« 2008年8月 | メイン | 2008年10月 »

2008年9月の17件の記事

2008年9月30日 (火)

 初めての越冬、ドングリたちの身支度

P9300036

 本日は曇りで肌寒い日でしたが、無風でしたので雨具を着たまま作業を続けると汗がにじみました。明日から秋の苗木分けがはじまるため、本日はその下準備を行いました。
 苗床の若木たちは葉を色づかせ、初めて経験する冬越えに身支度をしているようでした。昨年の秋に蒔いたドングリは未だ、1万本以上が一つのポットに同居しています。厳しい冬を越すためにはドングリを新居に移さなくてはなりません。この作業が明日からはじまり、JREUの皆さんが5日まで手伝ってくれます。怪我のないように、安全で効率的に作業ができる環境整備を行いました。この苗木分け作業が終わると、来週は、ドングリに生命を吹き込む第8回足尾・ふるさとの森づくり(苗木づくり)です。
 足下でコオロギの鳴き声を聞きながらの作業でした。台風15号の影響が心配ですが、明日からは100年先のいのちの森をめざして、いい汗をかきます。ボランティアの皆さんよろしくお願いします。

P9300033

2008年9月29日 (月)

「いのちの森」は渋民村にありました

Cimg3596

 「林中の鳥なり 風に従い樹梢を渡る 私はコスモポリタン」、と謳ったのは石川啄木です。また、啄木は、猿に扮して人間に警告しています。猿は、「権力で自然破壊をすることが可能だと考える人間に、これは人間最悪の思想だ」と。
 昨日(28日)、盛岡市内で「石川啄木記念館」学芸員・山本玲子さんと会いました。話は、石川啄木著『一握の砂』・「林中の譚」を絵本にしよう、というものでした。今年1月に開いた「森びらき」で山本玲子さんの講演を聞いて、是非、大人の絵本にして森づくりに活かしたいと、事務局は検討してきました。雑誌社とも相談してきましたが、利益第一の会社にはこの社会的使命が失われているようです。よって、山本さんと自費出版する話をしてきました。
 「・・ああ、お前はとうとう人間の最悪の思想を吐き出した。お前らはいたるところで悪いことを考えて、自然を殺そうとする。そうして自然に逆らうことは、この世の本当に正しいこと、本当に美しいものを殺してしまうことなのだ。お前らはいつの時代も木を倒し、山を削り、川を埋めて、お前たちのための平らな道路を作ろうとしてきた。だが、その道は真と美との境、すなわちお前たちにとって、天国に通ずる道ではなくて、地獄の門に行く道であることを知らないのか。お前たちはすでに先祖を忘れ、自然にそむいている。ああ、人間ほどこの世にのろわれるものはないだろう。・・」と、人間に警告してきた猿(啄木)。
 「生命(いのち)の森」は石川啄木が命名した森です。この世に生きるあらゆる生命がこの森に集まるのだということで「生命の森」となづけていたのが、啄木でした。啄木記念館近くには愛宕神社があり、啄木が子どもたちと過ごした「いのちの森」が今でも残っています。
 来年2月20日の啄木生誕123年に向けて、大人の絵本作りは始まりました。

2008年9月26日 (金)

