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2008年12月の19件の記事

2008年12月31日 (水)

森をつくって、もっと逞しくなろう

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 2009年の幕開けまで2時間を切りました。私は今、森の中にいます。気温はマイナス14度、風はありません。耳をすますと梟の鳴き声が聞こえます。その他の音は残雪を踏みつけたギュー、という音しか聞こえません。夜空を見上げると、数え切れない星が輝いています。自然界に生かされていることに感謝です。
 今年は、「森と生きるキャンパスフォーラム2008年」を開催(7月)しました。次世代を生きる若者たちと大人たちが、森と生きる社会へ舵をきっていくきっかけを探るためにフォーラムを開いてきました。よって、その運営の中心は森びとインストラクターのミドルクラス、連携してくれたのは高等学校の教諭と生徒達などでした。
 フォーラムでは、環境問題は極めて政治課題であることが分かりました。そして、50年後のこの地球で私たち人間が生きていけるのかという課題は、政治の主人公たる私たち市民・学生たちの実行力と大きなパワーにかかっていることが突きつけられました。それには山と心に木を植える事業の継続と運動の輪の拡大であることも提起されました。
 2009年はそんな年になれるように、もう一歩前にステップしたいと思います。良いお年をお迎えください。

2008年12月30日 (火)

森づくり舞台監督が各地でプロデュース

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 「生きていることが最高の幸福だ」と、宮脇昭先生は講演で述べています。しかし、幸福はひとりで歩いてきてくれません。幸福を掴み取るためには自分ができることに誰もが汗し、自分とすべての方のために我慢もしながら、場合によっては悪と戦わなければなりません。その方法は地域毎に色々あって当然ですが、それを実行しなければ単なる評論家でしかありません。
 今年は、森びとインストラクターが各地で森づくりをプロデュースした年でした。また、埼玉県、栃木県在住の森びとインストラクターは「森びとファンクラブ」を結成し、来年から地域での森づくりをプロデュースする動きがでています。市の森づくりの舞台監督に汗した宇都宮市のKさん、奥州市のOさん、青森市の森づくりに積極参加している「みちのく事務所」のインストラクターの皆さん、今市市では植物保護や自然破壊のダム建設反対運動に奮闘しているTさん、鎌倉市では森を守る仲間たちとのボランティァ活動に汗しているTさん、千葉県ではマテバシイの森を活性化させようと現場で考えているAさん等、多くの森びとインストラクターが各地で舞台監督となって、生きていることの幸福を掴むために汗している年が2008年でした。
 下の写真は鎌倉市のTさんが撮ったコチドリです。コチドリの親が幸福を掴む瞬間をカメラに収めました。このコチドリは日本野鳥の会の雑誌に掲載されました。
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2008年12月29日 (月)

今年も森から、人から、生きていることの幸せを学びました

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 今年も残すところあと2日となりました。今年、足尾と八幡平で植樹した苗木たちと蒔いたドングリたちは、風雪に耐えながら遅い春を待っています。一年間ご支援、ご協力くださった全国の心ある皆様に心から感謝申し上げます。
 来年は私たちが森づくりを始めて5年目に入りますが、世間的には私たちの森づくりが、本物か偽物なのかを試される年であると覚悟しています。よって来年は5年間の森づくり事業を振り返えり、結果に対するご指摘を頂戴し、地道に、元気よく森づくりを進めていきます。
 今年は育苗・育樹活動に関して、素人ながらの調査と研究そして人間の都合に合わせて手を抜かない作業を行ってきました。常に、足尾と八幡平の自然(森)から学んだことを基礎にして、苗木たちと会話をしながら活動に汗してきました。成長の早い草の根にポット苗木の根が締めつれられている苗木の息づかいをかすかに聴き、草取りを行いました。また、植樹会場では、草に覆われた08年と07年の若木が蒸し暑さでぐったりしている様子を見て、猛暑の中で草刈りを行いました。作業の終わった後では、「人間の社会でも現場で働く方々や生活している方々の息づかいや健康状態を見て、何かを感じたら、即、実行に移すことが大切ですね」、等とボランティァの皆さんたちと話し合ってきました。
 この地道な作業は多くのボランティァの方々の参加によって行うことができました。そして、この森づくり事業は、イオン環境財団様からの助成金、心ある団体と個人のご寄付、行政のご指導によって支えられています。ありがとうございました。

