めて集落の願いが叶う希望の光が見えてきた喜びを感じたのは、私だけではなかったと思います。

Photo_2  2日目は、只見町役場・渡邊農林建設課長のお礼と歓迎のご挨拶をいただきました。現場には坂田集落の飯塚区長と刈屋さんの同級生のナガイさんも同行しくれ、昨日の「橋づくり」付近の堀の土砂除き作業を行いました。その後は、ブナの二次林と木地職人の屋敷跡地、隠し棚田などを散策しました。

 途中、道端にワラビや山ウドなどの山菜が生い茂っており、済賀副所長は目を輝かせ山菜を収穫をし、自宅で調理をして山の恵みを家族に振舞ったそうです。満開のニリンソウ、ウワミズザクラ(=ナタヅカ)たちも、気候が変化する中で世代交代をしながらも雪深い集落で森の恵みを与えてくれ、可憐な姿で私たちを迎えてくれていました。今回の歩く銀山街道の橋づくり体験で、ほんのチョッピリ“森への恩返し”が出来たのではないかと、私たちの顔が微笑みました。

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 昼食は、刈屋さん家のケヤキの大木と淡いピンクの花咲くシャクナゲに囲まれて、恒例になったバーベキューです。マトン、もつ、たまねぎ、アスパラを焼いて、オニギリとワラビのお浸しを肴に、冷たいビールで渇いたのどを潤しました。

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  昼食を食べながら、集落の歴史やどぶろく造り等、集落民の森と暮らしてきた智慧が紹介されました。この智慧は、AI時代が人間社会に浸透しようとしている中で、とても大切な事で未来を生きる若者たちへ伝えなければならないことだと感じました。改めて私たちは森に生かされていることを身体に染み込ませた2日間になりました。朝早くから準備していただいた刈屋さん、奥様有り難う御座いました。(理事・大野昭彦)

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