「森と生きるキャンパスフォーラム2008」・・・その⑤

P1120334

 フォーラム第2部、4番目の報告者は出縄貴央(㈱研進)さんでした。会社は「福祉施設の営業窓口会社です」、と出縄さんは言っていました。この施設は、ハンディキャップのある方々400名が所属する大きな施設(今年で設立50周年、厚労省登録・在宅就業支援団体)です。この施設でハンディキャップのある方々が就労できる環境をつくっているのが㈱研進です。彼らの仕事のメインは、ホンダから発注されている仕事です。
 しかし、福祉をとりまく環境は毎年厳しくなり、福祉施設の補助もどんどんカットされ、その上、財政難の中で一人ひとりの負担が増えています。それゆえに仕事の確保が大変重要になり、「命の森づくり」をはじめました。栽培した苗木を行政、企業、学校や地域の森林再生に使っていただき、広く森の大切さを知っていただくことを目指しています。すでに25種類・約8万本の苗木を育てています。植樹も二年前に行い、元気に育っている樹木が写真で紹介されました。出縄さんは、「宮脇昭先生の植樹方式は、ただ単に木を植えるのでなく、人の心に木を植えること。人の輪を広げて交流を深める、不思議な力を持っている」、と述べていました。森づくりは施設の彼らにとってセラピー効果が生まれ、生き甲斐にもつながっているようです。現在、出縄さん達は国や県の植樹祭、企業や大学そして小学校等との連携をめざしています。
 23日の夜、養護学園を舞台にしたテレビ映画を観ました。映画のストーリーは、生徒が学園に無断で外出し、夜のコンサートを鑑賞した後、養護学園の先輩が働くホテルの寮で外泊。その生徒を担任の先生が探し出す過程では、先生たちの苦悩、生徒間の人間関係づくり、そして社会で働くことの難しさが描かれていました。舞台は冬の北海道でした。
 翌日、北海道大雪山系で初冠雪があったというニュースを聞いて、旭川の友人たちを思いだし『お母さんのハートを打ったJRのレールマンたち』(高橋利明著・日本評論社)という本を読みました。この本には心身にハンディキャップがある方達とJRマンたちが、10年間過ごした北海道の旅での物語が書いてありました。
 フォーラムはイベントとして終わらせてはならないと、改めてNPO法人の存在を振り返りました。

P9230013

2008年9月25日 (木)

 自然災害に強い「いのちの森づくり」はじまる

P9230017

 23日、岩手・宮城内陸地震復興に汗している奥州市で「いのちの森づくり」が行われました。この森づくりは「第1回奥州万年の森植樹祭」として開催され、当日は市民400名が参加しました。 植樹祭は宮脇昭先生の指導の基に準備され、植樹アドバイスは森びとプロジェクト委員会みちのく事務所からインストラクターを含め20名が行いました。植えた苗木はミズナラ、クヌギ、カツラ、ホウノキ、コブシ等14種類、大地に根を張った本数は4500本でした。
 植樹場所は広さ66㌶もあり、昭和40年頃まで養蚕団地になっていました。しかし、その後は開発計画も市議会で決まらず、放置されていました。この荒れ地に「いのち森をつくろう」と起ち上がったのが、森びとインストラクター・及川さんと市民の皆さんでした。
 前日には、講演会で宮脇昭先生が「いのちの森づくり」の大切さを市民に訴え、会場は植樹際を盛り上げていこう、となりました。この熱気は翌日の雨模様を吹き飛ばし、開会式では相原市長の森づくりへの意気込みが参加者へ伝えられ、宮脇昭先生からは“奥州市から世界へ発信しよう!”、と市民へ檄が飛ばされました。参加者と共に汗したインストラクターの皆さんは、心地よい顔をしていました。みちのく事務所の皆さんお疲れ様でした。

P9230019

2008年9月24日 (水)

人と自然を愛するメッセージに感謝します

P9220011

 久しぶりに千葉県の森びとインストラターの皆さんと懇親を深めました。会ったのは21日の夕方、JR千葉駅付近の会場では皆さんから激励をいただき、また、話の中では世界の人々が初めて経験している地球温暖化防止に向けて、誰かに任せるのでなく私たちができることをやっていこう!、と志を固めました?。
 高梨インストラクターからは娘さんからのプレゼントだ、と言ってシラカシとコナラの苗木を頂きました。話を聞いてみると、本日の懇親の場が筆者の還暦祝いと勘違いしていた、と高梨さんは言っていました。娘さんからのメッセージは、「還暦おめでとうございます。これからもバリバリ頑張って、無理はせず、メタボリックシンドローブには気をつけて暮らして、毎日、健康でいてください。」というものでした。
 小学生の彼女は自然を愛し、自然を勉強している娘さんです。筆者は、何度か「親子自然教室」でキャンプ生活を共にしています。今年夏の「親子自然教室」で彼女は、日頃、学んでいる生物や土壌の話を低学年の子どもたちに聞かせていました。人をおもう温かいメッセージと苗木をありがとうございました。
 世の中では、世界各国の一部経営者の犯罪が横行し、その背後には一部政治家や官僚が絡み合い、多くの子どもたちや大人達の健康と生命を奪っています。このような社会の中で、娘さんから頂いた一通のメッセージに、人と自然を愛する心を感じました。千葉のインストラクターの皆さんに感謝しています。

2008年9月19日 (金)

NPO法人の存在が問われる社会で会員は何をなすべきなのか?