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2008年12月25日 (木)

こんな時代だから、どんな理想郷を描きますか

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 昨夜、組曲「道」(全4曲)をマリンバ演奏で聴くことができました。作曲及び演奏者は奥平哲也さん。この演奏を聴いていると、私の頭の中では理想郷がグルグルとめぐってしまいました。
 この組曲は、奥平さんから是非、聴いてほしいと言われていた曲です。一章:連山、二章:蛍船、三章:神楽、四章:懐郷によって組み立てられ、日本の山・海・里・心を演奏した、と奥平さんは聴衆者に紹介していました。
 この曲を聴いていると、地球の自然環境、社会環境が病んでいる現代に生きている私たちに対して、険しい道を避けて歩くのですか、と問いかけられている気がしました。日本の森には、海には、里には、助け合う心が宿っているのではないですか、と。そして、“分かち合う”という素晴らしい心が通い合うことができる故郷を求めて、険しい道を堂々と歩んでいこうと、と訴えている曲に聞こえました。奥平哲也さんは、来年1月25日に開催する「2009年森びらき」(当委員会主催)に友情出演してくれます。お楽しみに。なお、奥平さんは来年1月7日と22日(両日とも13時30分開演)、会場はJR川崎駅西口の「ミューザ川崎」(市民交流室)で、新春コンサートを開きます。問い合わせ・044-533-5389。
 また、「2009年森びらき」の記念講演は、リンゴ農園家・木村秋則さんにお願いしています。弘前市から参加してくれますので、ご期待ください。

2008年12月24日 (水)

歴史を語る樹に遭いたい

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 ジャーナリストの影山槫三雄(ふみお)さんから、『樹に宿る』(制作:東京新聞出版局)という著書が贈られてきました。影山さんは私と同郷の栃木県出身。東京新聞社記者時代からご指導いただいている方です。定年退職後に帰郷し、その後、影山さんは栃木県内の樹木に会いに各地をまわり、、樹の霊を求めてきました。その一冊がこの本でした。
 この本は年末年始にじっくり読む一冊となりました。目次を見ると廃村となった谷中村のクワの木、松木沢渓谷で100年間も生き続けているミズナラのことが書かれています。このミズナラは私達が森づくりを行ってる上流に、大地にしっかり根を張っている、と書いてあります。影山さんから贈られたこの著書は、“山と心に木を植える”運動を進めている私達に対して、100年以上も生き続けているミズナラに遭いに行きなさい、というメッセージでした。
 新年早々、仲間達に呼びかけてこのミズナラに遭いにいきます。影山さん、貴重な著書を贈っていただきありがとうございました。
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2008年12月21日 (日)

“共生する”、ということは互いに努力すること

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今日は冬至です。足尾も厳冬を迎えますが、昨日の天気は晴れで、昼頃の気温は13度もありました。厳冬どころではない様子でした。しかし、鹿やウサギそして猿等は生きていくために必死です。この臼沢は斜面が南向きであり、北風を遮るところなので冬を越す動物たちがたくさん集まるところです。昨日も、鹿、ウサギ、猿が臼沢周辺に姿を見せ、私達がこの地から早く去るよう見張っているようでした。ウサギは約60㌢もある大きく元気なものでした。
 動物たちも必死ですが、多くの方々が植えた木々を食害から守るために私達も必死です。そんな訳で、昨日の作業は臼沢植樹会場の柵(周囲約700㍍)の補強、松の皮むき、コンテナのさび止め塗り、撒水用のホースの収納、等を行いました。ホース内の水は凍っており、太陽エネルギーに感謝しつつ氷を溶かし、午後に収納しました。

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2008年12月19日 (金)

支えられていることを忘れずに、地道に森づくりを進めます

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 あと12日もすると年が明けます。今年も様々な方々に支えられながら、“山と心に木を植える”ことができました。ご支援に感謝する気持ちをお伝えするために、昨日は東京で、本日は日光市内で年末のご挨拶をしてきました。事務局は今日、林野庁、栃木県、日光市そして古河機械金属㈱の事務所を訪れ、今年1年間のご支援に感謝の気持ちを伝えてきました。
 そして有り難いことに、訪れた皆さんからは温かいアドバイスや来年の支援策を頂戴することができました。古河機械金属㈱様からは、来年も子どもたちやお年寄りが森づくりに参加しやすいようにと、新しい植樹会場(写真・「森びと広場」の左側)の提供がありました。また、木は根、根は土というように森づくりには良い土が大切ですが、この土については県からの有り難いアドバイスがありました。温かいご支援に感謝です。
 このような有り難いご支援は、日常的なボランティア活動と様々な方々の森づくり支援が基盤となっています。私たち理事会と事務局はこの支えを忘れないように、今後も心がけていきます。明日は、鹿やウサギによる食害対策(柵の補強)を行います。

2008年12月18日 (木)

「千年の森」に畏敬の念

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 今日は奥日光の巨木トチノキを調査しました。場所は中禅寺湖湖畔で、菖蒲が浜から千手が浜へ向けて約2㎞のところです。私たち3人は厚さ30センチ以上ある落ち葉を踏んで、シュジュウカラ、ゴジュウカラの声に耳を傾けながら、厳冬を迎える森を歩きました。この地には巨木トチノキ、ミズナラ、ハリキリ等が生えています。調査は、巨木のトチノキ、ミズナラの幹の周囲などを測り、樹齢を割り出していこうというものです。
 今日の湖畔は風もなく穏やかでしたので、調査はスムースにできました。トチノキの幹の周囲は最大で6㍍53㌢ありました。ミズナラの巨木は5㍍60㌢の太さでした。土質は湖畔なので砂地で、水分が多く含んでいます。
 足尾の長屋に戻って測ったトチノキとミズナラの樹齢を推定しましたら、なんと1千年以上である、という結論になりました。奥日光には「千年の森」がありました。

2008年12月17日 (水)

みちのくに拡がる森づくりの輪

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 今月13日、岸井成格理事長はみちのく事務所の案内で葛巻高原牧場(岩手県)を訪れ、牧場のみなさんに感謝状と記念品を贈呈しました。
 葛巻高原牧場は葛巻町が運営しており、牧場で放牧されている牛は町民よりも多く、健康で元気な牛のミルクが評判です。この町はミルクとワインが美味しく、エネルギーも風力と牛の尿や糞を再利用しているクリーンな町です。この町の皆さんは毎年、八幡平・ふるさとの森づくりへバーク堆肥、炭を提供してくれています。町民の皆さんの支援に心から感謝しようと、岸井理事長、角岸副理事長とみちのく事務所の皆さんが現地を訪れました。
 牧場の皆さんは岸井理事長が本当に来てくれるとは思っていないようでした。牧場の皆さんは、現地を訪れた岸井理事長に驚き、感激をしているようでした。牧場を代表して高宮専務に感謝状と記念品を贈りました。牧場内も案内していただいた岸井理事長は、皆さんからの心暖まる歓迎を受けて感動していました。葛巻町の皆さん、ありがとうございました。
 岸井理事長は途中、石川啄木記念館に寄り、館長の案内で啄木の人生を拝見し、改めて啄木の自然環境へのおもいを感じることができました。みちのく事務所の皆さん、お疲れ様でした。

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2008年12月16日 (火)

皆さんの励ましに感謝します

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 朝早く、東京事務所にクリスマスプレゼントが届きました。それは大切な活動実績を保管する書棚でした。贈ってくださったのはJR東労組東京地方本部の組合員の皆さんです。組合員の皆さんありがとうございました。
 年末を迎え、八幡平と足尾は本格的な冬に入りました。11月下旬には、八幡平の木々たちは長い冬眠に入りました。足尾は今月14日、朝から雪が降りましたので、事務局は苗床の遮光ネットの雪払いを行いました。植樹会場の木々たちも雪を被りましたが、本格的な冬の風雪に耐えていく元気が見えました。
 昨日は、千葉県と神奈川県から来客があり、来年の森づくりへ元気をいただきました。千葉の斎藤さんは、「来年は千葉でも森づくりをやっぺよ!」と言われ、神奈川の平賀さんからは、「足尾の松木村跡に桑の木を植えましょう」、と言われました。また、ある会社の社長さんからはハガキをいただき、「純粋に、まっ直ぐに進んでください」、と励ましをもらいました。“ふるさとの木によるいのちの森づくり”運動は来年で5年目です。来年も私達は皆さんからの元気をいただき、“山と心に木を植える”精神を堅持し、いのちの森づくりを進めていきます。師走の励ましに感謝します。