Cimg4331

 写真の仲間達が2千通もの『森びと通信』(NO5)を封筒に入れ、全国の会員の皆さんに通信を送りました。通信は年2回の発行ですが、スタッフ一同は“森と心に木を植える”合い言葉の、この心を伝えるために通信を編集しました。発送作業は午後1時から5時までの間、休む暇もなくもくもくと続けられました。間もなく会員の皆さん宅には届きますので、スタッフ一同、会員皆さんの感想やご意見をお待ちしています。
 5号では、地球温暖化防止に向けてNPO法人はどうあるべきか、を問うています。この問題は私たちひとり一人の問題でもありますが、極めて政治課題であるために、政府や行政に対してNPO法人はどうあるべきか、を会員の皆さんに考えていただこうと編集しました。
 本日、農水大臣が辞任しました。選挙向けの辞任である、と新聞では報道されていますが、私もそうのように感じました。このような事が与党の票に結びつくと思っているらしいのが国会議員らしいのです。このように私たちが見られているのか、と思うと情けなくなり、怒りが湧いてきます。私たちNPO法人の存在が一段と問われている感じをもちました。問われたら、できることをやるのが本物の人間だ、と宮脇先生等から言われてきました。私は、森で武器をさらに磨いて、街で元気をだしていくことが、地球と共に生きていく「戦略・戦術」が導き出せるのだと思いました。
 なお、『森びと通信』(NO5)は、20日付でホームページにアップされます。発送作業に協力してれました皆さんありがとうございました。

 雪国へ嫁ぐ苗木に願いを込めて

P9180005

 足尾は秋近かしです。昨今でも秋は結婚式シーズンと言われているのか知りませんが、昨日は雪国へ嫁ぐ苗木の身支度をしました。ドングリに命を吹き込まれた苗木は八幡平と足尾で寒さに耐えて、小さなポット内に根を張り、全ての生物のために森を形成しようと嫁ぎ先を待っています。
 今年の春過ぎ、ホームページを見た雪国の方から、「苗木を提供してくれませんか」との電話が事務所に入りました。早速、事務局は苗木たちの写真(樹高と根の様子)を送り、先方に判断していただきました。写真だけのお見合いで嫁ぐことが決まり、事務局は秋を待っていました。
 八幡平と足尾で育っている苗木は、寒さと強風に耐えて生長していますので、美人ではありませんが足腰はしっかりしています。この苗木たちは今月、雪国の大地に根を張ることになります。事務局は、ボランティアの皆さんの自然と人間の命を大切にする願いを苗木たちに言い聞かせながら、最後の身支度をしました。間もなく、苗木たちは事務局員の運転する車に乗って雪国へ嫁ぎます。
 ドングリに命を吹き込んでくれた多くのボランティアの皆さん、そして3年間も間苗木たちを育ててくれました皆さんに心より感謝します。
 

2008年9月18日 (木)

 届けてあげたい秋の声と風

P9170002

 昨日は朝5時に起きました。ドイツ訪問後の足尾へ向かうために、早起きをして家を出発しました。電車の窓から見える田んぼの稲は、朝陽に照らされて黄金色でした。下今市駅から日光駅間ではコスモスが初秋を感じさせてくれました。
 足尾・「森びと広場」に着くと、モズがキィーキィーと鳴いていました。松木沢でも秋だなぁー、と感じながら刈り払機で草を刈りました。給油のためにエンジンを止めると、草の根元からはコオロギが鳴いていました。広場から対岸の岩山を見ると、一生懸命に生きている木々の葉が黄色や赤に衣替えしていました。松木沢も短い秋に向かっています。
 14日の操車場跡地での苗木づくりで印象に残っていたお母さんの「最後までやりなさい」、という言葉が頭に浮かんできたので、昼食後に「絆の森」へ行ってみました。狭い会場には昨年植えたコブシが一気に元気を出して生長していました。樹高40㌢~50㌢程であったコブシは、1㍍以上にもなっていました。土が無くなるまでドングリに命を吹き込んでいた操車場跡地の子どもたち。早く、この子たちにこのコブシの生長振りを見せてやりたい、と思いました。そして、「最後までやりなさい」と言ってくれたお母さんの願いが、早くかなえられるようにと思いつつ、草刈りをしました。