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2008年12月15日 (月)

風雪に負けるな若木たち!補習授業が終了

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 第4期「森びと教室」受講生5名は、13日と14日に足尾現地を訪れ、補習授業を受けました。
この授業は、仕事等の都合で受講できなかった講義と実習を補い、森びとインストラクターとして認定さける最終の授業です。
 授業では、①苗木づくりの基礎と森づくりインストラクターの役割、②育樹活動の重要性を現場に立って学びました。特に、“人間のわがままな都合で森づくりは行わない。木も命を懸けて生きようとしている。その木に生かされていることを忘れない。育樹・育苗活動では手を抜かない”、ということをリーダーは堅持する。そして、人の心に木を植えていかなければ森づくりは長続きしない、という意識を強く持って、職場や地域そして家庭の中で森づくりを進めていくことを学び合いました。
 二日目は朝から雪になりました。雪の中の階段を登ったある受講者は、今年5月の森づくりで担当した場所に植えた若木を見て、草と雪に覆われていた若木に「頑張れよ!」を声をかけていました。
 初日はJR貨物労組の皆さんも森づくりを学びました。

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2008年12月12日 (金)

虫の目線で社会が見える

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 今日は足尾での作業でした。乾燥する季節なのでコンテナのペンキ塗りをしました。今日は少し風がありましので、錆止め用のペンキを塗っているうちにペンキは乾燥してくれました。自然の力に感謝です。
 新宿から日光に来る場合、私はJRから東武電車に乗り換えて来ています。所要時間は2時間ちょっとかかります。今日は以前紹介した『明日なき森』(後藤伸講演録)を読んできました。この著の中で後藤さんは虫の代弁をしていました。そして彼は「人間ほど勝手な生きものはないな」と感じ、「人間本位にものを考えていったら、こりゃ、どうもこうもならんようになるということを、最近、非常に強く感じている」とも言っていました。70歳になって、虫の言うことを分かるようになった、と言っていました。そうしていると、自然に、人間社会のことも分かるようになった、とも言っていました。
 昨夜は、埼玉県に住んでいる森びとインストラクターが集まり、「森びと埼玉ファンクラブ」(仮称)の準備会議(呑み会)を行ったそうです。栃木県ファンクラブに続いてのクラブ結成となり、埼玉地域での“山と心に木を植える”運動を進めていく豊富が語られた会合になったようです。
 明日からの二日間は、第4期インストラクターの補習授業です。先輩インストラクターに続いて、自主的に地域から森づくりを進めていくリーダーが巣立っていきます。

2008年12月10日 (水)

生きることは戦うことだ!

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 1901年の今日、田中正造さんは明治天皇に直訴しました。衆議院議員を辞して、農漁民のために戦う決意をした日が今日でした。この1年前の2月13日の朝、鉱毒で苦しめられていた農民たちは渡良瀬川とともに生きていこうと、大挙誓願のために雲竜寺を出発しまし。しかし、農民たちは待ちかまえていた憲兵と警察官に襲われました(「川俣事件」)。官憲は無抵抗の農民を殴る蹴るの暴行を行い、多数の農民が負傷しました。
 田中正造さんは、議会でこれまで以上に足尾鉱毒事件で政府を追及してきましたが、この川俣事件をきっかけにして農民と共に戦う覚悟を決めたと言われています。直訴から3年後、正造さんは谷中村に入り、鉱毒被害農民ととも戦いの現地に起ちました。63歳にして現地に起った正造さんは、72歳まで戦い続けました。
 世界の金融不安下では、企業や労組そして多くの方々の社会貢献意識は内向きになりがちです。大企業でも、これまで積極的に進めてきた森づくりを中止する、という気配が巷では耳にします。私達が地球とともに生きていくためには、やはり戦う覚悟を固めなければならないようです。
(『田中正造の生涯』林竹二著参照)

2008年12月 8日 (月)