2008年9月16日 (火)

操車場跡地で育まれた森のこころ

Cimg4315

 川崎市内の新鶴見操車場跡地で「森の宝物探し」を行いました。子どもたちは透明なビニール袋に手を入れ、袋に入れてあった木の葉の中から分解動物数匹を探し当て、この動物が枯れ枝や落ち葉を分解して木の栄養を作っていることを楽しく学びました。子どもたちの人気の的は、JRマンが作ってくれた0.2㍉程のダニを拡大した「ヨコエビ」でした。
 14日は、川崎市で開かれた「第5回ネイチャーフェスティバル」でした。私たちもこの祭りに出展し、人は森に生かされていることを訴えてきました。13時からはポット苗木づくりタイム。当委員会事務局は川崎市近郊に住むインストラクターに協力を呼びかけ、この苗木作りのアドバイスを引き受けてきました。募集人員は100名でしたが、結果は定員を超える程の人気でした。
 このポット苗木づくりは、桂川や相模川の水源の森を育てよう、と呼びかけ、自宅で育てた苗木を3年後には植えていこう、という目的ではじまりました。今回使用したポットは間伐材(杉)から作った試作品でした。参加した親子は最後の土が無くなるまでドングリを蒔き、約3000個のドングリに命を吹き込むことができました。会場に残ったドングリ(ポット)は、新鶴見機関区で働くJR貨物労組の皆さんが育てていくことになっているそうです。
 もう一つのコーナーでは、JREUの若者たちの協力で竹細工(ランタン作り)が行われました。日本的情緒を醸し出す竹ランタン作りには十数家族がチャレンジしてくれました。
 午後になると残暑を感じました。数人の方から、「このような広場には木陰が必要ですよね」という声がありました。声を耳にして私は、森づくりの大切さが広がっている声であってほしい、と願いました。また、苗木づくりでは自宅で育てる2ポットだけ作って帰ったしまった家族もいましたが、土が無くなるまで子どもたちとドングリを蒔いていたお母さんの「最後までやりなさい!」、という声が印象的でした。

Cimg4325 Cimg4322

2008年9月12日 (金)

幹周り500㌢もあるミズナラを支えている「千年の森」

P9110121

 昨日(11日)、事務局員の小川さんと日光の「千年の森」(事務局内で言っている森)を調査しました。天気は晴れ、10時30分に竜頭の滝駐車場を出発。千手ケ浜へ歩き出しました。目的は、約千年も生きつづけているミズナラ、数百年生きているトチノキ等の種を調べること、また、幹の太さを測ることでした。シラカンバが生えている森を10数分歩くと、「髭爺」(仮称)が私たちを迎えてくれました。このミズナラは幹にコブをいくつも付け、そこからは実生らしき芽(孫)がたくさん生えています。幹の太さは325㌢ありました。左手には幹の太さが210㌢あるサワグルミも生きていました。その先にも幹の太さが400㌢のミズナラ、と言う具合に幹の太さが300㌢を超すミズナラが主木の森を調査しました。
 結果、幹の太さは測ることができましたが、もうひとつの調査目的である種(ミズナラのドングリ)は調査できませんでした。幹の太さの最高値は510㌢のミズナラでした。トチノキは実を付けていましたが、その量は僅かで、2~3㌢程の小さい実でした。ブナの実も調査しようと高山コースを廻って帰ってきましたが、ブナも実を付けていませんし、地面を探しても実は落ちていませんでした。
 これでは熊やカモシカ、リス達が空腹を満たすことができない、と心配しながら帰ってきました。しかし、森はトウゴクミツバツツジ、シロヤシオツツジ、リョウブ、シャクナゲ、地面にはスズタケが共生していました。誰かさんが言っているように、森では「あなたとは違うんです」と言って一人だけでは生きてはいけません。初秋の風が爽やかな調査でした。

P9110154

森びと検索

最近のトラックバック