環境問題の解決の糸口は虫から学べ

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 昨日の午後、テレビを観ました。伊勢神宮の森が紹介され、番組には養老孟司さんと宮脇昭先生が出演していました。養老さんは虫から森を観察していました。養老さんは昆虫採集家でもあり、とくにゾウムシを研究しています。虫と言えば、本日、東京事務所に「いちいがしの会」様から封書が送られてきたので、開封してみると『明日なき森 カメムシ先生が熊野で語る』という著の案内でした。
 カメムシ先生とは、和歌山県生まれの生態学者・昆虫学者である後藤伸さんです。同封されてきた書評を読むと、虫から生物社会を観察している方は、社会環境も良く観察できているのだなあー、と思いました。産経新聞(10月8日付け)の書評でカメムシ先生は、「植林や殺虫剤、農薬の使用など人と自然のかかわりにいて考察している。また、紀伊半島独特の自然相や照葉樹林に覆われた日置川流域の変遷にふれ、ダムによって失われた照葉樹林文化や人口植林の危険性を詳述。20世紀を過去数千年にわたって受け継がれた自然の智恵が失われた世紀と位置づけ、自然修復の21世紀することに期待をつないでいる。」と書かれています。
 養老さんは環境問題こそ真の政治問題だとして、「フツーの常識」が環境問題を引き起こしたのだから、この「フツーの常識」を変えなくては環境問題は解決しない、ということ等を述べてます(『いちばん大事なこと』集英社新書)。「フツーの常識」は人間社会の常識ですから、私達が変わらないと環境問題は解決しない、ということでしょう。このお二人は、その糸口は虫(自然環境)から教えられる、と言っているようです。
 早速、カメムシ先生の本を予約しました。「いちいがしの会」の皆さん、編集お疲れ様でした。

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2008年12月 6日 (土)

柚子のトゲに刺されて、森の心にかえる

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 今日は柚子を採りました。昨年いただいた柚子で作った柚子酒が無くなったので、柚子酒を作るために後輩の家を訪れました。家はJR安中榛名駅から数分の所なので、途中、宮脇昭先生指導のもとでつくられたJR東日本の森に寄ってみました。住宅造成地の斜面にはカシ類の木々が元気に育っていました。
 ところで2週間後には冬至を迎えます。ご存じのように、この日を境に昼の時間が長くなります。と言っても寒さは厳しくなり、植物も人間もこの厳冬を元気に乗り越えていかなくてはならない時季です。冬至には、夏に収穫したカボチャを食べ、風邪の予防や疲労回復のために柚子湯に入る、と言われています。農薬も肥料も使わない柚子の香りだけでも、今日は元気をもらったようでした。
 柚子の木には鋭いトゲがあり、簡単に実を採ることができません。トゲに刺されましたので、全部の実を採らずに、何個か残しておきました。「柚子の大馬鹿16年」等の諺があるように、自然の恵みを得るには手間と我慢がともないます。そんなことを考えながら、今夜は香り高い柚子の実を風呂に浮かべて、私たちが自然(森)に生かされていることに感謝しました。明日は、柚子酒を作ります。

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2008年12月 5日 (金)

森の叫び、“分かち合いの心を時代に活かそう”!

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 森に入ると色々なことが学べます。今、主要国の自動車産業に働く労働者の多くは首切りを強いられています。日本でもその嵐が吹き、学生達は内定取り消しを強いられています。企業経営者はなんと勝手な事をやっているのかと怒りが爆発しそうです。TVニュースで、労働組合に加入して一緒に闘おう!、と訴えていた労組の委員長にエールを送ります。
 木の実や山菜、そしてキノコや魚などは年によって採れる量が異なります。量が少ないからといって取り尽くすことはできません。森(自然)と共生していくためには、不猟(漁)の時は山の神に、森の恵みに感謝し、少し我慢をします。そして、少しばかりの森の恵みを分け合って、命を守ります。森と共に生きてきた日本人は、“分かち合う”という考え方を森から学んできました。不作や不猟があっても、猟(漁)をできない年寄りや子どもたちに平等に分け合う、という生き方がありました。
それは人は森に生かされているから、ということを十分に分かっているからです。
 主要国の一部の企業経営者の行為を見ていると、そんな人間性はひとかけらも見えません。企業経営者は社員から生かされている、ということを無視しているようです。ゆえに、“シェアリングする”という考えも見えません。むしろ被害者面して、公的支援が得られれば「年俸は1ドルにする」(アメリカ)とか、企業が正社員化すれば一人100万円を支援する(政府与党)、という小手先で世界の金融不安を乗り越えていこう、としていますが、私達は小手先に目を奪われてはならないと思いました。

宮脇昭先生がテレビ出演します。7日(日)、16時5分~17時20分。フジテレビ系で「森といのちの響き」です。

2008年12月 3日 (水)

雲ひとつない青空にイヌワシ?

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 1日に続き、空は雲ひとつない快晴でした。朝の気温は6度、温かいコーヒーを飲んで身体を温め、作業に就きました。今日はアカマツの皮を剥きました。直径40㌢、長さ3㍍のアカマツ7本の皮を剥く作業です。このアカマツは来年5月に設置する「森びと看板」(仮称)用です。
 当委員会の森づくりは来年で5年目を迎えます。ここ足尾松木沢は、春から秋にかけてハイカーや登山家そして釣り人達が多く行き交います。この地を訪れる方々に、人間は森に活かされていることを知ってもらい、森を大切にする心を育んでいただこうと、看板を設置することにします。この看板の柱がこのアカマツです。
 稲葉卓夫理事を責任者にして「看板設置チーム」(仮称)が当委員会に設置され、看板は事務局員とサポーターの皆さんによって製作されます。雲ひとつない青空の下で、ラジオを聴きながらナタを使って皮を剥きました。松ヤニがナタに付着して余分な力を使ってしまいましたが、キジの鳴き声を背にして少しばかりの汗を流しました。
 昼食後には、風が出てきましたので臼沢の山々を観ていると、偶然にイヌワシらしき猛禽類が目に入りました。トンビと比較して色は黒く、上昇気流にのって小さな円を描いていたので、多分、イヌワシだと思いました。それにしても足尾のはげ山に木が生えるまでに50年もの年月が流れ、今ではイヌワシが棲息するまでになった松木沢周辺。そんなことを思いながら一人で作業していると、人間は自然に生かされていることを実感できます。
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2008年12月 2日 (火)

やはり現場の笑顔がすばらしい

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 アジア・アフリカの公務員一行は、日光市内のホテルを8時30分に出発、車内ではエコクイズにチャレンジしていただき、足尾に向かいました。30数分で足尾に到着、早速、苗床で苗木づくりの話に一行は耳を傾け、今秋に蒔いたドングリから根が出ているものを見せられると、「ホォー」という声をだして目を丸くしていました。
 その後は、軍手をはめて、ヘルメットをかぶり、背負子に腐葉土を載せ、スコップと苗木を持って階段を登りました。植樹方法のアドバイスを受けて、穴を掘って植樹しました。スコップで穴を掘っている様子を見ていると、スコップを使ったことのない方もいるようでした。
 記念植樹後には、全員の写真を撮って下山しました。作業小屋では質疑討論を行い、ボランティアは年に何人くらい参加するのか、人はどのようにして集まってくるのか、土壌づくり等の質問を受けました。30分程の質疑でしたが、当委員会からは「皆さんが植えた木の生長は、来春、ホームページで紹介します。各国の荒廃地の植生回復に少しでも役立ていただければ幸いです」と、お礼を述べました。11時30分、一行はバスに乗って、次の会場へ出発して行きました。
 ちょっとした時間の森づくり交流でしたが、日本の一部公務員のような不真面目さは感じられませんでした。

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2008年12月 1日 (月)

命を大切にする糸は紡げたかなー

 足尾の朝は氷が張りました。本日は8時30分に「森びと広場」に到着。空は雲ひとつない快晴で、気温は零度でした。本日は鹿の食害に遭わないように、絆の森の柵を直しました。絆の森は、白い花をつけるコブシの森をめざしています。植えたコブシはその期待に応えてくれていました。植えた当時は40㌢程のコブシでしたが、1年半で樹高140㌢程に、幹も2㌢~3㌢に生長しています。小さくても可憐な花を来年は見たいなー、と話しながら作業をしました。昼食は、男料理のチャーPc010506ハンと大根の煮付けを食べました。後午は2時まで、来年の植樹会場の整理をしました。
 15時には、日光市内へ移動。アジア・アフリカの皆さんと荒廃地の植生回復の講義です。12名の皆さんには、私たちがあえて旧足尾銅山跡地と旧松尾鉱山跡地で森づくりをしているのかを報告しました。皆さんは国家公務員や大学教授、研究員ですので、民間人がどうしてボランティァで植樹をするのか、という質問が相次ぎました。1時間もの討論を行って、自然と人間の命を大切にする私たちの心が伝わったような気がしています。明日は、足尾現地で、背負子を背負って階段を登り、一人三本の記念植樹を行います。

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